第八十九話:帝都動乱終幕劇・Ⅳ
「……それで婚約者云々の話とどう繋がる、と?」
大体、どういうことかは予想はついたが俺は敢えて聞くことにした。
「そうじゃのぅ。まず、第一点。その娘の商会というのはのう、かつての領地やエーデルシュタイン家に仕えていた者が多くとても優秀な者が多い。何せ、元は公爵家じゃからのぅ。流れる者は他所に既に流れ、それでも残った物好きばかり……ところで色々と辺境伯領も人が足りないと聞く」
「…………」
「無論、外に頼り過ぎるというのは家として良くはない。だが、それはあくまで外に頼り過ぎた場合……一緒になるのであれば心配事は減らせるのぅ? 帝国としても辺境伯領も安定した交易運営を続けてくれることを望んでおる」
何処か飄々とした掴めないギュスターヴ三世という人物だったが、今の彼からはなるほど確かに皇帝という名に相応しい得体の知れない大きさを感じた。
「第二点。今までは置いておいたが辺境伯領の今後を考えると関係を深めておきたくなってのぅ? 領地だのと与えてはいるもののそれらはロルツィング家が勝ち取ったものでしかなく、辺境伯という爵位も実質的には遠く、名ばかりの地位となっておる。ここらで誼を……な?」
――エヴァンジェルがエーデルシュタイン家の娘で、皇族との血の繋がりがあるとすると遠縁ではあるけど皇族と繋がりが出来ることになる……つまりはそういうことか。
要するにエヴァンジェルを通して紐づけたいのだ。
あくまで直接降嫁するわけではなく、爵位返上してしかも限られた者しか知らないエヴァンジェルの出生と血なら、何かあってもパージできるしリスクは少なく、もしもの時の窓口としては悪くない。
――何だかんだとこの人はこの帝国の頂点に立つ男、か。
理不尽を強いているように見えて、合理的に考えれば貴族的にはメリットしかない提案だ。
感情的な部分を一先ず置いておけば、拒否する理由を探す方が難しい。
「第三点。あれだけ可愛くて見目麗しく育ったのに何が不満だ? 血の繋がったカワイイ盛りの娘を英雄の嫁に送ろうとして、一体何が悪い。うん? 不満があるのなら言ってみるといい」
「もう最終的にただの脅しじゃないですか」
俺は思わず突っ込んだ。
色々と面倒くさくなったのか直接的な表現に切り替えたギュスターヴ三世に堪えきれずに。
流石にヤバいとは思ったものの、ギュスターヴ三世は楽しそうに笑うのみ。
「……フィオ皇子は良いのですか?」
「フィオ? ……ああ、うん、あいつはいいのだ。妙な噂もあるが妹のように可愛がっておるだけじゃからな」
「そうなのですか」
「それで、どうじゃ?」
「……そもそも、この話って拒否権あります?」
「はっはっはっ」
ギュスターヴ三世は笑うだけだったが、それこそが答えだった。
「……謹んでその話は受けようかと」
「ほう、喜んで受けてくれるのだな?」
「よ、喜んで……受けさせて頂きます」
にやにやと笑いながら念を押すように聞かれ、俺は再度答えさせられた。
グリンバルト将軍の疲れたような表情で溜息を吐く姿を思い出した。
――将軍、仕えるの大変だっただろうな。
そんな風に同情していたら、
「――うむ、ではそう言うわけでベルベット嬢に伝えるように頼む。此度の動乱事件の報奨を尋ねたところ、辺境伯はベルベット嬢との婚約を認めて欲しいと答え、儂はそれを認めてやると辺境は喜んで感謝の意を述べ……」
「何やってるんですか!?」
何とも不穏な言葉聞こえて来たかと思って慌ててみると、そこには呼び寄せた衛兵に何やら吹き込んでいるギュスターヴ三世の姿だった。
「はい、了解しました! そのまま、伝えます!」
「あっ、ちょっ、待……っ!」
「まーまー、ほれ、いくがよい」
衛兵は俺の言葉には答えずに部屋から出ていった。
咄嗟に止めよとするもギュスターヴ三世に阻まれてしまう。
「まあまあ、聞くがよい、辺境伯よ。エヴァンジェルは確かにエーデルシュタインの血を引くとはいえ、今はただの市民の一人。無論、その出生を知っておる者も居なくはないが、対外的にはただの商会の娘。辺境伯ほどの男と婚約となれば辺境伯の方から見初めたとした方が収まりがいい。儂が勧めたなど色々と角が立つ」
「それは……まあ、わかりますが」
「というわけで今からちょっと衆人の前でエヴァンジェルを情熱的に口説いてくるのじゃ。衛兵には目に留まる場所に誘導するよう伝えておいたから」
「っ?! いや、噂を流すだけでいいでしょう!?」
「馬鹿者、それでは刺激が足りんではないか。これでも辺境伯のために言っておるのだぞ? 今やこの帝都で知らぬものは無し、辺境伯という爵位でありながら婚約者も居らぬなぞ、誰も彼もが狙うであろう。厄介じゃぞぅ? 断るにしても配慮をせねば関係が拗れかねず、一つ処理をしても次から次へと雪崩れてくるであろう。それに対しての牽制にもなるよう、観せる必要があるということよ!」
うんうんと頷きながら捲し立てあげるように言うギュスターヴ三世。
微妙に理屈だけは通っている内容で勢いもあってちょっと丸め込まれそうにもなるが……。
「……陛下。正直に答えてください」
「うん」
「理屈はつけてますけど、要は面白そうだからですよね」
「うん。辺境伯が思った以上に男女間では初心そうな反応するので、つい……」
「では、そろそろ下がらせて頂きます」
「待つがいい。
「いや、どう考えても公の話ではないでしょう!? 陛下の趣味じゃないですか」
「皇帝である儂を楽しませるための話であるなら、それ即ち全ては公の話である。大丈夫じゃ、辺境伯は口説き落とすのは慣れておらぬようじゃからな、帝国に伝わる「カベドゥーン」という秘技について伝授しよう。安心せい」
「絶対ロクなものじゃない気がするので拒否します! あと、やっぱり、いくらなんでもそんな見世物みたいな真似は……エヴァンジェルにも悪いというからやはり――」
等々、≪黒曜の間≫には俺とギュスターヴ三世の間にはそんな言葉が飛び交った。
俺が最終的にそれを実行したかは秘密にするとして……謁見はそんな風に何とか終えることとなった。
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