第九十四話:各地の異変
とんとん、とんとん。
「……≪ニフル≫、か」
とんとんとん。
「んー? 何か言ったアルマンー?」
「あー、何でもないー」
「気持ちいいー?」
「あー、もうちょっと右で」
「えへへ、了解ー」
夜も更け始め、夕食を食べ終え風呂も終えた俺は、眠前にアンネリーゼの按摩を受けながらぼんやりとレメディオスの報告を思い出していた。
「あー、極楽ー」
「あはは、極楽ーだって! 気持ちよさそうで何より! 帝都から流れてきた本で勉強した甲斐があったわねー」
「そんなのあるのか……」
帝都からの交易品として流れて来ているのは知っていた。
とはいえ、そんな内容の本まであるとは裾野が広いというか何というか。
「やっぱり帝都は凄いはねー! 文化、文芸らに関して、やっぱりこっちよりも進んでいるというか……あっ、アルマンの領地こそが最高なのは間違いないけどね!」
「別に事実だから気にしやしないさ。他にはどんな本を読んでいるんだい?」
「手芸用の本とか、人形制作の本とか、あとは絵に関する本とか、やっぱり我流で続けるのもマズいかなって」
「……そっか!」
俺は深く突っ込むことをやめた。
別にただの趣味なら我流でもいいんじゃないかと言いたくなるが、その向上心の目指す先についての話題には触れない方がいいだろう。
精神衛生上の問題で。
――いいじゃないか、母さんが楽しそうで。
こんな風に息子へのコミュニケーション手段の模索として、按摩などの技術を学んでこうして使ってくれるし、料理のレパートリーだって増えて美味しい。
それでいいじゃないか、と俺は思考に蓋をした。
「それで≪ニフル≫って……?」
「ん、なんだ、聞こえたんじゃないか」
「いや、お仕事の話かなって……でも、気になっちゃって。≪ニフル≫って確か北の方の都市よね? 辺境伯領の……」
「ああ、そうだ」
ロルツィング辺境伯領の北。
そこには厳しい山々が連なる山岳地帯が広がっている。
≪ニフル≫はその地域にある街――というより、都市の名前だ。
「確か鉱山の街なのよね」
「ああ、辺境伯領内での鉱石の供給の大部分を担っている都市だ」
鉱石の採掘というのはこの世界の文明社会を成り立たせるためには必要不可欠な仕事といえる。
日用品から建築物まで鉄鉱石の需要に限りなどは無いし、それに何よりも上位の狩人の装備を作るにつれて上質な鉱石アイテムが欠かせないことだ。
所謂、モンスターの素材アイテムだけで作れる防具や武具というのは少ない。
防具や武具として成り立たせるための繋ぎや加工に希少な鉱石アイテムも必要不可欠なのだ。
それだけで鉱山としての≪ニフル≫の辺境伯領での重要性がわかるというもの……そんな≪ニフル≫が領内において三指に入る都市に成長したのは必然だったといえよう。
誰が読んだか鉱石都市。
それこそが≪ニフル≫の二つ名だった。
「鉱石の都市≪ニフル≫……噂じゃ大層にぎわってるって話ね」
「まあ、≪グレイシア≫での狩猟業が順調ならそれに応じて需要は伸びるからね。特に近年は羽振りが良いとは聞いたな。だいぶ前に行った時もそれなりに賑わってはいたが……」
「へえ、そうなんだ。私は行ったこと無いなー、そういえば。同じ領内なのに」
「領内での移動は面倒だからな縁が無い時は無いものさ」
狩人ならばともかく、普通に街道にもモンスターが出没する世界だ。
都市間での移動というのは基本的に最低限になる。
もはや、十一年もこちらで暮らしているとはいえ、一度も行ったことがないのは別段おかしいことではない。
≪グレイシア≫が領内での人や物の行きつく先になっている大都市であるのも原因の一つだ。
何せ領内の大抵のものは揃うのだ、この≪グレイシア≫に無いものなど――
「でも、一度でいいから行ってみたいとは思っていたのよね、≪ニフル≫の温泉!」
あったな、あったわ。
「温泉、かぁ」
≪ニフル≫が主に鉱石の採掘所として利用している≪バビルア鉱山≫は、今なお活動を休止していない活火山だ。
正確なことはわからないにしても地下の坑道に行くほどに熱気が高くなり、地盤の地下にはマグマだまりでもあるのではないかというのが通説だ。
実際にはその程度のものではないのだが。
兎にも角にも≪ニフル≫周囲の地帯には活火山も多く、その影響からか温泉なども多く、知る人ぞ知る名物でもあったりする。
そして、前世も今世も女性というのは男性よりも習性として、風呂好きであるという傾向は変わらないらしい。
振り向かなくてもアンネリーゼの声色で分かるというものだ。
「アルマンは入ったことあるんだよねー? ≪ニフル≫の温泉ー」
「まあ、依頼帰りに……」
「ずーるーいー」
按摩の手をやめ、まるで駄々っ子のように抱き着いてくるアンネリーゼ。
困った、何故うちの母親は可愛いのか。
「いや、依頼も大変だったわけでその疲れを癒すためにね?」
「それは大事だけどー、アルマンにはずっと健やかで居て欲しいけどー……でもー!」
「はいはい、悪かったよ。機嫌を直してくれ」
俺はそう言ってアンネリーゼの頭を撫でた。
機嫌を一時的に直して貰えばいい、という程度の非常に雑なものだったにも関わらず、アンネリーゼはどこかご満悦な様子で「むふー」と零した。
どうやら最近は婚約者であるエヴァンジェルに構い過ぎて、スキンシップが足りていなかったようだ。
反省。
閑話休題。
「で、その≪ニフル≫がどうしたの?」
「≪ニフル≫だけが……という話じゃないんだけどね。母さんはレメディオスへの依頼については知っていたよね?」
「ええ、確かあの≪災疫事変≫が起きた後の影響の調査を色々な場所を巡って調べて貰っていたのよね?」
「まっ、端的に言えばね」
「それじゃあ、その変化ってのが起きたのが≪ニフル≫なの?」
話の流れからそう結論をづけたのだろうが少し違う。
「正確に言えば≪ニフル≫だけではなかった……というのが正しい」
レメディオスの報告からするとやはり全域で何らかの変化が起きているらしい、出没するモンスターの頻度や種類が変わったとか、あるいは縄張りが不自然なまでに移動している等々。
実際に現場に出ているベテランの狩人たちに話を聞いて集めたらしい。
所管のギルドはまだ結論を出せていないようだが、こうしたベテランの肌感覚というのは馬鹿に出来ないものがある。
少なくともレメディオスは信頼性の高い情報であると認識していたし、俺も何らかの変化が起こっているのは間違いないとみている。
――やはり、災疫龍はイベントフラグだったのか……? 元来、災疫龍の討伐はプレイヤーが≪銀級≫から≪金級≫へと上がる試験の途中に発生するストーリー進行上の敵。倒さなければストーリーはこれ以上は進行しない。そういうモンスターだった。≪龍種≫のお披露目という意味もあったんだろうけど……。
『Hunters Story』という作品はストーリーの進行はさほど難しくはない。
モンスターを狩猟することに重きを置いており、ストーリー自体はおまけな面もある。
故に進行上必要な
倒さなければストーリーはこれ以上は進行しない、というのは逆に言えば倒してしまえばストーリーは進行してしまう……とも言えるのではないだろうか?
あまりゲームの前提で考えるのは良くはないことはわかっている。
だが、ストーリーが進行するという仮説が正しかった場合、起こりうる可能性を考えるとやはり考慮には入れておかざるを得ない。
――残りの五体の≪龍種≫の狩猟……か。
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