第三章:震山動地編
第一幕:北へ
第九十一話:帰還する者
それは何処かの深い森の奥だった。
ただ一つ、白い建物がある。
いや、正確にはあったというべきか。
ひっそりと佇むその建物は長い年月による老朽化か、建物としての機能を有していなかった。
壁は一部が崩れ、天井の一部も倒壊し、内部は吹き曝しになっており、雨風の影響か内部もボロボロ。
辛うじて元の原型を保っているだけのかつては建物だった存在。
……もし、仮に。
この光景をとある辺境の領主が見たら疑問に思ったかもしれない。
原形を辛うじて保っているだけのその建物の姿。
それはこの世界では見たことが無く、だが彼の知識の中に存在している建築物――教会によく似ていた。
「――スピネル」
老朽化した礼拝堂の中、今にも崩れかけそうな椅子に腰かけ、罅割れたステンドグラスの絵を眺めている少女に、入ってきた白装束の人影は話しかけた。
全身を白の装束に身に纏い、仮面を被った姿。
≪神龍教≫の教徒としての服装、椅子に気だるげに腰かけているスピネルと呼ばれた少女も似た格好をし、すぐ近くには外された仮面が置いてあった。
「またこの絵を見ていたのか。もはや、見る影もないというのに」
「こうして見ているだけで思い出せるものもある。……それで?」
「ダメだ、やはり≪龍狩り≫と≪龍の乙女≫には近づきようがない。手に入る情報も伝聞の大したことのないばかり……」
「そうか。……まあ、仕方ない。彼らは≪グレイシア≫に引き籠っているんだ。稀に出ることはあっても拠点があそこである以上、私たちでは手を出すのは難しい」
「厄介なものだ、城塞都市というのは……。街を城壁が囲っているせいで中に入る手段は限られる。当然、そこには出入りは管理されている。これではな……」
「期待はしていない。どのみち、困難であるのは目に見えていたからな。もう一つの方は?」
「そっちは問題ない。帝都の方で洗ったが間違いなく≪龍狩り≫はギルバートの息子として帝都で生まれ、そして育った」
渡された紙束を眺めながらスピネルは呟く。
「ギルバートのことは知っている。間違いなく知っているはずがない。……ならば、一体どこからスキルのことを……間違いなく辺境伯領では……」
「不明だ。ただ……やはり≪龍の乙女≫の可能性が一番だと考えるが」
「ふむ、≪龍の乙女≫か。確かに……」
少しの間、思案に暮れていたスピネルだったがやがて紙束を地面に放り捨てた。
「おい」
「
「…………」
「均衡と調和が崩れ、その影響が露わになり始めている」
「何だと?」
「≪ニフル≫からの情報だ」
そう言ってスピネルは石のようなものを取り出すと放り投げた。
慌ててキャッチした白装束の人物は聞き返した。
「≪ニフル≫だと?」
「ああ、異変が起きているらしい……」
「それはまさか」
「まさかというのがまさかさ。六つの龍の内の一つが討たれたんだ。そうもなるだろう」
少しだけ愉快そうに笑いながら少女スピネルは言った。
「きっと≪龍狩り≫も出てくるよ。その時こそがチャンスだ」
「出てくるか?」
「出てくるさ、そうせざるを得ないし、何よりも彼はもう≪龍狩り≫だ。……望もうと望むまいと正体が誰であろうと、≪龍≫を討った時点でアルマン・ロルツィングは≪
まるで別の物が見えているかのように、その紅の瞳を虚空に向けてながらスピネルは言い切った。
「……そうだ。そうだな、では向かうとするか」
「ああ、行こうか」
スピネルは立ち上がるとそのどこか浮世離れした美貌を仮面で隠した。
そして、銀の髪をフードで隠し立ち上がった。
◆
「ふーむ」
「うーむ」
「むむむっ」
≪グレイシア≫の政治行政の中心施設の政庁の執務室内。
そこで俺とエヴァンジェル、シェイラは顔を突き合わせ、今期の予算について計算を行い意見を交わしていた。
「領主様」
「うむ」
「アリー」
「うむ」
「「お金が足りません」」
「う……む」
否、正確に言えば突き上げを食らっていた。
「いくらなんでも使い込み過ぎです!」
「どれも無駄とは言わないし、重要性は理解するが……ちょっと多方面に一気に手を伸ばし過ぎじゃないかな」
「まあ……なんだ。投資というのは最初が肝心だろう? だから……」
「それはわかるがそれなら選択と集中をするべきだよ。貿易だって順調なんだ、優先順位を決めて」
「一応、このままでも元は取れるんだろう? しばらくすれば……」
「まあ、そうだね。僕の手配に間違いはない。とはいえ、全部回収するのはだいぶ時間が……せめて、これはどうにかならないか? 些か過剰だとは思うんだけど」
そう言ってエヴァンジェルは紙束の項目を指さした。
一際、大きな金が動ていることがわかる。
彼女が問題視するのは当然だとは思う、ただ……。
「いや、それは出来ない」
「むっ」
「これ必要になるんですか? 防衛用の城塞兵器の更新も行うみたいじゃないですか、それから狩人の装備についても……必要ですか?」
シェイラが俺の顔を覗き込むようにして尋ねてきた。
だが、俺の言葉は変わらない。
「ああ、必要になると思う。……多分ね」
「もっと言い切ってくれるとカッコいいんですけど……まあ、仕方ありません。それで予算は通しておきますよ」
あっさりと引いたシェイラにエヴァンジェルが声をかける。
「まっ、何だかんだこの辺境伯領を守り続けてきた領主様の判断です。信じておきますよ」
「では、仕事の残りがあるので」と資料を乗せて部屋から出ていくシェイラの背中に、俺は声をかけた。
「ああ、信頼に応えられるように頑張るよ。……まっ、起きないに越したとはないんだけど」
ひらひらと手を振りながら扉の向こうに去って行ったシェイラ。
パタンっとドアが閉まると同時にエヴァンジェルが話しかけてきた。
「信頼されているようだね」
「ああ、嬉しいことにな」
「僕もアリーの……≪龍狩り≫という狩人の見識を疑っているわけじゃないが。何に備えているんだ、アリー。そうとしか見えないが……」
「帝都から帰る際に、皇帝から言われたことがどうも気になってな。それに――」
コンコン。
そんなノックの音が室内に走り、俺は会話を切り上げた。
「なんだ?」
「申し訳ありません、アルマン様。≪白薔薇≫のレメディオス様がお見えになっています」
政庁の役員からそんな答えが返ってきた。
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