外伝八話:月虹のラブソディー・Ⅲ


「俺の名前はアレクセイ! 人呼んで≪疾風≫の――」


「いや、≪銅級≫に二つ名なんて無いから……お久しぶりです! アルマン様!」


 予定していた場所に行くと待っていたのは二人の男女。

 アレクセイとラシェルだった。

 今回のエヴァンジェルの狩猟体験学習依頼クエスト、ギルドに提出した≪依頼クエスト≫を受注したのは彼らだったようだ。


「ああ、久しいね。≪銅級≫になったんだって? これで一端の狩人だな。それに少し見ないうちに背も伸びたんじゃないか?」


「えへへ、わかります? これでもちょっと背が伸びたんですよ! ……アレクセイのようにニョキニョキとは伸びてないですけど」


「はん、お前はチビのままだよ」


「はあ!? もっと伸びるし! アレクセイなんてあっさり超すし!」


 相も変わらず仲がいい二人だ。

 とはいえ、見た目の方はだいぶ変わっている。

 まあ、彼らが≪グレイシア≫に来て早一年ほど経ち、元々が成長期であったのだから当然と言えば当然か。


 身長も伸び、体格もしっかりしてきている。

 それに身に纏った防具は≪銅級≫昇格の際に自前で確か購入したもので、性能はともかくとして丁寧な手入れの後が見て取れた。


 二人ともに若くとも狩人として雰囲気が染みついて来ているようだった。


「まっ、アレクセイなんて放っておくとして……確か狩猟体験の依頼クエストでしたよね? 任せてください、キッチリやり遂げて見せますよ。それなら何度もしたことありますし」


「ああ、二人の成長した姿を拝見させて貰おうかな。というか、そうか。似たようなものをやったことがあるのか」


「何処かの英雄様の影響だろうな」


「……なるほど」


 思い当たることがないわけでは無い。

 どこぞの若作りでメイドな母親とか僕っ娘婚約者の活動辺りも影響しているのだろう、≪グレイシア≫の子供たちにとっては良くも悪くも刺激になってしまったようだ。


「それで狩猟体験を受けるのは当然アルマン様じゃないですよね? では、どちらに――」


「ん? そこに居るじゃないか」


「えっ、何処に……って、うわ!? 動いた」


 気づいていないようだったので教えてあげると同時に、すぐ傍の木陰にもたれていたエヴァンジェルはっと立ち上がった。

 その手には銀の意匠が施された芸術品のような≪大斧≫である≪鮮血薔薇ブラッド・ローズ≫を持ち、ヨタヨタと現れた影はその全長は二メートルをやや超えるほどの大きさ、


 天然モコモコの毛並み。

 丸々とした頭部の耳。

 クリクリとしたつぶらな瞳。


「か、可愛い……っ!」


「いや、怖いだろっ!?」



 そこに居たのはだった。



「アリー……これ、やっぱりおかしくないかな?」


「性能面は万全だ。狩猟するモンスターの選定を間違えなければ、万が一の怪我すら心配すること無く狩猟を体験できる。我ながらベストな選択だ」


「そういうことじゃねぇよ!? というかこのふざけたのが狩人の防具なのか!?」


「それ以外の何に見える」


「悪ふざけだよ!? 大丈夫なのか、これ!?」


「ちゃんと試したから性能については確認済みだ、安心してくれ」


「着たことあるのかよ、アルマン様!? これを!?」


「いや、基本的にそもそもすべての防具は一回は試してるし……」


「そっか、アリーも……なら、うん……」


「なんでアンタはアンタで納得して、それどころかちょっと満更でもなさそうな感じなんだよ!?」


「あの……触らせて貰っても……」


「ラシェルぅ! 俺にだけツッコミを入れさせてるんじゃねぇ!」


 ヒートアップをするアレクセイを宥め、エヴァンジェルについて紹介してから依頼クエストに出発するのには少々の時間を要した。




                   ◆



 ぼふん。


 緊張感の抜けたそんな音が響いたかと思うと攻撃を受け、ゴロゴロと地面を転がるように吹き飛ばされたテディベア。

 だが、勢いが収まったかと思えば何事も無かったかのように立ち上がり、そのまま長柄の武具を手に巨大な猿人のモンスター、≪ドン・ボルーグ≫へと立ち向かっていった。


「そこだ! もっと勢いよく振って……決まったぁ!」


 豪快に振り回された≪鮮血薔薇ブラッド・ローズ≫の一撃が偶々タイミングが合い、≪ドン・ボルーグ≫の首筋に深々突き刺さった。

 あくまで下位モンスターでしかない≪ドン・ボルーグ≫には、上位武具である≪鮮血薔薇ブラッド・ローズ≫の素の攻撃力ではまぐれ当たりでも中々に効いてしまう。


 更にそこに≪鮮血薔薇ブラッド・ローズ≫に追加効果が加わることになる。


 ≪鮮血薔薇ブラッド・ローズ≫はタイプとしては、属性ダメージを与える≪属性武具≫、純粋なダメージのみを与える≪無属性武具≫とは違う、状態異常を付与する≪状態異常武具≫に分類される。

 ただ、≪鮮血薔薇ブラッド・ローズ≫が相手に付与する状態異常は≪毒≫、≪麻痺≫、≪眠り≫のオーソドックスなものとは違い、≪出血≫状態という特殊なものだ。

 フレーバーテキスト的には傷口が治りにくくなり、ダメージを負った際に大量の出血を行うことで一定時間の固定追加ダメージを負うというもの。


 故に≪鮮血≫を武具の名に持つのだとか。


 細かい原理はともかくとして、≪鮮血薔薇ブラッド・ローズ≫で傷つけられた傷口は大型モンスターの強靭な生命力をもってしても塞ぐのには時間がかかる。

 普通なら余程の深い傷でもない限り、すぐに血が止まってしまうものだが≪鮮血薔薇ブラッド・ローズ≫で傷つけられればそうもいかない。


 血は溢れ出し、モンスターが動くごとに周囲に散らばり、その場を紅に染める。


 ちょうど、目の前の光景のように。


「今だ!」


 まるで試合を観戦するかのように声援を上げるアレクセイ。

 その言葉に押されるように遅いかかる血に染まったテディベア……というか、我が婚約者。


 血風が舞い、紅に染まった二メートル超えるテディベアが巨大な猿人のモンスターへと距離を詰める。

 ≪ドン・ボルーグ≫も反撃を試みるも、その攻撃は中位防具としての防御力、そして≪森のくまさん≫の特殊なスキルである≪コットンアーマー≫が発動する。


 打撃系物理攻撃に対してのみ発動という超限定的なスキル。

 だからこそ、強力なそのスキルのダメージカットによって≪ドン・ボルーグ≫の攻撃は軽減、素の防御力を抜くことが出来ず、よろめかせたり吹き飛ばしたりすることは出来るものの、そのふわふわとしたテディベア型の全身鎧の守りを抜くことは出来ない。

 そのことを身をもって理解したエヴァンジェルの動きも大胆になり、攻めの手数も増え、そして≪鮮血薔薇ブラッド・ローズ≫の刃が≪ドン・ボルーグ≫の身体を傷つけるほどに、鮮血が飛び散り、辺りを赤黒く染め上げる。


 悲鳴を上げる≪ドン・ボルーグ≫。

 反撃を行おうとするも、その腕力を生かした打撃系の攻撃を主体にする≪ドン・ボルーグ≫には、≪森のくまさん≫の守りを抜ける手段がない。

 爪や牙も鋭くなく、属性攻撃を持たないが故、効果の無い反撃しか出来ず、切り刻まれる哀れなモンスターがそこには居た。


「うわぁ……私、モンスターに同情したのは初めてです。私とアレクセイで戦うならまだまだ厳しい相手なのに……」


「装備を整えればこんなものだよ」


 どこか引き気味のラシェルに俺はただそう答えた。


 実際、下位モンスター相手に上位武具に中位防具……それも完全にメタを張ったスキルを持った防具を用意したのだ、ほぼ一方的な展開になるのは当然の結果だった。


「万が一なんてあり得ない。そうなるように設定したんだ」


「ふふっ、婚約者様ですものね。大事になさってるんですね」


 些か、過保護すぎた気もしない。

 とはいえ、いくら≪回復薬ポーション≫があり、多少の傷など無いも同然の世界だからといって絶対ということはない。

 男の傷はともかく、それはこう……ダメだろう。

 可能な限り、可能性は排除しないと。


 その結果が向こうからの攻撃は一切効かず、エヴァンジェルの攻撃だけは通るという残虐といってもいい一方的な目の前の狩猟光景に繋がったわけだが……特に後悔はない。


「それにしても意外でした」


「……なにが?」


「いえ、アルマン様が今回の件を引き受けたことです。いくら頼まれからとはいえ、こう言ったのを許可するの少し……」


「……この辺境に住む以上はある程度慣れておくに越したことはない。それにちゃんと装備を整えて、糸目をつけなければ下位モンスターなら安全に狩れるしね。あとは――」


 一瞬、逡巡するも俺はラシェルにあることを口にした。


 今回の狩猟体験を許可した理由。

 言う必要性は無いのだが、ただラシェルの意見をふと聞いてみたかったのだ。





「それって素晴らしいと思います!」





 全てを聞き終えたラシェルは満面の笑みを浮かべ、そう答えた。

 俺はその反応に自信が湧いてくるのを感じた。



 ――よし、やってやるぞ。



 そう心の中で決意をしたのもつかの間……。





「アリーの馬鹿! 知らない!」





 その日の夕方。

 俺とエヴァンジェルは初めての喧嘩を行った。

 

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