外伝十話:月虹のラブソディー・Ⅴ
振り下ろした
何かを捉えた感触だ。
ずっと発動しっぱなしの≪地質学≫のスキルからもそれがわかる。
間違いないアイテムを捉えたのだ。
俺はスキルを頼りに慎重にその周囲を掘り進める。
するとポロリッと塊が剥がれるように落ち、俺はそれを慌ててキャッチしてそれをマジマジと確認する。
「……違う、これはただの≪閃緑石≫か。外れだ」
だが、目当てのものではないことを確認し興味が失せる。
≪閃緑石≫自体はそこそこの値打ちがする鉱石、狩人の中位の防具や武具に良く使われることもあって需要も高く、≪鉄鉱石≫よりも高く買い取られるので小遣い稼ぎくらいにはいいもの目的のものではない。
俺は適当にその場に放り捨てるとまた鶴嘴を振るい始めた。
――間に合うか?
ただ、それだけが頭を占めている。
焦燥にかられるまま、俺はただ鶴嘴を振り下ろした。
切っ掛けは大工房に行った時のゴースの言葉だった。
――「アレと言えばアレに決まってるだろ。何でも情熱的に口説いたんだってな? アルマン様も中々に男を見せたってな? 婚約の記念のプレゼントもよっぽどの……えっ、渡してない? ……マジか」
婚約記念。
なるほど、そんな存在をゴースの言葉でようやく思い出した。
確かに婚約指輪とか何とか、そういう話を聞いたことはあった。
考えてみれば婚約というのは人生の節目で、しかも世間的には俺が情熱的にエヴァンジェルを口説いたこととなっている。
皇帝の件とか、エヴァンジェルの生まれとか、そう言ったことは表沙汰になってはいない以上当然だ。
実際は、当事者の二人からして寝耳に水な急転直下な事態であったのだが、第三者にはわかるまい。
そして何より、何だかんだと俺たち二人の相性は良かった。
自分で言うのもなんだが仲睦まじく婚約者同士の関係をやれていた……とは思うのだ。
だからこそ、ゴースも上手くいっているという前提でそんな話をしたのだろうが……。
――「いや、それはマズいでしょ。アルマン様」
後日開かれた、妻帯者持ちの上級狩人を集めた飲み会で俺は詰られた。
というか心配されたというのが正しい。
――「その……帝都でのゴタゴタもあってのことで、急な話だったから……エヴァも気にしてないと……」
――「態度では気にしてない風を装ってもむっちゃ気にしてるのが女という生き物ですよ、アルマン様」
――「婚約という祝い事、その記念となるプレゼントの一つも無いっていうのは……絶対、気にしてますよ」
――「帝都で色々あったのは知っていますけどね。時期をずらしてでも何か贈られるんじゃないかなって実は期待していた可能性は十分ありますよ?」
――「それに全く気付いてないとなったら……」
――「いや、しかしだな。エヴァからはそんなアピールは……」
――「そういうのを自ら行うのはややはしたないですからね。エヴァンジェル様のような御方なら尚更でしょう。……とはいえ、良い男ってのはそういう女性への気遣いも出来なきゃ」
――「というかアレです。こういうのちゃんとやっておかないと後が怖いですよ。俺なんか結婚記念日を忘れて風俗に行った時のことを、ことあるごとに未だにネチネチと妻には言われて……」
いや、それはお前が悪いんだろう。
そんな突っ込みをしつつも、彼らの総評を纏めるなら記念日のことはちゃんと祝わないと後が怖い。
特に婚約記念ともなれば、一生言われることになるぞと脅された。
流石にそれは言い過ぎだろうと思いつつも、確かに何かしらのプレゼントなり何なりは必要じゃないかと思い直した俺は、エヴァンジェルの従者であるアルフレッドに相談することにした。
異性相手に何かしらのプレゼントを贈る……ということ自体、得手としてはないのだ。
誰かしらの助けは必要。
だが、その性質上、エヴァンジェルにバレるのは不都合。
相談相手は身近な存在で事情を理解しているものが好ましい。
そうして選んだのが彼女の従者のアルフレッドだった。
婚約記念のプレゼントを贈りたいという相談、出来た彼ならば事前に漏らすなどということもないだろうし、エヴァンジェルのことについても詳しいはず。
彼以上の適任は無いと思えた。
一応、異性へのプレゼントの相談ということでアンネリーゼに相談する選択肢もあったが、彼女の男性経歴を鑑みて下手をすると地雷を踏むだけだと判断しスルーすることにした。
その結果、
――「実はエヴァンジェルお嬢様は今月が誕生日でして……」
アルフレッドと相談する過程。
俺は衝撃の真実を突き付けられることになった。
――「誕生日って……誕生日ってこと?」
――「はい。誕生日ということは……誕生日ということです」
アルフレッドとは焦ってだいぶ意味がわからない問答をした気がする。
とりあえず、その時の俺の素直な気持ちは、
――もっと前から教えてくれよ……。
これに尽きた。
どうやらエヴァンジェルの誕生日もまた近づいているらしい、ということがわかったのだ。
これには頭を抱えた。
婚約記念のプレゼントを選定していたら、まさかの誕生日まで近づいて来ていたという事実。
遅れたことを考えるとこれは生半可なものでは誤魔化しがきかないであろう、と俺は察した。
ただでさえ、婚約記念のプレゼントがまだで、そこに誕生日の祝いのプレゼントも加わるとなると……。
――何か……何かないか? 婚約記念のプレゼントと誕生日プレゼントをわざわざ分けるのも変だし、かと言ってまとめるとなると、そんじょそこらのプレゼントでは……。
相手は元公爵家の正真正銘のお嬢様だ。
正直に言って何を送ればいいのかわからない。
いや、そもそも女性へのプレゼントという時点で既に俺にはハードルが高いのだが……。
それはともかくとして。
思いついたのは、婚約記念のプレゼントの定番ともいえる婚約指輪。
こっちでもそういう風習があるのは昔、耳にしたことがあるので選択としてはベターだろう。
とはいえ、問題はそこからだ。
どんな指輪を送るべきか。
ただの宝石や高級な指輪など見飽きているに違いないし、そもそも≪グレイシア≫にはそう言った店舗は少ない。
あったとしても中間層向けの物が精々だ。
高級志向となるとやはり西の方が盛んだが、手に入れるには手間と時間がかかってしまう。
――なにか、もっと何か……特別で相応しい……。
妥協する、という選択肢はない。
俺にだって男のプライドというものがある。
婚約者相手へのプレゼントを妥協で済ませるほど、落ちぶれちゃいないのだ。
忘れてたけど。
そんな風に悩むこと暫し。
そして、思いついたのがここだった。
≪グレイシア≫から北に進んだ場所に存在する山岳地帯。
その連なる山々の一つ、≪アナゥム雪山≫。
高く険しい山の頂に近い場所。
そこには複数の鉱床が岩肌から覗いている。
俺はその一つ一つを確かめるように鶴嘴で砕いてきた。
あるアイテム手に入れるために、わざわざこんな場所まで自分に対して
だが、今のところ望みの成果は出ていない。
見落しが無いように丹念にやっているが、元々がゲームでもレアなアイテムだった。
≪地質学≫のスキルを使ってやってはいるものの、丸一日費やしても散々な結果だった。
「登りだけでおそよ二日ずつかかった。下りもそれくらいと考えて、残りの猶予は二日か……」
厳しい。
確実に得られる確証もない。
くじけそうになるが……。
「――よし、やるか」
俺はそう自分に気合を入れた。
最初こそ、しておかないとマズいよな……という気持ちでしかなったが、今は……なんだ。
もし、上手くいって婚約指輪を渡すことが出来たら――。
「エヴァは喜んでくれるかな?」
そんなことを考えて、何時の間にか鶴嘴を振るっていた俺に気付いた。
――だから、まあ、最後まで頑張ってみるか。
そう決めたのだ。
故にこそ、
「今日は遊んでる暇はないんだ。採掘に戻らないといけない」
少しだけの小休憩。
携帯食料を噛み砕いて流し込みながら、俺は立ち上がった。
手に持っているのは先ほどまでの鶴嘴ではなく……。
「さっさと相手をしてやる」
ひっそりとした足取りで現れたのは白い狼の小型モンスター≪グリント≫。
それも一体だけではなく、二体、三体と周囲を囲むように現れた。
彼らは群れで獲物に襲い掛かる習性があり、それを統率するリーダーの個体も恐らくは周囲のどこかに潜んでいるんだろう。
中々に厄介な状況に俺はため息をついた。
「しばらくここに留まるつもりだから、逃がしてまた襲われるのも面倒だ……ここで全部狩っておこう」
十分後。
カーン、カーンカーン。
周囲の雪化粧を紅に染め上がるも、俺はただ鶴嘴を振り下ろす作業に戻っていた。
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