第八十五話:動乱終結、悪火竜討たれる可し



「くそっ、くそっ、くそっ。アルマン、アルマン、アルマンぅんんん!」


 ギルバートは絶叫する。

 誰も居ない屋敷でただ一人、声を荒げる。


 その狂態にホフマンが青ざめて部屋から逃げ出したことも気付いていない。

 自身の目から溢れ出て、カーペットを汚している紅い液体についても自覚がない。

 顔が青ざめ、瞳孔は開き切り、他人の目には明らかなほどの異常も感じる気付かぬ内に機能を喪失していた。


 残されているのは、ただの妄念にも似た怨嗟のみ。


 ただただ、それを糧にギルバートは力を送る。

 に集中する。


 ――確かに奴は……あの憎たらしい鎧を身に纏った。だが、それが何だというのか?


 ギルバートには見えていた。

 現れたアルマンへと放たれる≪リンドヴァーン≫怒涛の攻め、それと渡り合う姿はむしろ先程の戦いの時よりも迫力がない。


 ともすれば、と言わんばかりの気配だ。


「こけおどし! こけおどしなのであろう!? アルマン! 所詮、そんな……≪龍種≫の骸から作られた防具などと吹いたとしても……っ!」


 そのはずだ。

 そうであるはずなのだ。


 それなのにこの怖気は何なのだろうか?

 奴の身体に現れた蛇の這うような黒き痣は何なのだろうか?


 わからない。

 理解のしようがない。


 だが、焦燥だけが募る。

 ギルバートの……力の枠組みを超えた≪リンドヴァーン≫という強者の存在は変わらない、はずであるのに。


 ただただ、追い立てられるように攻撃を放ち。

 だが、その全てを捌かれて――


 そして、


「――時間だ」


 ≪リンドヴァーン≫と一体化した感覚がそんな言葉を拾った。

 その瞬間、


 目の前の存在は変容した。


                   ◆



「……終わり、かな」


 第三者として眺めていた白装束の存在はただそう批評した。

 どちらに肩入れするわけでも無く、ただただ客観的な事実を一人零したのだ。


「≪黒蛇克服≫……それこそが≪災疫災禍≫の最も特徴的な特殊スキル」


 仮面の下で誰に向けてでもなく呟く。


「災疫龍の放つ、≪黒蛇病≫の病魔ウイルス。それを狩人自らが受け入れ、そして適応することによって自身の潜在能力を一時的に限界まで引きあげるスキル――それこそが≪黒蛇克服こくじゃこくふく≫」


 大型モンスターすら手駒へと変え、その生命を終わらせるまで争わさせるという凶悪無比な病魔ウイルス、それを人の身で受けて自らの力へと変える……控えめに言って、頭のネジが外れているかのような行為。

 人より遥かに強靭なモンスターが侵される病なのだ、何故人の身でそれを活かせるなどと発想が出来ようか。


 だが、白装束は知っている。

 それを可能に出来るのが狩人、いや――


「……≪黒蛇克服≫が発動した以上、攻撃力も防御力も跳ね上がっている。強化上昇具合では今の≪火竜≫と同じくらい。単に対等の土俵に立てただけ……とは言えないか」


 ≪黒蛇克服≫による強化を受けた彼の者。

 防御力攻撃力も揃い、超異個体である≪リンドヴァーン≫と真正面から渡り合える土台が出来た。


 言ってみればあくまでそれだけ。

 ようやく戦えるだけの状態になっただけだというのに、白装束には既に結果は見通せていた。



「まあ、いい。不穏分子イレギュラーの存在も確認できた。最後まで見せて貰うよ――本物の狩猟を」



                   ◆



 ドクドクと早鐘のように心の臓が鳴り響く。

 煮えたぎったマグマのように熱い力の奔流は体内で暴れまわり、少しでも制御を誤れば爆発しそうだ。

 鋭敏になった感覚が恐ろしく明瞭に世界を捉える。


 ともすれば、自爆しかねないほどの力を引きあげる。

 それこそが≪黒蛇克服≫というスキルだった。


 その力の上昇は災疫龍戦の時に使った、≪根性≫と≪餓狼≫の組み合わせ効果に匹敵……いや、HPを1にするというリスクがない分、総合火力的に見てこちらの方が優秀だろう。


 何せ、このスキルには明確なデメリットが存在しない。

 いや、正確にはあるのだが実質ないような条件と得られるものが釣り合っていないチートスキルだった。


 ≪黒蛇克服≫のデメリットとは、発動した時点で≪黒蛇状態≫になり十分間、能力値の低下とHPに一定ダメージを受け続ける事……それだけ。


 そして、十分を越えると≪適応状態≫になり強化状態に入る。

 それも本来なら複数のスキルを組み合わせて得られるほどの強化数値を、ただ一定時間待つだけで得られるのだ。


 流石は≪龍種≫素材の防具オンリーのスキルというべきか、『Hunters Story』のゲーム内では初心者のストーリー完走御用達装備として知られている。


 まあ、最大の欠点としてはモンスターの狩猟時間効率が最悪という点で、オンラインで装備して来たら地雷も良い所で無言でキックされても文句も言えないのだが、それはともかくとして。


 ≪黒蛇克服≫の恩恵はすさまじいものがある。


 こんな風に。


「しィ!!」


 有り余る力を解放するかのように壁を垂直に駆け抜け、一気に接近すると同時に両手の剣を俺は縦横無尽に振舞った。

 先程までとは違う、上昇した身体能力から放たれた一閃一閃は≪リンドヴァーン≫の鱗を砕き、その下の強靭な筋肉を裂き、決して浅くない傷を刻み込んだ。


 苦悶の声が一帯に響いた。


 怒りの咆哮を上げ、動き回る俺に対してその巨体をもって押し潰すように迫る≪リンドヴァーン≫。


 だが、動き出した時点で俺は既にそこには居ない。

 足元を掻い潜るように走り抜け、それに気付いた≪リンドヴァーン≫が体勢を立て直すよりも早く、その無防備な背を駆け上り、



 一閃、二閃、六閃。



 雄大な翼の片方を炎熱と雷光を纏った剣閃によって切り刻む。


 絶叫が轟いた。


 痛みに声を上げ、苦しみのたうつように尾を振り回すも俺は悠々と回避して距離を取った。


 ――いける。


 それは確信だった。

 ≪黒蛇克服≫によって与えられた力、それによって対等に戦える状態になったからこそわかる。


 先程までは超異個体としての力によるごり押しでわからなかったが、この個体はコロッセウムで戦った≪ゴウ・グルフ≫と同じだ。


 野生を……真実の意味での闘争を知らない個体だ。


 俺の放つ一撃一撃が自身の生命を脅かすと理解して、闘争心を奮い立たせるのではなく、怯えに入っている気配を察してそう断じた。


 そうなると疑問が湧き上がらなくもないのだが……。


「それは後でいい、か」


 まずはこの帝都の人々を脅かす怪物モンスターを排除する。

 考えるのはそのあとからでいいだろう。


 俺は目の前の≪リンドヴァーン≫を睨み据え、剣を十字に構えた。




「――悪竜、討つべし」




 その紅の瞳の奥に何かの残影が見えたように気がした。

 だが、気のせいだろうと俺と思い直し――そして、解き放たれた獣の如く≪リンドヴァーン≫に向かって駆け出した。



 顎が迫る。

 受け流して、≪カウンター≫でその両眼を斬りつけた。


 爪が振るわれる。

 掻い潜ると同時に≪カウンター≫で放った剣閃がその爪を砕いた。


 巨大な尾が振るわれる。

 何度も斬りつけられ、刻まれた深い傷に寸分違わずに≪カウンター≫で斬撃を叩き込み



 ≪カウンター≫、≪カウンター≫、≪カウンター≫、≪カウンター≫……。



 動きに慣れ、理解を深めるほどに、無駄が無くなり、≪リンドヴァーン≫が俺に目掛けて攻撃をすればするほどに傷ついていく。

 傷を負い、弱まるほどに動きが単調になるほどに、攻撃の精度は上がり≪リンドヴァーン≫の身体に深々とした傷を刻み込んでいく。


 あれほどの威容を誇ったモンスターが弱っていく。

 それでも俺はその心の臓が止まるまで一切の容赦を行わない、ただただ狩人として目の前のモンスターが絶命するまで淡々と攻撃を叩きこみ続ける。


 冷淡に、敬意をもって、全力を賭して。


 そして――



狩技しゅぎ――」



 ≪リンドヴァーン≫の巨体がよろめいた。

 その瞬間を俺は見逃さない、≪絶雷紫炎【灼熱】≫の刃を交差させるように打ち鳴らし、その身に宿る属性の力を一時的に引きあげる。

 壁を蹴り上げ、跳び上がり、≪リンドヴァーン≫の上を取った。



 ――見上げる≪リンドヴァーン≫の紅の眼光、その奥に俺は人影を見た気がした。



 だが、それを無視して俺はそのまま落下と共にゲーム内と同じように二つの刃を一つにし、その首に目掛けて振り下ろした。




「≪楼塔一閃≫」




 それは『Hunters Story』における技の一つ。

 炎と雷の二つの属性。

 それらが入り混じった一つの刃となり、≪リンドヴァーン≫へと振るわれて――




 そして、




「悪竜、討たれる可し」




 その首を切り落とした。



 一瞬の静寂。

 直後に歓声がその一帯に響き渡った。

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