外伝三話:新たなる≪グレイシア≫のある日常・Ⅲ


 俺とエヴァンジェルのデートは続く。


 元は彼女を早くこの街に馴染ませるため、俺が連れ立って回ることから始めたもの。

 一応、ただの市内の視察を兼ねた案内だとエヴァンジェルには説明したのだが……。


 ――「……ふふっ、そうか。じゃあ、よろしく頼むよ」


 あの様子だと、どうにも気を使ったことはバレていたような気がしないでもないが、指摘をして来なかったので良しとしよう。

 下手に尋ねるのは藪蛇だ、気恥ずかしい。


 とにもかくにもそういう意図で始まった市内視察だったが、目的自体は至極あっさりと果たせてしまった。

 エヴァンジェルは特に問題もなく受け入れられることに成功したのだ。


 つまり、当初の目的は成功。

 続ける意味は無くなってしまったのだが、エヴァンジェルはあくまで表向きの理由を盾に続行を主張。


 その主張を俺も特に強く反対も出来ず、今では市内視察デートが日常の一部となった。


 一応、領主としての仕事もあるのであまり遊んでいるわけにもいかないのだが、彼女の知見というのは広く、そして深い。

 特に商人として市場のことに理解が深く、ふとした会話が益となるため、お題目としての市内視察としても有意義なのがどうにもやめられない理由の一つだ。


「へえ、これが話に聞いたスキルによる農場……か」


「ああ、≪植生学≫というスキルでね。植物に関して勘が鋭くなるというか何というか」


「わかるような、わからないような……。スキルというもの自体、知ったばかりだから何とも言えない。けど、実際に農場の記録を見れば明らかにこの方法をやり始めてから収穫効率が上がっている……」


 俺たちがやってきたのは都市の中心から少し郊外の地区。

 農場や牧場などが広がる区域へと足を運んでいた。


「まあ、こればっかりはね。やってみないと実感がわかりづらいというか……」


「傍目には軽装の鎧を着て農作業をしているだけなのに、何故か効率が良くなっている……というのはだいぶ不思議というか、変な気分がするね。最もスキルというものがだとしたら、受け入れるしかないんだろうけど」


「……これに関してはどうだろうな。自分でやっておいてなんだけど、仕様上のバグというか、ゲームでの採取数アップという効果を現実に準拠させたための弊害というか」


「?? どういうことだい?」


「いや、スキルというのも謎が多いってこと。わからないことだらけだ」


 俺は誤魔化すようにそういった。

 ≪植生学≫スキルに限らず、かなり効果として変質しているスキルは多い。

 ゲームの設定そのままだと現実に再現が出来そうにない効果ばかりなので仕方ないとは思うが、そうなると中途半端にこの世界が『Hunters Story』というゲームの世界に準拠しているのが気になってしまう。


 いっそのことステータスがオープンできるなり、アイテムポーチだって完備されてるなり、非現実的ならゲームの中に入り込んだとでも納得できるのだが、この世界は中途半端に現実的で困る。


 ――まあ、文句を言っても仕方ない。ゲーム的じゃないからこそ困ることは沢山あるけど、ゲーム的じゃないからこそ助かることもある。≪植生学≫もその一つ。それでいい。


 俺はそう納得することにしようと決めている。



「何だったら少し農作業をやってみるか? 装備も借りて。スキルは実際に使ってみるのが、理解が一番早い」


「い、いいのかい? じゃあ、是非!」


「……誘っておいてなんだけど、そんなにあっさりと承諾されるとは思わなかったな」



                  ◆



「見て見て! アリー! こんなに大きなのが採れた!」


「おー、なかなか立派な」


 俺たちが居るのは実験用の農場だ。

 ≪薬草≫を主に育てる農場とは別に色々な野菜や果実など、辺境伯領の食糧生産に寄与する試行錯誤を行う区域。

 エヴァンジェルは丸々と太った南瓜を戦利品に駆け寄ってきた。


「本当に不思議だ! 農作業なんてやったことないのに、何となくこの雑草は抜いた方がいいとか。見た目は変わってないように見えるのに虫に食われているとか、栄養状態が悪い、水が足りない……何故か何となくわかる」


「ああ、実に奇妙だろ?」


「うん、これは確かにやってみないとわからないな。言語化することが難しい感覚だ」


 明確に知識としてわかるわけではない。

 ただ何となくわかるというのは不可思議な感覚だ。

 農場で働いている作業員も支給されるようになった当初は困惑していたと聞いた。

 まあ、≪グレイシア≫の市民は図太いのですぐに慣れたらしいが。


「それにこれがスキルを使うということか……実際に試してみると凄いものだ。こんな力がこの世にあるなんて……発明だよ、これは」


「発明というよりは発見だけどね」


「しかし、この知識を帝都に広めても良かったのかい? このスキルを活かした農法だって有用だし、自領だけで秘密にしておくというのも手だったと思うけど」


「……わかってて言ってるだろ?」


「さあ、どうかな?」


「どのみち、交易で交流が活発化すれば秘密にしようとしても人の口には戸が立てられない。どうせ、何処かで流出する。なら、こっちから流した方がマシだ。それに簡単に真似が出来るものでも無いしね」


 ≪植生学≫農法をやるためにはスキル発動用の装備一式を、農作業員分揃えて運用してこそ意味がある。

 この≪グレイシア≫でも結構な初期投資が必要だったのだ、長期的な視点に立てば後で回収できるとはいえ、で運用を行うのは現実的に見てかなり難しいだろう。

 かなり思い切った決断が必要となる。


「それに真似されるなら真似されるでこちらとしては困らない。農法に限った話じゃないが、スキルの有効活用の需要が高まればそれだけ東方交易の価値は上がる」


「帝国内で流れる素材……特に上質なモンスター素材となると辺境伯領産が一番になるからね。スキル技術が広まれば広まるほど、その有用性が示されるほどにロルツィング辺境伯領の存在は重くなっていく、と?」


 言ってしまえばスキルというのは一つの産業になり得る。

 単なる技術とは違って素材という物質に依存しているが故、スキルの知識だけを知ったところで意味がない。

 スキル研究というのはこれまでも需要の高かった素材の交易に、更なる付加価値を加えて高めてくれるわけだ。


 そして、辺境伯領では潤沢な素材によってスキル研究が推進し、トライ&エラーを繰り返して有効活用の模索が行われている。

 当然、そんなことは他の領地では不可能であり、スキル研究において辺境伯領の後塵を拝すことになる。


「スキルが当たり前のように広まれば、その装備を作るための素材を供給できる辺境伯領の影響力は帝国内で高まっていく……アリー、キミは狩人として歴史に名を遺したけど、類まれなる領主としても名を遺すだろうね。辺境伯領は発展するよ、僕の見込んだ通りだ」


「……等級の低い素材の交易レートを下げたんだってな」


「今は広めることが重要……そうでしょ? 将来的には回収できるさ」


「全部、わかってるじゃないか。まあ、在庫も余ってたから別にいいけど」


 深く考えていたわけではない。

 ただ、スキルの実用性を研究していく内に上手く素材の輸出に絡めて、もっと利益の出るやり方にならないかと思案し、頭の中に浮かんでいた構想。

 だが、シュバルツシルト家が居た頃は変に肥え太らせるだけと棚ざらしにしていたものだったが……。



「さあ、もっと教えておくれ。辺境伯領を発展させるために知識を出し合おうじゃないか、婚約者として協力するよ」


「頼もしい、婚約者で助かるよ」


「そうだろう、そうだろう。≪植生学≫というスキルについてもまだ研究の余地があるかな? 植物の効率の良い育成はわかったけど、品種改良とかはどうだろう。気候的に適していない植物でも育てることは出来るのかな?」


「品種改良か……確かに試したことは無かったな。……エヴァ」


「わかってる。とりあえず、色々と伝手を辿って植物の種を集めてみるよ。結果次第では面白いことに――」




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