第九十三話:災疫の爪痕



「……≪怪物大行進モンスター・パレード≫。≪黒蛇病≫なる病魔によってモンスターたちを狂わせ操った、災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫が引き起こした現象――で、良かったんだよね」


「そうだな、その認識で間違いない」


 エヴァンジェルの言葉を俺はそう肯定した。


「でも、災疫龍はアリーが討ってそれで収束したんじゃ」


「それはどうかな……それを調べるためにレメディオスに頼んだんだ。重要なのはむしろこれからかもしれない」


「……というと?」


 俺はエヴァンジェルの問いには答えず、レメディオスに目線で促した。


「そうねぇ……百を超える大型モンスターがこの≪グレイシア≫を襲ってきたことを含め、世には≪災疫事変≫という事件の名だけ広まっているけど、彼の龍が引き起こしたのはそれだけじゃないのよ」


「まあ、狂ったモンスターの軍勢が押し寄せてきたこと自体も十分に大事件ではあったんだけど……」


「問題は≪怪物大行進モンスター・パレード≫の発生……それ自体よ」


 レメディオスは言葉を区切って出来るだけ噛み砕きながらエヴァンジェルに説明した。


「いいですか、エヴァンジェル様。大型モンスター支配領域というのは実は想像以上に繊細に出来ているのです」


「繊細に?」


「ええ、その通り。意外に思うかもしれませんが、奴らにはそれぞれ種族によっての生息領域が、習性が存在し、天敵もいれば共生関係を築いていたりと実に様々です。ですが、多様性に富んでいるようでモンスターたちにはあることわりが存在します」


ことわり……」



「モンスターのことわりとは即ち強さの理。強者こそが支配者であり、上位者になれるというこというシンプルなことわりです」



「それは……当然ではないか?」


 エヴァンジェルはそう疑問を口にした。

 自然界の掟、食物連鎖としてはさほどおかしくないように聞こえる。


「いや、違う。この場合の強さとはいうのはモンスターの種族というより、に依存した強さのことを言うんだ」


に依存した?」


「基本的に群れを作るようなモンスターというのはモンスターの階層の中でも被食者に部類される場合が多い。その点、上位のモンスターになるにつれて頭数などはグッと減っていくだろう? 目撃例だって希少になる……」


「まあ、それに関しては因果が逆ですけどね。上位モンスターになるほどに数の少ないモンスターにばかりになるんじゃなくて、危険な奴を選定していったらそうなったというか」


「要するにモンスターの世界において強さというのは重要な要素で、その個体が強力であるほどその一帯に与える影響力が大きいってわけ」


「なるほど……そして、その個体数は強ければ少ない傾向がある。それを踏まえてだという言葉は――ああ、そういうことか」


 エヴァンジェルは俺たちが答えを言うよりも早く納得したようだった。




「そうだ。モンスターはその強さが、影響力が高いものほど個体数が少なくなる。つまりは、そいつがやられてしまうと一気にその一帯でのバランスが崩れるんだ。たった一匹が倒れただけな」




 良くも悪くもモンスターの世界は強さに依存し過ぎているといった所だろうか。

 これが仮に前世での知識にある動物の世界ならそれが明確な変化になるまでは、時間もかかるだろうが何分この世界におけるモンスターの強さというのは大きすぎる。

 モンスターの世界においては弱者でも、人間にとっては十分過ぎる強者たちは実に危ういバランスで均衡を保っているのだ。


 とはいえ、だ。


 強いからこそ強者として一帯に影響を与えているわけであり、本来であればそんなに簡単に死ぬような相手ではない。

 狩人という存在が居るが、上位モンスター相手にするのは≪金級≫といえども油断は出来ない存在だ。


 故に強者なのだ。


 だが、そんな強者も死ぬまで暴れ続けるという疫病を一帯にぶちまけられてはどうにもならない。


 自身が侵されるのもそうだが、死をも恐れずに襲い掛かってくる存在というのは決して無視できない強さを発揮する。

 如何に一帯における強者といえども、絶え間なく襲われ続ければ何れは死に絶える。


「そんなことが森の奥では起こっていた。≪怪物大行進モンスター・パレード≫として表に出てきたモンスターたちなんてのは、所詮は一部でしかなかったってことさ。――ヤツがやったのは生態系の破壊だ」


「事実、あの直ぐ後に森の奥を確認したチームからの調査報告では至るとこにモンスターの死体だらけのだったらしいわ」


「そんなに……。さっきの話だとモンスターの領域は非常に繊細なものという話だったが」


「当然、それだけ大量のモンスターが、そして上位者であるモンスターも死ねば今までの環境なんて吹き飛ぶでしょう。正しく新環境ってやつね」


「実際、確認されていた生息域が移動していたり、見ることの少なかったモンスターが見られるようになったり……ほら、先週狩猟されたこのモンスターとかはもっと南の方で確認されていたモンスターなんです。勿論、迷い込んできたという可能性はありますけど、既に三体ほど」


 補足するようにシェイラが資料を取り出した。

 討伐され、この≪グレイシア≫に運び込まれた大型モンスターに関するものだ。


「前年度や前前年度のものと比べると……」


「確かに変化は見られるな。……この変化による≪グレイシア≫への影響は?」


「さほど大きなものじゃない。≪グレイシア≫の近くに現れるモンスター……要するに表層に出てくるモンスターというのは、所詮深層での生存競争から弾き出されたモンスターだからな。多少、出てくるモンスターの顔ぶれが変化したとはいえ十分に対処は出来る。中層はだいぶ環境は変わった様で、最初こそ戸惑ってはいたがある程度の調査が進むと適応できた」


 ここら辺は積み上げてきた≪グレイシア≫の自力と呼んでもいいだろう。

 本来、慣れていたモンスターの顔ぶれが変わるというのは、今までの経験などが役に立たなくなるだけわけでかなりの問題だ。


 だが、今の≪グレイシア≫は狩猟できるモンスターが増えたことを喜べるだけの余裕があった。

 狩れるだけの力があれば、モンスターの素材の種類が増えるのは良いことなのだ。


 とはいえ、それは随一の狩人の都市である≪グレイシア≫だからこそ言えることでもある。

 俺はそのことを理解していた。


「なるほど、だから彼に?」


「ああ、モンスターたちの世界というのは思った以上に広くつながっている。局所的な異常事態がどこまで伝播するか、どのように影響を与えるかは未知数だったからな」


「実際、南の方でしか見なかったモンスターが流入していたりするわけですし、その逆だってあり得るでしょうからねー」


「各所のギルドからの報告を待ってても良かったけど、それじゃあ遅すぎるからな」


「とはいえ、北から南まで各所を回らされたのは大変だったわよ。本当に!」


「済まない、ただ災疫龍なんて御伽噺の存在がひょっこり現れたんだ。何が起こってもおかしくないからな、出来るだけ確実な情報を得るには腕の確かな狩人に実際に言って貰って肌で感じて貰うしかなかったんだ」


「腕が確かな狩人として選ばれたことに関しては誇らしく思わなくもないんですけど……。報酬、色を付けても良いのではありません? 何やら少し帰らなかった内に、色々と物が増えたようですし? 帝都産の化粧品とか……ねぇ?」


 意味ありげな視線を寄越してくるレメディオスに俺は苦笑しながら答えた。




「じゃあ、報告の結果次第ということで」


「言質は取りましたからね? では――」




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