第九十八話:転生前灰色人生、転生後生きるのに必死



「ど、どうかな……?」


「あー、うん。い、いいんじゃないかな?」



 準備に数日ほどかけ、≪ニフル≫へ向かう日になった。

 北への門の近くで馬車を用意し、今日の予定などを確認していると遅れるようにしてアンネリーゼとエヴァンジェルが現れた。

 本来なら一緒の家に住んでいるのだから出ればいいのだが、そこはそれ女の準備には時間がかかるというやつだ。

 完全に旅行気分だが、しょうがないところではある。

 ≪ニフル≫の異変と言ってもあくまでも現場の狩人の勘などに近いもので、具体的な現象も≪バビルア鉱山≫内で留まっている。

 地下深くの溶獄龍のことなんて知りようもないのだから、視察がてらに温泉街のある街に行けることが楽しみになるのは仕方ない。


 どうしたって帝都と比べると娯楽施設等は劣る、というか数がないのが辺境伯領だ。

 二人が喜ぶのも無理はない、俺だって悩まされていることが無かったら普通に楽しめていただろう。


 そんなこんなで楽しみにしていた二人は共に旅行の装いで現れたのだ。


 とはいえ、アンネリーゼに関しては拘りなのかいつも通りのメイド服姿にアクセントを加えた程度の際ではあったが……。


「アルマン、それじゃあダメよー」


「そうですよ、アルマン様。気恥ずかしいのはわかりますが、そういうのをグッと堪えて着飾った淑女の装いを褒め称える、それが男の器量というものですよ?」


「うぐっ」


 エヴァンジェルの今回の装いはいつもとは違った。

 いつも落ち着いた黒や寒色系のドレス姿を主として、印象的にとても落ち着いた服装を好んでいるというのに、今日は一転して白を基調とした服装だ。

 しかも、季節と≪ニフル≫一帯は周囲の活火山や地熱の影響で常に気温が高めという話を考慮してか、何時ものドレス姿より薄着でラフなワンピースのような服装だ。


 ――それが何というか……とても、うん。あれだ。


 普段の落ち着いた上品な雰囲気とは違い、何処と無く乙女っぽさが強く出ているというか。


「あ、あのアンネリーゼ様、レメディオス様……無理に言わせようとしなくても、僕はもう十分というか」


「いいのよ、照れてるだけだから」


「そうねぇ、どう見てもエヴァンジェル様の魅力にまいちゃってるだけだからな」


「うぇっ!?」


 そんな二人の言葉に顔を紅くするエヴァンジェル。

 それが堪らなく愛らしい。


 ――余計なことを言うなよ、二人とも。……事実だけど!


 俺は心の中で叫んだ。

 これがギャップ萌えというやつか、と戦慄した。


 知的で美人な婚約者の存在にこれでもようやく慣れて来たと思っていたのに、ここに来てそれは反則だ。

 綺麗か可愛いかのどっちかにしてくれと俺は切実に思った。

 こっちが持たないので。


「えっと……」


 チラチラっとこちらを見てくるエヴァンジェルの視線に俺は覚悟を決めた。


「その、なんだ……とても似合っている。普段の雰囲気とは違っているけど……正直、見惚れた」


「そ、そうか! アリーは……その……こういう格好の僕の方が好みだったりするのかな?」


「……頼むからそういうことを聞かないでくれ、特に上目遣いで。とても心臓に悪い」


 似合っているが俺がとてももちそうにないので普段からはやめて欲しい。

 それが素直な気持ちだ。

 後はそうだ……。


「いや、普段の方が良いかな。何というか落ち着くし、それに……」


「それに?」


「何というかその……肌がその……」


 エヴァンジェルの普段はロングカートで上も長袖のドレス姿でそれに見慣れている俺からすると、今のワンピース姿は何というかどうにも露出が多く見えてしまうというか……無防備な印象を受けてしまう。

 実際には露出というほどではないし、普段とは違って精々二の腕が露わになっている程度なのだが……。


「あら、アルマン様ったらシャイ過ぎないかしら?」


「ふふっ、何だいアリー? キミは思った以上に初心なんだね」


 俺の視線から察したレメディオスが揶揄いの声をあげ、少し精神的な余裕を取り戻したのかエヴァンジェルも悪戯っぽい笑みを浮かべた。


 だが、二人の推測は間違っている。

 いや、凄くドギマギしているのは事実だが俺が気にしているのはそこではなく。



「いや、その……エヴァが見られるのが嫌だなーっというか」



「…………」


「あらー? やだもう、アルマン様ったら」


 口に出して一気に恥ずかしくなった。

 元より美人なエヴァンジェルが衆目を集めるのは必須でそれ自体は仕方ないことではあるが、ラフな姿を見られるとなると……自分でも情けないとは思うのだが。



「ぁ……ぅん……き、気を付けるよ」



 どうしよう、絶対引かれた。

 独占欲出しまくりとか男として情けない。

 ちょっとエヴァンジェルらの方向に顔を向けられないまま、俺は心の中で落ち込んだ。




 何処か微妙な空気のまま、俺たち一行の≪ニフル≫への出発は始まったのだった。







「ぅ、ぁァ……っ!!」


「大丈夫ですか、アンネリーゼ様」


「アルマンとエヴァンジェルちゃんの姿に、嬉しさと寂しさが入り混じってぐちゃぐちゃになってます!」


「相変わらず、情緒が無茶苦茶ですね」


「応援したい、祝福したい、それはそれとして……取られるのヤダよぉ」



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