第二幕:地の底にて待つ
第百一話:鉱石都市≪ニフル≫
「ようやく、落ち着いて見て回れる……」
「あはは、大変だったわねアルマン」
「仕方ないことだと思うけどね。予想は出来ていたことだと思うよ?」
「だからと言ってあの騒ぎはないだろう」
げんなりとした声を出しながら、俺は見慣れぬ街並みをアンネリーゼとエヴァンジェルと共に歩いていた。
鉱石都市≪ニフル≫。
自領内であるにも関わらず、俺も数えるほどしか来たことのないが確かにそこには辺境伯領の第二の都市と呼ばれるほどの活気があった。
大通りはきちんと整備され、歩くことにも不自由なく、行き交う人の動きもスムーズだ。
流石に帝都や≪グレイシア≫ほどではないが、辺境とは思えないほどにしっかりと街中は整備されている。
辺境伯領の大動脈とも言える都市としての地力もあるのだろうが、そこには為政者の力量が確かに伺えた。
「いや、流石にそれに関してアリーの読みが甘かったとしか言えないな」
「そもそもがロルツィング辺境伯としての訪問も兼ねている以上、≪ニフル≫としても大騒ぎになるのは仕方ないし、それに加えて≪龍狩り≫としての勇名に更に≪災疫災禍≫も持ち込めばねー?」
「むぅ」
≪ニフル≫へ到着して早二日が経った。
公務的なものはさっさと終わらせて、目的に取り掛かる腹積もりだったのにここまで予定がずれ込んだ理由……それは二人が言っている通りだ。
――ある程度騒ぎにはなるとは思ってはいたけど、あそこまでとは……。
正直なところ、予想外ではあった。
目立つことや注目を集めるのはあまり得意にはなれないが、必要なことと割り切れば見世物になるぐらいはどうと言うことはない。
≪災疫災禍≫の姿は≪グレイシア≫でもウケがいいので、ちょっと威厳を保つためとサービス精神ぐらいのつもりで≪ニフル≫に到着した際、俺は着たままで降り立ったのだが……。
それが悪かった。
いや、それとも良すぎたのか。
噂は一瞬で広がり、一目見ようと人が押しかけ、騒ぎになってしまったのだ。
元が領主である俺を迎え入れるため、仰々しくこの地を治める代官たちが待ち構え、衆目を集めていたのも災いしてしまった。
予め、あまり大袈裟な出迎えは不必要だと伝えてはいたのだが、だからといって「はいそうですか」と出来ないのも向こうの辛い所だ。
目立つことにならないように俺の来訪を喧伝はせず、華美ではないが失礼のないようにギリギリのラインを探って出迎えを用意していたようなのだが……。
「思いっきりぶち壊したよね、アリー」
「……面目ない」
空気を読まなかった俺の姿が台無しにしたわけだ。
正体がバレると同時に歓声が上がり、好奇の目が突き刺さり、騒ぎがまた人を呼び寄せ、どよめきやら何やら……。
本来の予定ならば軽く都市の案内をさせて貰い、その後は≪ニフル≫の政庁で公務に関する話し合いに懇親会も兼ねたもてなしを受ける予定だったのだ。
だが、まあ、その場の空気はそんな流れではなく、流石に領主という立場もあるので俺の歩みを妨げるような者は居なかったものの、予定通りに案内を受けて市内を回る際など、一定の距離を保ちながら道沿いに並び、俺のことを歓声を上げ見続ける群衆の姿……その光景はまるでパレードを見ているようであった。
当然、こんな事態になれば組んでいた予定なんて意味をなさなかった。
あれだけ人目があると予定を繰り上げて政庁内に逃げるというのも立場的に難しい。
領主としての立場だけならともかく、英雄としての立場もあると何というかあまり情けないところも見せれないのだ。
人目を気にする英雄というのは……幻滅ではあるだろう。
だからこそ、いっそ開き直って鎧を着たままの状態で存分に≪ニフル≫を回り、目に付いた店に冷やかしに入ったりと≪ニフル≫の市民と触れ合うことにした。
夕方に予定されていた≪ニフル≫側のもてなしの宴、それは素晴らしいものではあったが熱が入り英雄ムーヴをしている俺には物足りない。
護衛として一緒に≪ニフル≫入りをした狩人らを呼び寄せ、更には昼に交友を温めた≪ニフル≫の市民も呼び寄せ、肉と酒を持ち込ませてからの……大宴だ。
食い物と飲み物持参なら飛び入りOK。
酒の肴は何度も喋らされることになった災疫龍狩りの話。
それを俺が酒を片手に鎧をまといながら謡うのだ。
≪ニフル≫初日は大団円のままに終えることになり――
翌日、公務的なものにまるで手を付けていない事に気付き、二日酔いに痛む頭を抑えながら≪ニフル≫側、≪グレイシア≫側の内政官と頭を突き合わせて協議は終了。
≪ニフル≫到着から三日目。
ようやく自由を得て、俺らは今に至るというわけだ。
「やり過ぎた……」
「アリーは率先していたように見えるけど」
「英雄ってあんな感じかなって」
折角の英雄という勇名。
過分だとは思っているが、それはそれとして使えるものは使うべきだ。
変に毀損されないようにムーヴを意識したのだが……うん、やり過ぎである。
「それにしてもおかしい。確かに俺の見通しも悪かったとは思うけど、≪災疫災禍≫の姿なんてわからないはず。≪グレイシア≫では割と装備してたから見慣れているのが大半だろうけど、遠距離通信なんて無いのにどうして一目で大勢の≪ニフル≫の市民がわかったんだ?」
謎である。
この世界に長距離で情報を伝達する手段は限られている。
特にロルツィング辺境伯領は街道にもモンスターが出てくる危険地域。
そのため、都市間レベルの日常的な伝達も難しく、だからこそ≪ニフル≫はあくまで代官という立場で都市長という役職を作り、権限も与えて半ば独立した存在として運営されているぐらいだ。
それほどに情報の速度は遅く、また一度の情報量も少ない。
だからこそ、
――俺の話自体は聞いたことあっても姿形までは伝わってないはず、写真とかもないし……なのに、何故あんなにバレてしまったんだ?
≪災疫災禍≫は妙な気配こそ放っているものの鎧としてはそこまで奇抜なデザインではなく、噂の情報だけで一発で見抜くのはまず難しい。
だからこそ、何も言わずに着ていき「実はこの鎧は……」みたいなノリでサプライズというか、話のタネにしようと思っていたのだが……。
――一体なぜ……?
「いやー、それにしても大人気だったわね。流石はアルマン! ふふっ、お母さんも頑張った甲斐があったわ」
「ええ、≪ニフル≫にまで届いているとなると広まっているという達成感があるね。ロルツィング辺境伯領特別広報委員会の面目躍如というやつです」
「エヴァンジェルちゃんの言った通り、やっぱり注目の高い≪災疫事変≫や≪帝都動乱≫から初めたのが良かったのかしらね」
「単純なゴシップとして興味を引かせることも出来るからね。ちょっと気になって手に取って貰えればこちらのものさ。素材もいいし、アンネリーゼ様の腕の良さで作品としても高品質だからね」
「やだ、褒められちゃったー」
――まあ、知ってた。
きゃいきゃいと後方で「大成功ー」とハイタッチしている二人を見ながら俺は溜息を吐いた。
何せ通された政庁の執務室とかには妙にクオリティの高いフィギュアがあったり、歩いていると目に飛び込んでくる遊ぶ子供たちが被っているお面、あれはどう見ても≪災疫災禍≫をデフォルメしたものだ。
一体どこまで手広くやっているんだ≪暁の星≫商会。
著作権はどうした、と思わなくもないがオールフリーを許可したのは俺だったなと思い返した。
――一体、今どれだけ俺のグッズが売られているんだろう。
そう思わなくもないが、聞いてしまうのも怖いので放置することにする。
こんな世の中、知名度というのはあって困るものではないのでプラスになっているのだと自身に暗示をかける。
「まあ、とにかく、ようやく自由になれたんだ。落ち着いて市内を回ることにしよう。まずは――うん、なんだ?」
気を取り直してそう言いかけ……鋭敏な狩人としての感覚が何かを捉えた気がした。
そして、それを辿ろうとして気付く。
何やら、向こうの方で騒ぎが起こっている。
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