第八十六話:帝都動乱終幕劇・Ⅰ
「死んだか?」
「ああ、死んだ。負担に耐え切れなかったようだ。思った以上に保ってはいたようだけど……」
「どのみち、アレを使った以上は早いか遅いかの違いでしかない。そこにトドメとして首を切り落とされたと錯覚した精神的負担が、発作という形になったのだろう」
街の喧騒が遠くに聞こえる。
外では≪火竜≫が英雄によって討伐されたという事実が広まり、危機は去ったと興奮をもって市民たちが思い思いに噂をしている傍ら、シュバルツシルトの屋敷のある部屋の中で二人の白装束はそんな言葉を交わしていた。
二人の目の前には一つの肉の塊があった。
かつて、ほんの数分前まで生きて動いてギルバートという名を名乗っていた男だったモノ。
白装束たちからすれば当然の結果の姿へと成り果てていた存在。
それを特にさした感情もなく見やりながら二人は言葉を交わす。
「それにしても最後は息子にただのモンスターとして斬られて終えるとは……これも因果というやつなのかな」
「冗談はよせ。勝手にアレを使ったことに関しては納得はしていない。そう生成できるものじゃないのは知っているはず」
「当然。だからこそ、有効に活用した。その結果、
「それは……認めよう。災疫龍を討った≪龍狩り≫、そして失われた龍の神話についてかつて語ったエヴァンジェル・ベルベット――≪龍の乙女≫」
「二つの接触が何を意味するのか……わかることは世界は動き出したということだけ」
「六つの龍の内の一つが討たれた。それも必然。それで……どうする?」
「……しばらくは様子見。どのみち、≪
◆
三日だ。
あの前代未聞といっても良い帝都の動乱から三日が経った。
本来ならばすでに帰郷の途についていた予定だったのだが……。
「はい、アルマン。あーん」
「……あーん」
俺はこうして予定を遅らせ、まだ帝都に留まっていた。
起こった事件が事件だ、仕方ないと言えば仕方ないのだが主に留まる羽目になった一番の原因になったのは――
「それにしても大変ねぇ。スキルの副作用だっけ?」
「まあ、ね。流石に三日も経てばマシにはなったけど」
「全く、わざわざ病気になるなんて危ないことをするからよ」
「そういうスキルなんだから仕方ないんだ。効果だって強力だし」
「でも、絶対に健康に悪いわよ」
「それは……まあ……」
大体、≪黒蛇克服≫のスキルのせいだった。
このスキル、戦闘中こそデメリットはないものの解除した途端に一気に負担がのしかかってくるのだ。
ゲームでのフレーバーテキストにはそんなこと書いてなかった気もするが、災疫龍の病魔を取り込んで最終的に自らの力を引き出すというとても身体に悪そうな仕様上、仕方のないことなのかもしれないと受け入れている。
――冷静に考えて、何をどう考えても身体に良くはなさそうだからな……。
恐ろしきは都市を滅ぼしにかかった力すら取り入れようとするゲーム内での狩人の習性だ。
――まあ、とはいえ今回は助かったし何とも言えないけど。
実際に強力かつ有用ではあるので何とも言えない。
使用後に身体を休めるだけであれだけの強力なスキルが使えるなら、十分過ぎるなと考えているあたり俺も染まっているのだろう。
口に出すとアンネリーゼにまたお説教を食らいそうなので出しはしないが。
――スキル内容説明したら怒られたからなぁ……。
普通に考えれば当然ではある。
これでも狩人としての屈強さを持ち合わせている俺が、二日間は寝たきりになるレベルなのだから猶更だ。
ちょっと世話ができて嬉しそうではあったものの、それはそれとしてどこに引っかかって説教コースに入るのか気が気ではないので、俺は話題を逸らすことにした。
「それで外の方はどうだった?」
「ええ、街の復興についてはもう始まってるみたいね。盛大に壊れたから区画から作り整理し直す羽目になったみたいだけど」
「まあ、超異個体が暴れたにしては被害はそれでも最小限で済んだよ」
「アルマンのお陰ね!」
ニコニコとしながらアンネリーゼは果物の皮を剥き、俺が寝込んで部屋から出られない分、代わりに集めた情報を語ってくれた。
まずは今回の一連の事件について。
被害者の数は死傷者は十七名、重傷者は八名という形で落ち着いたとのこと。
本来ならもっと出てもおかしくなかった大事件ではあったが、この世界には≪回復薬≫というものが存在するため、多少の傷なら無いも同然といった風に治すことが可能だ。
無論、色々と価格破壊をしている≪グレイシア≫と違って、帝都における≪回復薬≫の単価は高く、貴族はともかくとして一般市民だとおいそれとは使えない値段ではあるものの、今回はギュスターヴ三世の指示によって事件の被害者には振る舞われたため、このような結果になった。
とはいえ、死んだ者はどうしようもなく、≪回復薬≫も欠損まではどうしようもなかったが……それでも事件の規模を思えば、奇跡的な被害で治まったと言えるだろう。
こんな事態を引き起こしたコロッセウムは当然のように閉鎖。
関係者一同はグリンバルト将軍らに捕らえられたのこと。
厳しい追及が行われているらしく、全容がわかるまではまだ時間がかかると一度見舞いに顔を出されたときに直接本人から聞かされた。
そして――
「やはり、ギルバートは?」
「うん、そうみたい」
「ふむ……」
俺たち親子にとって、ある意味で今回の一連の事件よりも重要な事柄……それがギルバートの死だった。
正直、寝耳に水といっても良い事態だった。
≪リンドヴァーン≫を討伐し終え、事態の鎮静化が見えてきた辺りで俺はフィオ皇子やグリンバルト将軍に頼んで、事件が始まって以降行方知れずだったギルバートについての捜索を頼んだ。
詳しいことは説明したわけではない。
コロッセウムでの御前試合における暗躍……これだけならともかく、それ以後の動乱に関与していた場合、ロルツィング家としてもあまり他人事で居られる事態ではないからだ。
何せ、≪黒曜の間≫において改めてロルツィング家とシュバルツシルト家の関係について、公衆の面前で定めたばかりなのだ。
主家として、分家がやったことに対して監督責任というのがどうしても出て来てしまう。
これがそれなりの悪事ならばこちらとしても都合が良かったのだが、行き過ぎるとそうとも言えなくなってしまう。
特に陛下や皇子まで巻き込んだのは確実にアウトだ。
だからこそ、詳しいことは説明せずに調べて貰ったのだが、その結果は当主であるギルバートが自宅で不審死していたというもの。
流石に急な話もあり、何かの誤報かあるいは欺瞞情報かとも思いアンネリーゼにことの真相について確かめて貰ったのだが……。
――結局、ギルバートについては謎のままか。死んでいたことは確かだったらしいけど……。
何とも腑に落ちない終わり方だ。
とはいえ、変に深堀するとこちらにも飛び火しかねない以上、俺としても事を荒立てられない。
――流石に分家が陛下たちの命の危機を脅かしかねない事件を起こした。あるいは関与していた可能性があるってのは……いくらなんでもマズい。
俺が≪リンドヴァーン≫を討伐したことは既に帝都で語り草となっており、コロッセウムでの御前試合の件もあって一躍英雄としての名は市井に広まっているのだとか。
だが、実態としてシュバルツシルト家が関与していた場合、客観的に見ればマッチポンプに近い形になるわけで……。
「……全く、死んでまで面倒な」
「本当にね」
正直、取れる手はあまりない。
コロッセウムの関係者らの証言から御前試合で色々と手を回していたことについては裏が取れているらしく、シュバルツシルト家の処分自体は免れない流れらしいが問題はそのあとだ。
「まあ……陛下の御聖断次第か」
今回の一連の事件、気になることは多いが領主として一番に大事するべきなのは領地経営のことだ。
「ただ、ちょっと勲章を貰って、いい機会だったからシュバルツシルトとの関係も整理しようと画策しただけなのに……」
ほぼ自滅に近い形でシュバルツシルト家自体が無くなりかけているのは、流石に出発する時に予想もつかなかった。
だが、こうなればなるようになるしかない。
「まっ、仕方ないか」
「もう大丈夫なの?」
「ああ。あまり、待たせるわけにはいかないだろうからな」
俺はそう言うとベッドから起き上がり、服を着替え始めた。
「じゃあ、陛下に拝謁してくる」
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