外伝六話:月虹のラブソディー・Ⅰ


「ダメじゃぁーー! 全く出来ん!!」


 鍛冶屋のゴースのそんな声が大工房に響いた。

 唐突に上がった叫び声に一斉に工房内のゴースの弟子たちの視線がこっちに向けられるが、俺の存在に気付くといつものことかと自らの仕事に戻っていった。


「むぅ、ダメだったか……」


「ええい、何でもかんでも儂にさせよって! 儂はただの鍛冶屋じゃという取るじゃろうが!」


「いや、だって≪グレイシア≫と言えば≪鍛冶屋のゴース≫だし、そう言ったことを頼むならまずはゴースからかな……っと」


「ぬぅ、その評価自体は嬉しいがな。儂は儂で忙しいんじゃぞ? 通常の仕事に加えて、スキルの研究、それにお主が持ってきた素材の調査……≪災疫龍≫の素材とて、もっと詳しく調べたい所なのに、なんで帝都帰りのお土産にあんな素材を持って帰ってくるんじゃ。≪火竜≫であるはずなのに、鱗一つとってもあれだけの変異した素材……時間がいくらあっても足りんのじゃぞ!」


「ああ、あの≪リンドヴァーン≫の解析終わってなかったんだ」


「全く情報の無かった新種モンスターの解析が一朝一夕で終わるか馬鹿タレ! 最近は大人しくしておったと思ったら全く……」


「最近は大人しくしていた……って、アリーが?」


 ゴースに尋ねたのはエヴァンジェルだ。

 しげしげと工房内の様子を伺っていた彼女は何が気になったのかゴースへと問いかけた。


「ああ、そうさ。数年前のアルマン様なんか酷いものだった。珍しいモンスターの噂を聞くとすぐに飛んでいくのが悪い癖でな、その時は当たり年……俺たちからすれば大変な年だったよ。まさか、通常種とは違う≪亜種≫を三匹、更にそれとも違う≪希少種≫とも言える個体を一匹。同じ年に狩猟してな……モンスターの研究所は悲鳴を上げてたぞ? そして、新種のモンスター素材を持ってきていきなり制作の依頼をされたこっちもな?!」


「モンスターの研究が進むのと新素材が増えるのは良いことじゃないか? それにゴースなら作れるだろ? 結局、≪災疫龍≫の防具だって作れたわけで……」


「大事なのは感覚フィーリングだ。じっくりと見分すれば防具の形や武具としての完成形が何となくわかるが……容易ではないんじゃぞ? あれで結構な神経を使うんじゃ。それを一年の間に四種も持って来て一通りの武具と防具を……などと」


「いやー……だってどれも性能の良さそうな装備になりそうながしたから……実際、中々のものだったし。それに何だかんだ楽しそうだったじゃないかゴースも」


「そりゃ未知のものを弄繰り回すのは技術屋の楽しみというものじゃからな。とはいえ、それとこれとは話が別だ。新種やらなんやらの素材を一気に持ち込むのはやめろ」


「それは出てくるモンスター側に言ってくれ、≪亜種≫や≪希少種≫らしき情報が来たら俺は行くぞ」


 ゲームでは≪亜種≫や≪希少種≫等の特殊個体は、あくまでそういう設定でしかなく普通に何匹も討伐できるがこの世界ではそうもいかない。

 下手をするとその一個体のみしか存在しない場合だってあるのだ、次のチャンスがあるかどうかもわからない以上、情報が入って来た時点で全力だ。



「より多く、より性能の良い、より多種多様な装備の拡充は≪グレイシア≫にとって常に意識しないといけない問題だからな。入手困難な貴重な素材を得る機会……逃がすわけにはいかない」


「うーむ、このモンスターをただの素材としてしか見ておらぬ感じよ。まあ、立派な狩人になったということにしておくか」



 ゴースが何ともいえない視線を送ってくるが、モンスターは脅威であると同時に貴重な資源なのだ。

 特にこの辺境伯領では。

 その素材の加工をしているゴースとてわかっているだろうに、そんな視線を送られる謂れはないはずだ。


 まあ、ちょっとばかしゲーマーとしてのコレクションとして集めておきたい欲求が無いとは言わないが。


「まっ、それはそれとしてだ。結論としてはまあ無理だ。労力を割いて時間をかければあるいは……とは思うが、現状はそれほど余裕も無いし、そもそもやる気が起きん」


「ダメか?」


「当たり前だ、服屋じゃねーんだぞウチは」


 ゴースのダメ出しに俺は肩をすくめた

 ある程度、予想していた反応ではあったので驚きは少ない。


 俺が今日、ゴースの元に訪れたのはちょっとした実験を行って貰うためだった。


 それは防具の機能、防御力とスキルを有した服を作れないか……というものだった。

 スキルの力の元が素材なら、それさえ変えなければ出来るのではないかと思ったのだ。


 これまでは対して気にしたことはなかった。

 何せ、ここは対モンスターの最前線の領地である≪グレイシア≫だ。

 街中でガッチガチの鎧を着てても変な目で見られることはなく、むしろ強力な防具を纏っているのは逞しい狩人の証と憧れの目で見られる。

 それ故、重要なのは性能でデザインがどうこう等、さほど重要視はしなかったのだが……そこで起きたのが帝都の動乱だ。


 やはり、この世界は恐ろしい。

 街中でも安心が出来ないのだとわからされたものだ。

 一応、あの時に来ていたのも防具ではあったが戦闘用ではなくとても苦労したこともあって相談を持ち掛けたのだ。


 まあ、結果は惨敗だったが。


「うーん、一から作るのは無理でもデザインを変える感じとかでも無理なのか?」


「さっきも言った通り、感覚フィーリングなんだよ。なんつーか、完成形だけは見えるんだ。だが、それに手を加えるとなるとどうにも上手くいかねー。そもそも気が乗らないってのもあるが」


「服っぽい防具も作ってるだろう? スーツみたいなのとかメイド服とか」


「あれもそれが完成形だって感じで見えてるだけだからなぁ」


 どういうことだよ、と思わなくもない。


 ただコラボ防具の奇天烈なデザインを何故かゴースが再現できる辺り、この世界の『Hunters Story』に準拠した法則の一種なのかもしれない。

 よくよく考えてそれ以外もゲームで出てきた装備と一緒の装備ばかり開発されているのが不思議なわけで……。


「ふむ、やはり現状ではスキルという力を引き出せるのは防具や武具という形に限る……と?」


「ん、そうだな。まあ、スキル自体が最近見つかったもので研究はまだまだだからな。アルマン様のお陰でこの辺境伯領では加速度的に進んではいるものの、未だに全容は見えて来ていない。ただ、モンスターの素材や鉱石、植物などの素材自体には単なる物質的な力以外にも何らかの力はある……ということまではわかってはいるが」


「もっと幅広く有効活用できる手段が見つかれば、更なる需要の拡大が望めると思ったんだけどね」


 残念そうにしているエヴァンジェル。

 俺としては予想の範囲内ではあったのでそこまでではないが。


 ――ゲームの法則として成り立っているのなら、素材の力を引き出すのは防具や武具の形でないとダメなのか……? あり得る話ではあるが、そうだという確証もまたない。エヴァの言う通り、有効活用法の幅が広がれば領にとっては……。


「まっ、出来ればそうなるだろうが難しいな。研究したいなら他所をあたるべきだろうな。少なくとも儂には無理だ」


「他……か」


「僕の方で探してみようか?」


「心当たりがあるのか?」


「西にも研究者は自体は居るからね。とはいえ、あっちじゃ研究しようにも素材の入手が難しいから環境的に難しい。そこで活動の保障なり、手当なりを付けて募集すればそれなりにこっちに移住する者も居ると思うんだ」


「なるほど……」


 ――有りか無しかで言えば……有りだな。ちょっと前までだったら募集をかけたところで、危険が満載の辺境の地にまで来るのはよっぽどの物好きでも無ければ梨の礫だっただろうけど、今は色々と注目も集まっている時期。上手くすれば人材を引っ張りこめるかも……。


 良くも悪くも事件続きで目立っているのが今の≪グレイシア≫だ。

 有能な人材を引きこめるチャンスがあるなら是非とも物にしたい。


「それでいってみるか」


「うん、それじゃあそれで話を進めてみるよ。少し、アルフレッドと話してくる」


 そういってきびきびとした動きで外に待たせているアルフレッドの元に向かうエヴァンジェル。

 その後ろ姿を見送っているとゴースが話しかけてきた。



「良く出来た嫁さんじゃないか。ええ? アルマン様」


「……嫁じゃなくて、婚約者だよ。勿体ないぐらいだ」


「対して変わりはしねーよ。全く、あんなに小さかったアルマン様も遂に婚約者を迎えるとはなぁ」



 しみじみというゴースに俺は何とも言えずに目を逸らす。

 何だかんだと長い付き合い、世話になった自覚もありあまり強く出られない。


「そういえばアレはどうしたんだ? アレ」


? アレってなんだ?」


「アレと言えば――」


 そう前置きをしてゴースが口にした単語に俺は凍り付いた。




「……マズいか。それって」


「えっ。いや、まあ……それはマズいんじゃねえか」


「そうか……。そうかぁ……」



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