幕間の章

外伝一話:新たなる≪グレイシア≫のある日常・Ⅰ


 帝都のいざこざを終わらせ、帰郷したのがかれこれ三ケ月前。

 当初は事件のことや持ち返ってきた宝物やらなんやらで、色々と騒ぎにもなったが、それも一先ずは落ち着いて元の≪グレイシア≫の暮らしに落ち着き始めていた……そんな頃。


 俺は目の前の光景を見ながら、心からの感動を覚えていた。


「凄い……仕事が減ってる」


「はい、領主様! シェイラは感動で目が……」


「そんな大げさな」


 打ち震えている俺たち相手にそんな声をかけたのはエヴァンジェルだ。

 どこか呆れたような視線を送ってきているが、彼女にはこの感動は理解できないだろう。


「むしろ、領内の全体の運営をこれだけの人数で回していたのが驚きだよ。机の上の書類の山を見ればギリギリだったようだけど……」


「処理速度より溜まっていく速度の方が早かったからな」


「領内の諸問題もですけど、一番の問題はやはり貿易関係ですね。順調に伸びるせいで、順調に処理するべき案件も増えて」


「まあ、貿易に制限なんてかけたくないのもわかるが僕たちが居なかったら、これ絶対に破綻していたからね」



「「感謝しています。エヴァンジェル様万歳」」



「よろしい」


 ふふんっと気分が良さそうに胸を張った俺の婚約者。

 とはいえ、実際それぐらいの態度をしても許されるほどの益を辺境伯領に及ぼしてくれた。



 ――「ただいまー……えーっと、シェイラ?」


 ――「やっと帰ってきやがりましたね! このクソ領主! 予定日を大幅に超えてるじゃないですか!」


 ――「いや、本当にすまない。トラブル続きで……あっ、でもお土産はあるから。何とか機嫌を直して」


 ――「私がどれだけ大変だったと思ってるんですか!? そんなもので機嫌を直すとでも……っていうか、その背後の女性は」


 ――「婚約者。名はエヴァンジェル・ベルベットという」


 ――「なるほど、領主様の婚約者……はー、婚約者ー!? 女を引っ掛けて来たんですか!? いや、ロルツィング家の配下の立場としてとても素晴らしいことだと思いますけど! それはそれとして私は一人で切り盛りしてたって言うのに……もー、怒った! 怒りましたからね! 辞めてやるんだから!」


 ――「それは勘弁してください、シェイラさん。ほら、お土産の金貨に宝物やらなんやら……延長代も含めて、な? これだけあれば家だって建てるし、お給金も色を付けるから考え直そう? 更に我が婚約者が色々と人を引っ張って来てくれたから、念願の内政官の補充だ。ここは水に流そうじゃないか」


 ――「ひ、一財産……っ!? 更に特別手当に人員の拡充……流石は我が主君! 勿論、このシェイラは信じていましたとも!」


 ――「態度が一瞬で……変わった子だね。何というか……面白い子だ」



 それがエヴァンジェルと俺の配下であるシェイラのファーストコンタクトで、その次の日から彼女の伝手でやってきた者が領地の運営などに力を貸してくれるようになったのだ。

 元は公爵家の領地の運営に関わっていた者や商会を立ち上げる際に集めた人材、彼らは非常に有能であった。

 このロルツィング辺境伯領の騙し騙しにやっていた内政にメスを入れて見事に効率化を促進してくれた結果がこれだ。


「領地の広さはエーデルシュタイン家の領地ウチすら超えているというのに……よくもこんな杜撰な」


「まあ、領地自体は広くても活動できる場所なんて限られてるからな。実際は数分の一が精々だ」


「城塞都市である≪グレイシア≫を含め、辺境伯領で都市といえるほどの大きさの街なんて三つだけ。あとは点在する小さな村々に、良く使う街道ぐらいですからね。それ以外の場所に入り込むと大型モンスターがひょっこり出て来たり」


「領地内でも油断はできないということか」


「定期的に狩人の集団に警邏をさせて、出てきたモンスターたちを狩ったり叩き返したりして、危険だというアピールをすることで街道の安全を維持してはいるけど。それでもやはり事故自体は毎年起こる」


「なるほど、それが人類の最前線の常識ということか。噂には聞いてはいたが……」


 感心したかのように頷く、エヴァンジェル。

 ロルツィング辺境伯領だと道を歩いていると大型モンスターがひょっこり現れるのは、稀によくある事なのだ。

 それ故にギルドがあって大勢の狩人が居たり、防衛施設が整備されている都市から外に出る場合、領内であっても常に危険を考慮しながら移動するのが当然だ。


 それが出来なければ死ぬ。

 真っ当な人間が大型モンスターとエンカウントしてしまったら、そいつの腹が膨れているか比較的おとなしい性格の大型モンスターであることを祈ることしか出来ない。


 なので、基本的に定期的な護衛依頼クエストで狩人を雇っての便に混ざるか、個人的に狩人を雇って移動するかの二択となる。

 とはいえ、誰もが金を持っているわけではなく……。


「毎年のように事故が起こると」


「ええ、事故自体も問題ですけど、事故が起こったことによって人の肉の味を覚えたモンスターが生まれるのも厄介で……街道を襲撃したりするようになるんですよ。だから、それを狩猟する依頼クエストを出さなきゃならなくなったり」


「どこもかしこも、何をするにも狩人……か」


「そう、このロルツィング辺境伯領は常にモンスターの危機に晒されている。多少マシになったとはいえ狩人の需要は必須。まず、狩人という対モンスターの戦力が安定しないことには領地の運営なんて出来ないからな……その結果」


「なるほど、このどんぶり勘定か」


 エヴァンジェルは真剣そうな表情で資料に目を通していた。

 彼女が目を通しているのは≪グレイシア≫の教育レベルに関するものだ。

 俺も帝都における知識水準について、話を聞いたがやはり辺境とは市民レベルで知識水準が違った。


 あそこが帝都だったのもあるのだろうが、そこより質が劣っていても他の貴族の領地でも市民に対して一定レベルの教育が行われているは普通のことらしい。

 とはいえ、簡単な読み書きや計算レベルで、それ以上のものとなると仕事に就くなり習うなり様々らしいが、一般レベルでの平均の差はだいぶありそうというのが俺の実感だ。


「俺もその点は憂慮して色々と支援とかやってはいるんだけど」


「芽が出るのはあと十年は必要ですね」


「これに関しては、ね」


 こればっかりは年数のかかるものだ。

 仕方ないとはいえ、歯がゆいものがあったが諦めていた時にエヴァンジェルの応援である。


 元の水準が高く、その中でも能力や意欲の高い者。

 そして、実際に経験を持っていた彼らの知見は次々に無駄という無駄を省き、俺たちは苦しみ抜いていた書類地獄から当社比で解放されたのだ。


「まあ、一気に推し進める過程で各所の権限やらなんやら、外様にだいぶ取られてますけど」


「彼らはエヴァの配下で、エヴァは俺の婚約者……何の問題も無い」


「下手すると実権の乗っ取りも可能なんだけど……まあ、そんなの気にしませんよね。領主様は」


「今以上に発展させてくれるなら、どうぞ家だって乗っ取っても構わないぞ?」


「そうかい? 乗っ取るついでに婚約者を篭絡するとしよう。それではデートでもいかがかな? アリー」


 ちょっとした冗談を言ったら、そんな風に返ってしまった。

 恥ずかしがっていない時は、我が婚約者はこうして攻めてくるから堪らない。




「あー、シェイラ?」


「はいはい、ですね? それではご堪能をどうぞ」




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