外伝五話:嫁姑問題・後編


 我が母であるアンネリーゼにはとある趣味がある。

 それは息子である俺のことを記録することだ。


 初めはただの日記から始まったのだが、こっちに来てからはそれは加速する羽目になった。

 一番顕著になって来たのは狩猟に出るようになった頃だろうか。

 一度、狩猟に外に出かければ日帰りで帰ってくることはまずない。

 寂しさを紛らわすためにアンネリーゼは、俺の成長記録を記録するという趣味に更に没頭するようになり、日記だけでなくデフォルメさせた縫いぐるみ作りから小物作り、俺がこれまでして来た功績を分かりやすく残すためにと絵画や絵本を作ったり、更には最近では凝ったフィギュア製作まで行っていたほどだ。


 ……アンネリーゼはとにかく手先が器用というか無駄に才能が広かった。


 いや、才能だけだったらここまではマルチに発揮出来なかったのかもしれない。

 そこに俺への偏執的なまでの愛情、執念があったからこそここまで開花したのだろう。


 そういったわけでアンネリーゼの私室は俺のグッズに満ちている。


 抱き枕に巨大縫いぐるみ、ギルドに頼んで貰った記録から俺のこれまで狩猟に出かける際に持って行った防具、武具、全てを換装可能にした七分の一スケールフィギュア、更に恥ずかしいことに俺が小さい頃にプレゼントした絵やら押し花やらを額縁に入れて飾ったり……まあ、とにかく凄いことになっている。


 第三者が見ればまず引くであろう光景だ。

 次に心の病を疑うだろう。

 たぶん、正解だ。


 俺としても流石にどうかとも思うのだが、こんな風に囲まれていないと狩猟へと出かけている心配に耐えられない……と言われてしまえば何も言えなくなる。

 心配をかけているという自覚もあるので、好きにさせておこうという結論に至ったのだ。

 あくまでも趣味でしかなく、アンネリーゼの中だけで完結するのなら誰に迷惑をかけるわけでも無い。

 それにこれだけ愛されているのかと思うと、それはそれで少し嬉しくもなったりするあたり、俺も大分ダメな人間なのだろう。


 まあ、それはともかくとして我が家では俺の黙認の元、アンネリーゼの趣味が高じた結果のアルマングッズの制作が日夜行われていたわけだったのだが……。



 これが同居生活を送るようになったエヴァンジェルに



 バレるまでの経緯はあまり重要ではない。

 元より、家の中だけでやっており更に俺も黙認していた形だったので、そもそも隠すという意識自体が無かった。

 そして、そもそもエヴァンジェルが住むことになったのが急だったのもある。

 一応、俺としてはヤバいと思ってアンネリーゼに注意自体はしていたのだが……。



 ――「こ、これは一体……っ!?」



 案の定、色々な偶然もあってアンネリーゼの趣味についてはエヴァンジェルにバレてしまったのだ。

 まあ、アンネリーゼからすれば恥じ入る所など一つもない趣味なのだろうが、それを知った時の俺の心境たるや否や。


 エヴァンジェルとアンネリーゼの間に微妙な距離の空気感があり、さてどうしたものか……と考えていた時期の頃だったのだ。

 変に話が拗れることになるのではないかと心配したのだが――



「見て見て! これがアルマンが最初に狩猟に出かけた時の姿でこの防具と武具が……」


「凄いですね。このフィギュアの装備一つ一つ、全てアンネリーゼ様の手作業で?」


「ふふっ、作り始めると中途半端じゃ満足できなくて……ほら、作りかけだけどこれが≪災疫災禍≫一式! 全身甲冑だから大変で」


「こんな精巧な……もはや、一つの芸術品と成り立ちそうな。どれほどの値打ちが付くか……」


「売るつもり一切ないけどね。これは私だけの……あー、でも、記念館みたいな物を作って、アルマンのことを後世に伝えるなら……うーん……」


「ああ、それも面白いかも知れませんね。ところで次を……」


「そうだった、そうだった。次は確か、こっちに来て五年後ぐらいだったかな。遠くの山で強いモンスターが現れたからって、調査依頼クエストをアルマンが受けた時の記録だね。どんなモンスターが出てくるのかはお楽しみとして……ああ、アルマン。この頃はちょうど、少年って感じだったアルマンの身長がどんどん伸びてた頃で……ほら、精悍さが出てきたと思わない?!」


「確かに……随分とがっしりしてきたような」


「この時に持って行っていた防具と武具はねー」



 ……まあ、なんだ。

 扉の向こうから漏れ聞こえる声を聞けばわかるように二人は仲良くなった。


 嫁姑問題なんて影も形もないかのように、見かけで言えば仲のいい姉妹のように仲睦まじくなった。

 それはとても喜ばしいことなのだ。


「アルマン様……」


「何もいうな、アルフレッド」


 どことなく哀れむ目で見てくるアルフレッドに対して俺はそう言うしかなかった。


 エヴァンジェルが何故かアンネリーゼの趣味に対して、強い興味を示したことでこの様である。


 人間趣味に関して、おおよそ二種類のタイプがいる。

 完全に他人を排して自分の世界に没頭するタイプか、他人と共有することでさらに没頭するタイプか。

 アンネリーゼは前者に見せかけた後者だったというだけだ。


 これまでは切っ掛けが無かっただけなのかもしれないが、エヴァンジェルという同好の士とでも言うべき存在を得て、アンネリーゼは嬉々としてこれまで積み重ねてきたコレクションを披露した。

 それだけならまだしも、それを見たエヴァンジェルが何故か刺激されたのか、公的なグッズ販売の計画を真剣に検討をし始めた。


 意味が解らなかった。

 止めようかと思ったが彼女の有能さが無駄に披露され、完璧な計画書や広報活動の一環でその有用性を滔々と語られ、気付いた時にはアンネリーゼとエヴァンジェルはロルツィング辺境伯領特別広報委員会なる組織を立ち上げていた。


「俺の婚約者は……実に優秀だな、アルフレッド」


「ええ、お嬢様はその……とても活発な方ですから。特にこちらに来てからは……」


 権限と予算も丸め込まれてサラッと奪われた。

 実際、俺の羞恥心に目を瞑れば悪いことではないのだろう。

 名声というのはあって悪いものでは無いし、彼女たちが作っている漫画擬きにしろ何にしろ、それでモンスターや狩猟への理解が広まれば言うことはない。

 辺境伯領に箔も付くし、それを介して婚約者と母親が仲良くなるのも実にいい。

 趣味に走ってるように見えて商人として優秀なエヴァンジェルのことだから、やる以上は元は取るだろう。

 その点については信頼している。


 そう考えると悪いことではないのだ。

 ……俺の羞恥心に目を瞑れば。



「どうしてこうなったんだろうな」



 元は完全に自己完結していたアンネリーゼの趣味。

 それがエヴァンジェルと接し、無駄に有能さを発揮し、状況を整え流布されようとしている現状……俺は今日も全力で見ないふりをした。

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