外伝十一話:月虹のラブソディー・Ⅵ
『Hunters Story』というゲームにおいてアイテムというのは重要だ。
≪素材アイテム≫は防具や武具の作製に欠かせないし、進めていくと次第に既製品の性能では物足りなくなってくるので、≪回復アイテム≫や≪狩猟アイテム≫なども自作することになる。
故に出来る限り≪素材アイテム≫というのは
ところで『Hunters Story』には素材にならないアイテムというのも存在する。
所謂、集めたりすることを目的とした≪コレクターアイテム≫だったり、素材にはならないが換金することが出来て金策になる≪換金アイテム≫だったり、≪食材アイテム≫に≪開発アイテム≫等々……。
俺が探しているアイテムというのは、そんな≪素材アイテム≫にならないアイテムの一つ。
その名は――≪月光石≫というアイテムだ。
≪換金アイテム≫の一種で採掘出来る場所はこの場所のみ、フレーバーテキストによると月光に晒されると淡く輝く宝石でその輝きはどんな女性をも魅了するとか……そんな感じのことが書かれていた気がする。
非常に限定的な採掘場所にしか存在できないため希少価値が高く、その価値はダイヤモンドやルビーなどといった前の世界にもあった宝石よりも格段に価値が高い。
流通している量は途轍もなく少ないが、だからこそとも言える。
――まあ、採れるのがこんな山の頂上じゃ仕方がないと思うけど。
ゲームでも向かうには割と面倒な場所にあるのだ。
しかも、当然辺りには小型、大型問わずにモンスターが居るし、そもそもこっちの世界の人間は採掘ポイントなど知りようがない。
いや、少量とはいえ流通しているということは他にも採れた場所があったのか、或いは昔に誰かがここで採って売ったのか……まあ、そんなことはどうでもいい。
そんな非常に値打ちのある≪月光石≫ならば、エヴァンジェルへのプレゼントとしても恥ずかしくないはずだ。
そう考えて俺は鶴嘴を片手にここまで来たのだが。
「マズい……でない」
山を下る期間を考えればもう猶予はあまりないというのに、俺は未だに≪月光石≫を掘り当てることに成功していなかった。
「マズい、マズい、マズい。これ以上は流石に……誕生日に間に合わない。もっと粘るか? いや、でも下手をするとすっぽかす羽目になってしまう……それはどう考えてもマズイ」
色々と準備を行ったのだ。
アルフレッドに話を通し、エヴァンジェルに気付かれないように立ち回って貰ってたり、ガノンドに話を通してギルドで防具などを試した際に指のサイズをこっそりと測って貰ったり、時間を作るためにシェイラに仕事を押し付けたり等々。
万全の準備を整えていたはず……だったのに。
「肝心の≪月光石≫が手に入らなければ意味がない……っ」
舐めていたわけじゃないが装備でスキルも発動していたし、採掘作業についてはゲームとしての感覚が残っていたのもあったのかもしれない。
≪月光石≫の発生率は三%ほど、確かに低いが数日も費やせば流石に手に入るだろう……そう甘く見ていた。
ここはあくまで似たような世界でしかなく、必ずしもゲームの通りにはいかないという大前提を忘れていたのだ。
「それとも単純に運が悪過ぎて全部外しただけか? いや、原因なんて重要じゃない。問題はどうするべきかということだ」
上手く見つからなかった時のことまで考えていなかった。
こんなことならセカンドプランまで用意しておくべきだったと後悔するが後の祭りだ。
「まず、エヴァの誕生日に≪グレイシア≫に戻れてないというのはマズい。今後の世間的な目も考えて……」
それに間に合うように下山する必要がある。
だが、仮に間に合ったとしても手ぶらでは結局のところ意味がない。
「準備もしていない以上、代わりのプレゼントを見繕うのは難しいし……そもそも、質を妥協できるならこんなところにまで来ていない。……方法があるとすれば、ギリギリまで粘って採掘をして≪月光石≫をゲットしたら、速攻で下山する方法しかないが」
一応、予定は安全面を考慮した上で余裕をもって組んでいる。
危険性を棚に上げて強行軍で山を下れば、もっと短く出来なくはない。
ただ、ここは人里離れたモンスターがうろつく一帯。
しかも、自然そのものの脅威もある場所……決して油断していい所ではない、そこを速さを優先して横断する行為は無用に危険を高めるだけだが……。
「だからといって、諦めるわけにはいかないか」
俺はそれでも覚悟を決め、そして鶴嘴を振りかぶった。
そして――
「……っ、これは?! ≪月光石≫……じゃない」
辺りが闇に沈み、松明の火と降り注ぐ月光を頼りに採掘をしていた俺の手元にそれは転がり込んできた。
そのアイテムは≪月光石≫――ではなかった。
だが……。
◆
不機嫌。
その日のエヴァンジェルの様子を言い表すならば、その単語こそが正しく相応しい。
今日という日は彼女にとって十八回目の誕生日。
そんな日にも関わらず、エヴァンジェルが機嫌が悪い理由は勿論、領主であるにも関わらず街を離れて居ない婚約者のことだ。
「……まあ、何やら緊急の
如何にアルマンの婚約者で、将来的には嫁ぐ形になるであろうエヴァンジェルといえども、何でもかんでも知らされているわけではない。
彼女自身の優秀さ故、色々と関わられているとはいえ、婚約者は婚約者でしかない。
それに狩人ギルドは直接的なロルツィング家の配下というわけではないのだ、流石に緊急性もないのに細かな
「でも、こんな時に居なくならなくたって……僕も言わなかったのは悪いけどさ。だって、自分から言うのはなんていうかはしたないじゃないか」
ぶつくさとエヴァンジェルは小声で自室の中で文句を言った。
自分でも理不尽なことを言っている自覚はあった。
それでも思うところがないわけではない。
面倒な性格だと思うが、言わなかった癖に何処からか察して実は驚かせるために用意してるんじゃないか。
そんな都合のいい妄想を浮かべる馬鹿な女がここに一人。
夢は破れ、今日という日も残りわずかになり、不貞腐れて自室に引き籠っているという情けなさ。
「あー、どうしようかなー。これ絶対に後から言ったら変な気を使われるよね。どうしたもんかなー」
ぐでーっと全身の力を抜き、ゴロゴロとベッドの上でうつ伏せになるエヴァンジェル。
そこには普段の才女らしさなど無く、ただただ今日という日を一人相撲をして費やし、そして自己嫌悪に陥った少女が居た。
「はあ、ダメだ。何も思いつかない……寝て起きたら何か思いついてないかな」
考えることも億劫になり、寝酒に用意したワインを一飲み。
いい感じに酔いもまわり、エヴァンジェルはぼんやりと天井を見上げた。
「アリーは何をしてるかな」
もう寝ているのだろうか、怪我はしていないのだろうか、そんなことをつらつらと思いながら微睡んでいると……。
コンコン。
そんなノックの音が聞こえてきた。
「……アルフレッドかい?」
エヴァンジェルはそう尋ねた。
何せここはロルツィング家の私邸、入れるものなど限られた人間のみ。
そして、こんな時間に尋ねてくる相手に思い当たる節と言えば彼しか居なかったからだ。
コンコン。
だが、扉越しにエヴァンジェルの声が聞こえなかったのか再びノックは行われた。
格式が高くどこも重厚に作られているのはこう言った時に不便だ。
エヴァンジェルは再度尋ねようかとも思ったが、それも億劫になり扉を開けることにした。
寝間着姿のラフな格好ではあるもの、今更見せて恥ずかしがる相手でもない。
「はいはい、全くなんだと……」
そんな少々無防備な考えの元、エヴァンジェルは扉を開け――
「良かった、まだ起きていたか」
「……あれ?」
予想していた人と全く違った人物が目の前に現れ、ほろ酔いであったのも災いしその思考は停止した。
「えっ、その、アリー……なんで、ここ……帰って……」
「すまない、時間は……ギリギリだな。大丈夫だということにしよう」
そこに居たのは
こちらに来て何度か
だが、そのどれも余裕のある様子で帰って来たというのにこれはどういうことだろうか。
……というか、それ以前に完全に無防備な格好で出てしまったことに気付いた衝撃に、エヴァンジェルの思考は再起動始めていた。
「ちょっ、まっ……すまない、ちょっと着替え……」
「待ってくれ、少しだけ俺に時間をくれ」
冷静さを取り戻すための時間をくれ。
そんな切なるエヴァンジェルの願いは、普段とは違うアルマンの強引さに流され、言われるがままに手を取られそして中庭へと連れ出される。
「あ、アリー、何を……」
「ギリギリだ。本当にギリギリになってしまったのは謝る。許して欲しい」
「えっ」
「誕生日なんだろう? 本来ならもっと余裕をもって用意できるはずだったんだけど」
そう言って取り出されたのは一つの小箱だ。
「渡してなかった婚約のプレゼントの分も合わせて……」
月光と星明りしかない中庭。
開かれた小箱の中に入っていたのは一つの宝石の指輪。
「こんなのしか用意出来なかったけど……受け取って欲しい」
シンプルなデザインの台座に嵌められて、少々不格好ながらカッティングされたその宝石は月の光を受け――七色に輝いていた。
それは≪月光石≫ではない。
その宝石の名は――≪月虹石≫。
一色ではなく、七色に輝く≪月光石≫の中でも更に希少な存在。
かつて皇族の姫君に対し、永遠の愛を誓うために献上されたという……そんな伝承の中の輝き。
それを知っていたエヴァンジェルは感情の爆発のまま、アルマンへと抱き着いた。
「アリー! っ、大好き!」
そして、≪換金アイテム≫のフレーバーテキストなど≪月光石≫の時点でうろ覚えだったアルマン。
≪月虹石≫のことを覚えておらず、希少性が高いなら問題は無いはずだ……と考えていたことなど知る由もなく、ついでに採掘場所が公になるのはマズいだろうと黙っていたことが影響し、婚約者のために途轍もない冒険を一人で行い、そして帰って来た情熱的な男である……そんな話が市井に流れたのをアルマンが知ったのは、どうしようもなく広まった後のことであった。
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