第九十五話:鉱石の街


 『Hunters Story』というゲームは大まかに三つのパートにわけることが出来る。


 一つは≪銅級≫から≪銀級≫まで。

 主にゲームに慣れ、大型モンスターとの狩猟の基礎などを学ぶパート。

 単純に戦闘のことや装備のこと、依頼の受注など基礎の大まかなことを依頼クエストを受け慣れていくのだ。


 そして、もう一つは≪金級≫になってから。

 ここからは出てくるモンスターも強くなるため、ただのごり押しでは辛くなり応用なども必要となってくる。

 それに何よりもストーリーが本格的に進行し、これまで出てこなかった≪龍種≫との狩猟が出来るようになる研鑽を必要とするパート。


 最後はストーリー終了後のやり込みパートとなっている。


 このパートの最初と二番の区切りに災疫龍という存在はあったわけだ。


 ――確か、ストーリーでも巨大な力を持っていた災疫龍の死は様々な影響を与えた……とか何とか言っていた気がするし、それでなくとも≪怪物大行進モンスター・パレード≫の影響が波及して刺激になって……という可能性は十分にある。


 これほど影響が広範囲に波及しているのだから無いと考える方が難しい。

 それにかつて言われた皇帝陛下の言葉も引っかかり、少なくとも他の≪龍種≫が動き出すという可能性は現実味を帯びてきたと俺は感じていた。


 ――レメディオスに依頼を出したのは災疫龍の時のような失敗をおかさないため。強力なモンスターの動きには何かしらの予兆が起こる。それを捉えるためでもあった。そうすれば対策だって立てやすい。≪災疫事変≫だって事前に想定さえしていればあんなギャンブルをする必要もなかった……。


 主人公プレイヤーがどこかに居てすべて解決してくれる。

 俺は支援をするだけでいい……そんな考えの、覚悟の甘さが原因だった。


 同じ失敗はしたくない、だからこそ積極的に情報を集めさせた。



 ――それに帝都での事件も結局のところよくわからないままだ。≪超異個体≫の≪リンドヴァーン≫の出自もわからないし、それにモンスターの売買に関わっていたという≪神龍教≫とかいう存在。無視できない、不確定要素も多い……。


 帝都で暴れた≪超異個体≫の≪リンドヴァーン≫。

 その存在について、通常の≪リンドヴァーン≫とは違うということぐらいにしか帝都ではわかっていないらしい。

 ≪亜種≫の一種であると研究は進められているらしいが実際のところは違う。



 ≪リンドヴァーン≫であって、ただの≪リンドヴァーン≫ではないことは事実だが、ヤツは≪亜種≫ではなく≪上位種≫と言っていい存在なのだ。



 ――まあ、わかりようがないので仕方ないのだろうが。それに加えて≪龍≫を信仰する≪神龍教≫……ね。


 唐突に現れた超異個体モンスター。

 そして、≪神龍教≫。


 どちらも俺のは参考にならない存在だ。

 それらの存在が≪龍種≫を刺激し、予想も付かない事態を引き起こす可能性を俺は恐れていた。


 ――やっぱり、こっちから積極的に動くべきか……。


 情報を集めて対策を練る。


 それ自体は間違ってはいないが姿勢としては受け身過ぎるかもしれない。

 どうにもこの世界特有の不確定要素とでも言うべきものがある以上、こちらから積極的に動いた方が色々と上手くいくかもしれない。


 無論、動いた分だけリスクは発生するかもしれない。

 だが……。


 レメディオスの調査報告書。

 その中に出てきた≪ニフル≫、そして≪バビルア鉱山≫の名。

 それがどうしても気になっている。


 辺境伯領としての要地であるということは確かだが、俺がこの場所を気にするのは理由がある。



 それはからだ。



 ≪バビルア鉱山≫の地下溶岩洞にて眠る存在――その名も溶獄龍≪ジグ・ラウド≫。

 この世界の生態系の頂点に立つ存在、≪龍種≫の一体がそこに居ることを……。


 報告の内容によると≪バビルア鉱山≫でモンスターの活動の活発化がみられる、という異変が起こっているのだとか。

 新種のモンスターが現れたとか、他所からのモンスターが住み着いたとか、そういうわかりやすい異変ではなく、地元の狩人の所感として「何やらモンスターが何かに恐れているかのように興奮している気がする」という曖昧な報告だ。


 これが他の地域だったなら気に止める程度の反応だっただろうが、ことが≪バビルア鉱山≫だというのなら受け取り方も変わってくるというもの。


 ――現状、平穏な人生を送るという目標に向けて一番の脅威が災厄の化身と呼ばれる≪龍種≫の存在。その力はどれも強大で対処を間違えれば、それこそ今まで築き上げたもの全てを灰燼に帰すだけの力がある。だからこそ、それに対する備えは必須……だが、現実はそう上手くは動けないものだ。


 単純に≪龍種≫の対策を練るといっても災疫龍を除いても五体も存在するのだ。

 しかも、揮う力の方向性もバラバラとなれば対策とてそれに応じて用意しないといけないが、一度に突っ込めるリソースというのには限りがある。

 領主として強権を使うことも出来なくはないが、それで順調に発展している経済活動に影響が出てしまっては辺境伯領の力を弱めることに繋がってしまう。

 それでは何の意味もない、どころか害悪であるかもしれない。


 であれば、優先順位を決めてリソースを振り分ければいいと思うかもしれないが、そこには一つの問題が発生してしまう。


 他の四体の≪龍種≫に関しては、一応ストーリー上では戦うことになるのだが、偶然での遭遇戦だったり、向こうから≪グレイシア≫に襲撃してくる等などで基本的に受動的に狩猟するという流れが多い。

 要するに襲われて仕方なく、というやつだ。

 故に、通常時の生態については謎の部分が多い。

 今までどうしていたのか、何処を住処としていたのか、ゲーム内のフレーバーテキストでも大まかな推測でしか情報はない……そんな有り様だ。


 なので、予測するにも情報が足りず、変な話ではあるが襲われ待ちともいえる状態に陥っているのが現状だ。

 災疫龍の一件を考えればゲーム内における依頼クエストイベントの順番も信用出来たものではない。

 普通に無視して現れることも考慮すれば、ゲームでのストーリーを信用し過ぎて対策のリソースを振り分けるのはリスクが高すぎる。


 リソースから考えて、全ての≪龍種≫に対しての対策を同時には不可能。

 かといって、ではどれから重点を絞って行うべきか……というのも判断が付かず、迷っていたところにこの報告書だ。



 ――……溶獄龍は≪龍種≫の中で唯一、住処がはっきりしていたモンスターだ。恐らくは居るとは思っていたが、これまでは放置していた。≪ニフル≫の重要性を考えれば迂闊な刺激は与えるべきではないと思っていたし、それにおおよその位置はわかっていても迂闊に行ける場所でも無かったからだ。


 溶獄龍が居るであろう≪バビルア鉱山≫の地下溶岩洞に辿り着くための道には巨大な岩盤が邪魔をしている。

 過去に≪バビルア鉱山≫に入った際に確認したことがあるが、人の手では到底破壊することが難しそうなものだった。

 ゲームでは溶獄龍が活動を再開した影響で破壊されて通れるようになるのだが、あれを人工的に破壊しようとすればどれだけの労力と資金が必要になるか……。


 ――だからこそ、不安もあったが何事も起こらないように祈りつつ、あの時は撤退したわけだけど……この報告書にある異変。これが溶獄龍の活動の影響だというのなら……。


 ≪ニフル≫の重要性を考えれば放置はできないし、唯一居場所がわかる≪龍種≫と言うことを考えれば――




「……行ってみるか。≪ニフル≫へ」


「えっ? 本当!」



 思考の渦に沈んでいた俺の呟きに何時の間にか按摩をやめて、抱き着いていたアンネリーゼの声が弾んだ。


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