第百話:六つ龍の神話


「それにしても異変なんて何が起こっているかしら」


「そうだね、異変とは言ってもまだ具体的なことは……」


「起こってからじゃ、遅い。だからこうして向かっているわけだ。何も無かったらそれに越したことはない「心配が外れてよかったね」で済むだけだからね」


 二人は一頻り会話に花を咲かせ、楽しみ終えると元々の話について戻ってきた。

 完全に忘れていたわけではないらしい。


「そうねぇ、一応地元のベテランの狩人から聞いた話だから、ただの気のせいだって済ませるのも怖いけど……まあ、だからといって心配し過ぎるのも問題よね! 結局、現地を確認しないことにはあーだこーだ言っても無駄だし、何かあっても私とアルマン様がいるわ」


「危ないことにならないと良いけど……まあ、アルマンが居るのなら」


 アンネリーゼは少し不安そうにはしていたものの、今のところは大きな事件に至っていないということとそして俺への信頼感からか、直ぐにその不安の色は失せてしまった。

 全幅に信頼されるというのも大変なものだ。



 地下深くに居るヤツの存在、それを俺しか知らない以上は仕方ないのだが……。



「うーん、でも、仮のその異変というのが本当に起きていたとしたら、一体何が原因で……?」


「そうねぇ、仮に起きていたとしたら、やはり疑わしいのは≪災疫事変≫の影響でしょうね。≪バビルア鉱山≫内に別の所から強力なモンスターが住み着いたとか、逆に強力に支配していたモンスターが外へと出て、≪バビルア鉱山≫内のモンスターたちの力関係が崩れてしまったとか。あるいは単に≪バビルア鉱山≫自体が何やら環境的な変化を起こして、その影響で……なんてことも考えられる。まっ、要するに現状ではお手上げね、実際に調べてみないと何とも言えないわ」


「なるほど……やはり、強いモンスターというのは影響が強いんですか?」


「それはそうね、少なくとも上位モンスターと分類されるモンスターは一帯への強い影響力を持っているからね。だから、可能性としては一番高くはなると思うわ」


「なるほど、それじゃあ――」



 いや、それはだったか。



「≪ニフル≫という場所を考えると案外、溶獄龍が関わっているかもしれませんね」



 知識として知っているのはもう一人いたのだったか。



「「溶獄龍?」」


「ええ、地下に潜み、狂乱と闘争を司るとされた≪龍種≫――溶獄龍≪ジグ・ラウド≫。そんな存在が居たとしたら、異変の一つや二つ起きてもおかしくは無いとは思わないかな?」


 エヴァンジェルは指をぴんと立てて言った。


「なるほど、≪龍種≫かー。確かにそんなのが居たら異変ぐらいは起きそうね」


「災疫龍も現れた以上、他の≪龍種≫が現れてもおかしくはない……のかしらね」


「まあ、流石に冗談ですけど」


「そうねぇ、流石に≪龍種≫なんて相手にするのは勘弁よー」


 三人はあくまでも雑談の一部としてそんな会話を続けた。

 そもそもが言った当人のエヴァンジェルからして、冗談の一つとして話題に出したのだから当然といえよう。


 この世界の誰もがその存在を知っている≪龍種≫の存在。

 ≪災疫事変≫が起こり、その実在を確認出来たとはいえ、この世界の人間にとっては伝承の中の存在、神話の中の災厄、御伽噺のモンスター……そんな感覚なのだ。


 そして、何よりも、


「それにしても溶獄龍≪ジグ・ラウド≫……ねぇ? エヴァンジェル様は随分博識なのね。私、そんな龍が居るだなんて知らなかった無かったわぁ。六つの龍が居るってことぐらいしか知らなかったし」


「え?」


「私も少しは知ってますけど、溶獄龍なんて異称は初めて聞いたわね。≪ジグ・ラウド≫という名前も……。あっ、でも六つの龍の司るものは知ってますよ。確か闘争、死、眠り、病、飢餓、滅びの六つをそれぞれの龍は司っている……とか? どこかで聞いた覚えが」


「あら、そうなの? 知らなかったわぁ。やっぱり辺境生まれじゃ、教養に差が生まれてしまうものなのかしらね? 無学で恥ずかしいわー」


「あはは、そんなことは無いですよ。私もそれぐらいしか知らないですし、エヴァンジェルちゃんは流石ですね」


「は、はぁ……?」


 レメディオスとアンネリーゼの言葉にどこか困惑した様子のエヴァンジェル。


 だが、それは当然なのだ。

 この世界の六つの龍の存在について知っているものは多いが、場合がほとんどだ。


 その力も、異称も、名も、姿もまるで知らない。


 災疫龍の時は都合により省略してしまったが、本来は≪長老≫のような存在の言い伝えや古書からの情報を繋ぎ合わせて、ゲームではその正体が露わになる。

 単純に≪龍種≫の活動期となるスパンが長いため、記録も曖昧で古いものしか無い。

 故に仕方ないことではあるかもしれない。

 そもそも、≪龍種≫ほどの力を持ったモンスターと遭遇して無事に逃げられるだけで奇跡な以上、そもそも情報自体が碌に無いというのもある。


 だからこそ、≪龍種≫というのは謎に包まれた存在なのだ。

 それが当然であり、常識。

 実際、調べようと思って色々と手を回した時期もあったが、あまりの文献の少なさに早々にそっち方面は諦めた過去がある。

 この世界特有の情報でもあれば儲けものだと考えたのだが……まあ、それはいい。



 つまりはこの世界の人間は≪龍種≫という存在は知っていても、それ以上の詳しいことは全くと言っていいほど知らない。



 だだ、それなのにまるで当然かのように六つの龍を倒す狩人の話をしたやつがいるらしい。

 しかも、異称や名前、力まで懇切丁寧に強さを表現するために……。

 エヴァンジェルが溶獄龍の名を出したのは、俺が話した物語の中でも溶獄龍はある鉱山の地下溶岩洞に眠っており、主人公の狩人はある異変の調査に訪れて戦うことになっている……その話から彼女はあんな発言をしたのだろう。


 あくまで、エヴァンジェルはあの話を俺の創作話だと思っている。

 そういう狩人になりたい、そんな思いから子供の頃に作った話だと。


 まあ、その誤解はありがたい。

 いや、実は前世でやっていたゲームの世界とこの世界がそっくりで、そのゲームのストーリーを喋ってました……なんて気づきようがないだろうが、それはともかくとして。


 エヴァンジェルの方から飛んでくる困惑したチラチラっとした視線。

 俺が妙に詳細に≪龍種≫のことを説明してしまったのが悪かったのだろう、それが当然と彼女の脳にはインプットされており、それと周囲の認識の差に困惑しているようだ。


 ――さて、どうするべきか……。いや、まあ、確か≪龍種≫の異称とか、名前とかはゲームではその場で付けられたんだっけか。古文書とかに載ってた場合もあったけど……ゲーム進行に必要な分の古文書アイテムは回収したし、ガキの頃に言った物語の≪龍種≫の設定は全部自分で考えたって言えば何とか……力については司るものか連想したとか、そう言えば問題はない、かな?


 問題があるとすれば、緻密に設定まで考えて物語を作ったちょっとイタイ奴になりそうなきもしたが……そこは諦めよう。




 ――まっ、どうせバレやしない。≪龍種≫の名も、異称も、ってわかりようがないんだから……。



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