第九十七話:巨人殺し


「ふん、それで≪ニフル≫へ行くって?」


「ああ、そうなる」


「まっ、あそこがごたつくとこっちとしても面倒なことになる。そういう意味じゃ、助かるが……」


 ゴースは時折考え込むように自慢の顎髭を手で撫でつつも、槌を振るう動きには無駄がない。

 手慣れた手つきで調整を終えていく。


「視察に≪災疫災禍コレ≫が必要か?」


「ウケがいいんだよ。知ってるだろ?」


「そりゃ。そうだろうがなぁ」


 訝し気にこちらに向けてくるゴースの視線を気づかない振りをして俺は尋ねた。


「で、調整はどうかな?」


「ふん、問題はねぇよ。誰に物を言っているんだ?」


「そりゃ、辺境一の鍛冶屋のゴースにだよ」


「言ってろ。ほら、出来たぞ」


 そうやって渡されたのは黒々とした鎧の防具≪災疫災禍≫だ。

 俺はそれを大事に受け取った。


「全く、こんなのを好んで纏うのはお前さんぐらいだぞ?」


「別に好んで着てたわけじゃないんだが……」


「スキルを使ったらしばらく動けなくなるってのに、何度も使うやつがあるか」


「いや、だって確かにデメリットはきついけどその分効果は折り紙つきだ。死蔵するには勿体なさ過ぎる。なら、色々と試行錯誤をするべきだろう?」


「わからなくはない。だが、アンネリーゼ様に凄い目で睨まれるこっちの身にもなれ」


「それについては済まないと思ってる。だが、被験者を募集しても集まらないから俺が自分で試すしか無くてね……」


「そりゃ、そんなのを着るのは御免だろうさ。陛下の御前に纏って拝謁したんだろう? 恐れ多いというやつだ。それに何より、アルマン様の代名詞とも言えるほどにその姿は広まっているからなぁ」


「ああ、そういう……」


 ゴースの言葉に俺はようやく納得した


 ――どうにも集まりが悪いと思ったらそう言うことか……俺にとっては一装備でしかないんだが。


 世間的な評価は違うらしい。

 まあ、世界で唯一の≪龍種≫の素材で出来た防具だ。

 それなりに価値はあるとは思っていたが……。


「最終的にはギルドに預けようかと思っていたんだが」


「やめておけ、ガノンドの奴もそう言うに決まっている」


「……そっかぁ」


 ゴースのガチの口調に俺はそんな言葉を零すしかなかった。

 スキル効果はチート級と言ってもいいほど強化してくれる防具ではあるが、反動も相応にきついので個人での運用を考えると難しい点もある。


 なので、着回すのが一番効果的だと考えていたのだが……。


「ダメかなぁ?」


「いや、ダメじゃろ普通に」


「ダメかぁ」


「普通は家宝にするとか、一族の宝にするべきものじゃぞ?」


「使わないと勿体ないだろう?」


「わからなくはないがなぁ」


 どうにもゴースの反応は良くはない。

 装備品なんて所詮は道具でしかないと思っている認識の違いだろう。

 合理的に言えば使いまわした方がきっと効率的だ

 なにせ、何度か実験を行って自分の身体で体感したのだが、どうにもスキルを使った後の反動。

 動けなくなるほどの体力の消耗は、何度やっても消耗期間は同じだった。


 要するに何度も使うことによる体力の消耗、それは何度も使ったからと言って緩和出来るものではないのだろう。


 となれば、別の人物に使い回わさせるが合理的ではあるのだが、やはり政治的にも意味を持つ≪災疫災禍≫は、そう簡単にいかないわけで……。


「面倒だなぁ」


「まっ、偉くなると柵も出てくるというものよ」


「……仕方ない、か。それで武具の方なんだけど」


「おう、出来ておるぞ。それにしても武具の方も武具の方でまた難物を……よりにもよって、こんなをとはね」


「難物言うな、適切な運用を心掛ければ強いんだ」


「その適切な運用が出来なきゃただの荷物だがな。……まぁ、アルマン様の腕を疑っているわけじゃないがな」


 そう言ってゴースが手渡してきたのは武具種≪龍槍砲≫の一種だ。


 それは巨大で黒銀色に輝く金属の塊であった。

 巨大な槍のように太く鋭く尖った先端は、それ単体を振るうだけで武具としては十分に通用しそうだというのに、これが打ち込みのための杭であるなど、まず一見してわかるものではないだろう。

 本体部分ともいうべき場所は黒銀色に輝く希少鉱石をこれでもかと言わんばかりに使用され、盾として十分に運用可能。

 内部には≪龍槍砲≫の複雑な内部機構があるが、狩人の荒い使い方にも耐えられるように出来るだけシンプルかつ強度のある部品で組まれている安心設計。


「限度はあるけどな」


 ≪龍槍砲≫一種。

 ≪巨人殺しティアマト≫、それこそがこの武具の名。


 ――向こうの状態次第だけど、用意だけはしておかないとな。


 受け取った≪巨人殺しティアマト≫は重く、そして長大だ。

 パッと見で先端までの長さは三メートル近くにもなる。

 ≪黒棺≫も大きかったが、≪巨人殺し≫はそれよりも更に大型化している。

 原因は杭の太さにあるのだろう、≪黒棺≫のものより二回りも大きいため、発射機構の本体もそれに応じた大きさとなったのだ。


「うーん、取り回しは最悪だな」


「まあ、そういう武具だからなぁ。一応、こうして戦闘時以外は杭を内部に引っ込めることもできるが……」


 それでも二メートルは超えている


「重装槍だと思えばそれなりには使えるか」


 実際には重心が本体の方に寄っているし、先端は杭なので刺突はともかく斬撃は難しい。

 薙ぎ払い鈍器のように打撃にしかならないだろうが、その火力は打撃最強の≪ハンマー≫には及ばない。


「やはり、≪龍槍砲≫は撃ってこそ……」


「わかってるだろうが」


「わかってる。無駄玉は使わないように気を付けるよ」


「そう言って使った時は全弾撃ち尽くして帰ってくるじゃねーか!」


「いやー、ははは。だって……ねえ?」


 憤慨するゴースに俺は思わず視線を逸らした。


「全く、≪杭弾≫を作るのも手間がかかるんだぞ? 他の武具種を持って行けばいいのに」


「≪災疫災禍≫もウケがいいんだけど、≪龍槍砲≫もウケがいいからな」


「知ってるよ、誰かさんのせいで依頼が殺到して大変だった」


 ≪龍槍砲≫という武具種はマイナーだ。

 特殊なイベントを経ないとゲームでも解放されなかった特殊な武具種なので、基本開発者……というより、入手した設計図からの再現者のゴースと製作に携わったその弟子たちぐらいしか知らない武具種だったのだ。

 一応、俺が試運転を兼ねて何度か依頼クエストの際に外で使用したこともあるので、狩人たちの中でも一時的に話題にはなったがその鈍重で、取り回しもしづらく、火力こそ高いものの、使いにくさが先にくる仕様に一種のネタ武具として短い間話題になった程度の武具種――



 伝説の≪龍種≫である災疫龍を吹き飛ばすという、目覚ましい功績を立てるまでは。



「≪災疫事変≫の後始末で一月ぐらいたった後か? どいつもこいつも≪龍槍砲≫、≪龍槍砲≫……一つや二つの依頼ならまだしも」


「作ってやればいいのに」


「誰が作るか! どれだけめんどくさい武具だと思ってやがる! メンテナンスだって素人が出来るものじゃないんだぞ?!」


 古代文明の遺産とやらのこの≪龍槍砲≫は、明らかにオーパーツと言ってもいい存在だ。

 特に内部機構は全く解析が進んでおらず、辛うじてメンテナンスは出来るものの、ゴース曰く「ただ設計図通りに作っただけ」とのことだ。

 こんな事情から一時≪グレイシア≫の狩人の間で≪龍槍砲≫はブームになったのだが、作り手のゴースが生産を嫌がったので狩人たちは泣く泣く収束させるしかなくなったのだ。


 その結果、俺の所有している≪龍槍砲≫への憧れも強くなり、時たまに持って依頼クエストに出るとウケが良かったりする。


「あの内部機構の解析に成功出来れば色々と使えそうなんだけ……」


「そこら辺はもう鍛冶屋の領域じゃねぇんだよ。頼まれてたあれも進んでねぇ」


「まあ、剣とか槍とかとは明らかに勝手が違うからなぁ」


 武器というより兵器の部類で、よくわからなくても設計図さえあれば作れるゴースが凄すぎるだけなのだ。




「前も言ったが、他に見つけるしかねえ。儂には無理だ。ちょうど、別の都市に向かうんだったらそれも兼ねたらどうだ?」


「ふむ……その余裕があるかはわからないけど、試してみるだけはタダか。わかった、ありがとうゴース」


「礼を言われるほどのことじゃねぇさ」



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