第八十八話:帝都動乱終幕劇・Ⅲ


 ギュスターヴ三世への拝謁。

 そして、此度の事件などの仕置については概ねエヴァンジェルが言っていた通りに進んだ。


 今回の件で表向きはともかくとして、シュバルツシルト家の排斥は決定。

 ギルバートが御前試合と称し、裏では俺の暗殺計画を練っていたことが関係者からの証言もあり証明され、更にはどうもコロッセウムという特殊な施設と多額の支援者であるという地位を利用して、どうにも法をいくつも破った裏取引をしていたことが浮かび上がってきたのが一番の理由だ。

 更には一番まずいとされているのが、ギルバートが関与していた希少なモンスターの幼体の入手経路だ。

 ギルバートはそれを用意できるからこそ、ただの支援者以上にコロッセウムの運営にも干渉が出来たらしいのだが、その入手経路の相手として浮かび上がっているのが、



 ――「≪神龍教≫……ですか?」



 ――「うむ、≪龍≫を信奉する古来から存在する組織でな。世界の調和と均衡を守ることを標榜し、今の世こそ素晴らしく、変えることを許されないという主張をしている集団でな」


 ――「調和と均衡って……減ったとはいえ、辺境伯領では毎年狩人がモンスターに食われる……。大陸レベルで見れば人類とモンスターの勢力図は圧倒的に負けてるし」


 ――「それを含めて調和と均衡なのじゃろうなぁ。人とモンスターが程よく死に合う……と」


 ――「自然派かぁ……」


 所謂、環境テロリストとかそんな感じなのだろう。

 前の世界でもそんな感じのが居たけど、こっちでも居るんだなと感心した。

 自然の中での営みとか、技術の発展を許さないとかそんな感じの。


 やかましいわ。


 しかも、何でもこの≪神龍教≫とやらは歴史の長い集団で、更にはこれまでに結構なことをやっているらしい。

 例を挙げれば≪モガメット≫を襲撃した過去さえある生粋のテロリスト集団だとか。

 それで≪王宮騎士団≫が生まれたという経緯もあるらしい。


 ――「そんなのが存在しているなんて……知らなかった」


 ――「まあ、辺境伯の領地では流石にやつらも活動しづらいじゃろうからのう」


 ≪神龍教≫の厄介な所は教徒として活動する時は、白装束に仮面を被って活動しているということだ。

 そのため、個人を特定しづらく集団の構成もどうなっているかは不明。

 稀に教徒を捉えることに成功しても、黙秘に自死、そもそも何も知らないなどロクに実態の把握も進んでいない厄介な集団なのだとか。



 ――「片づけたと思ったらふとまた出てくる。全く厄介な存在よ」



 とは皇帝の弁である。

 そして、ギルバートはそんな存在と繋がりがあったらしく、それはシュバルツシルト家の扱いを決定づけるものとなった。


 ただ、経緯について調査中のモンスターの解放についてもギルバートの関与が疑われているのが厄介で、公表するには大きすぎる悪事だし、そこまでの規模となると俺にも飛び火するという点を加味して、更に当人が既に死んでいることから対外的にはシュバルツシルト家の当主が不審死し、嫡男は身体が弱く経験も浅いことから主家として俺が助ける……という形になる。

 要するに分家が色々と騒ぎ起こしたけど、無かったことにして管理責任は問わないからちゃんと面倒を見てあげてね、ということだ。


 円満に取り込んでしまえ、とのお達しだ。


 大体、エヴァンジェルの予想通り。

 正直、それを行う労力を考えると頭が痛くなるが、やらないという選択肢はない。


 とはいえ、きついことに変わりはない。

 エヴァンジェルの言葉通りなら、何やらギュスターヴ三世には考えがあるはずで俺は期待して尋ねたのだが……。



「……えっ? いま、なんと」


「じゃから、辺境伯よ。お主、婚約者を作らんか?」



 何故か婚約を勧められる羽目になっていた。


「な、何故急にそんな……」


「いや、その年で婚約者もおらぬのはマズいじゃろう」


「うっ」


 ギュスターヴ三世の正論による口撃が俺の胸に深々と突き刺さった。


「た、確かにそうではありますがそれとこれとは話が……」


「さて、辺境伯よ。とある話をしようか」


「陛下?」


 ギュスターヴ三世は俺の言葉を堂々と無視してマイペースに語り始めた。



「ある貴族の家にはそれはそれは美しい娘が居った。その父親は大層娘を可愛がり、外に秘密に育てた。何れは社交界に出ることになるとはいえ、可能な限り世俗と関わるのを遅らせてでも愛情を与えたかったのだろう」


「だが、それは結果的に見れば悪い方に事態を転がせてしまった。ある日、突如として海からの魔物がその貴族の領地を襲い、その父親を含め大勢の者が犠牲になってしまった」


「海からの魔物の及ぼした領地への被害は大きく、また当主である父親、そして嫡男もまた同時に失ってしまったその貴族の家は爵位を返上する形となった。帝国法において与えられた領地を守れなかった貴族は貴族としての地位を失うことになっておる。無論、奪還の可能性がある限りはまだ余地はあったが……彼の貴族の者はもう社交界にすら出たことのない幼い娘一人のみという始末。爵位の返上は実行された」


「酷いことかも知れぬが滅びた領地に貴族としての名、幼い娘に背負わせることの方が惨いことかと思ってのう。だが、その娘は諦める気は無かったようじゃ。商会を立ち上げ、失った領地をいつか復興させ、名を取り戻さんと今でも夢見ているらしいようだ」



 ギュスターヴ三世はそこで言葉を切った。

 そして、こちらに意味ありげな眼を向けた。

 ここから先は敢えて口に出さずともわかるだろうという視線。


 ――これって……そう言うことだな? 貴族の娘……辺りは、まあ……陛下たちに眼をかけられているも考慮すれば……貴族の中でも上級貴族に位置する、ぐらいの予想は……。


 俺は冷や汗をかいた。

 何故なら知っているのだ、世間知らずの俺でも知っている。

 海の魔物と呼ばれる謎のモンスターに領地を滅ぼされた貴族の名は――


「エーデルシュタイン――公爵」


「ほほっ、懐かしいのぅ。帝国の名高き、三公が揃っていたのも今は昔か……我が朋友であった」


 懐かしそうに目を細めるギュスターヴ三世だが、こちらとしてはそんな余裕は無かった。


 ――よりにもよって公爵家……いや、家督は継いでないんだろうけど。それでもエーデルシュタイン家といえば、元が成りあがりのロルツィング家とは違い、帝国初期からの長い歴史を持つ、真の貴族といってもいい家。なんちゃって辺境伯のうちよりもよっぽど格も上で……。


 何よりもエーデルシュタイン家を含めた三つの公爵家は皇族の降嫁が許されている家でもある。

 確か当時の当代の母方の祖母がそうだったという話も聞いたことがある。


 ――それはつまり、エヴァンジェルには皇族の血が流れているというわけで……。


 陛下にとって遠い親戚という感覚に近いのかもしれないな、なんてことを頭の隅でぼんやりと思った。

 人はそれを現実逃避と呼ぶ。


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