第八十二話:狩猟クエストを開始します。帝都に現れた超異個体≪火竜≫を狩猟せよ
栄えある帝都の街並み。
穏やかで人の賑わっていたその一画。
しかして、今はその名残さえない惨状。
周囲の至る所で燃え上がり、綺麗に舗装されていた道は捲り上がり、建物は幾つもただの瓦礫と化していた。
「酷いもんだ。街中で大型モンスターが暴れればこうもなるか……」
『Hunters Story』ではまず起こらなかった事態だが、現実的に考えれば≪飛竜種≫のような飛行能力を持った大型モンスターが街中を突如として襲撃する……そういう可能性は常に存在する。
それは城塞都市の≪グレイシア≫とて同じだ。
いくら高い城壁に囲まれているといっても空から来るモンスターに対しては万全とは言えない。
まあ、今回のは少々特殊な事例ではあるだろうが、対岸の火事とせず戒めとしてこの光景を覚えておく義務が俺にはある。
――まあ、≪グレイシア≫だと≪飛竜種≫の街中への襲来なんて起きた日には、みんな喜び勇んで狩りに行くだろうけど。……≪飛竜種≫の素材相場は高いからなぁ。
一頭丸々となると家が吹き飛ぼうが新しく立て直すことも難しくはない。
たぶん、武具を片手に競争が始まるのでここまで被害が広がることはない気がするが、それはそれこれはこれというやつだ。
それに如何な≪グレイシア≫の誇る狩人といえども、目の前に佇むモンスターを相手にするのは容易なことではないだろう。
燃え盛る周囲の火に照らされ、その威容を示す様は正しく怪物というのに相応しい。
超異個体の≪リンドヴァーン≫。
単純な個体としての強さだけならば、或いはあの災疫龍よりも上だろう。
瘴気を薄っすらと纏い、紅に輝く禍々しい双眸がこちらを射貫く圧力は、まるで心の臓を掴まれたかのような錯覚すら覚える。
「全くこんなのと街中でやり合う羽目になるなんて……来る前には思いもしなかったな」
軽く息を整え、両手に構えた≪絶雷紫炎【灼熱】≫を握り直し、俺は更に一歩進み出た。
≪リンドヴァーン≫がそれに反応したかのように低く唸り声を上げた。
「それでも、まあやるしかないか。あれだけ英雄だって喧伝しておいて逃げてばかりじゃカッコも付かないし……なっ!」
◆
暴風が唸る。
その巨体が動くだけ、翼をはためかせるだけで風圧は発生する。
ただの原種である≪リンドヴァーン≫よりも遥かに力強く、強靭な身体からが発せられるそれは攻撃ですらない副産物でしかない。
だというのに気を抜けばたたらを踏んでしまいそうになる。
――動いただけでこれか!
彼我の距離もあるのだろう。
俺は≪リンドヴァーン≫の懐に飛び込むように攻撃を掻い潜って潜り込んで以降、危険を承知でその距離を維持し続けながら時折に剣閃を放っていた。
別れてこの場から離れたエヴァンジェルのことを気にしないよう、また別のところに向かわせずここに縫い留めておく必要がある以上、この行為は必然だった。
何せ≪飛竜種≫は当然ながら飛行能力を持っているため、気分を変えて空を飛ばれたら手が出せなくなる。
更に言えば相手にはブレスだってある。
≪リンドヴァーン≫のブレスは体内で生成された特殊な可燃物を利用した火炎攻撃なので、その都合上回数的には有限で何度も使える技ではない。
予備動作もわかりやすく、避けること自体は簡単なのだが問題は避けたブレスが周りに燃え広がった場合だ。
被害が大きくなるというのもあるが、当然周囲が燃え広がれば俺の動きはそれだけ制限される羽目になる。
逃げ場が炎で無くなってしまえば、その時点で俺は死ぬしかなくなるわけだ。
――つまり、ブレスはまず根本的に撃たせない! そのためには下手に距離を取るのは最悪手……っ!
だからこそ、俺は風圧に足が鈍りそうになる身体を叱咤しながら≪リンドヴァーン≫相手に一定の距離を維持した上で剣を振るうことを選んだ。
それは決して容易なことではない。
爪が、
尾が、
顎が、
自身の周囲を飛び回る鬱陶しい獲物を払うように振るわれるのだ。
そして、その全てが今の俺を十分に一撃で殺すに足りる威力を秘めている。
――まあ、大型モンスターなんて大抵そんなもんだけど……っ!
鞭の如くしなり、飛んできた尾の切っ先を剣で逸らし俺は内心で吐き捨てた。
上位防具に身を包んで固めても、相手が上位のモンスターならばまともな攻撃の直撃は良くて数度が限界、装備を整えてようやく戦いの同じ土俵に立てるだけの差がモンスターと人との間にはある。
痛いほどそれをこれまでに体験してきたのだ。
――やっぱり、この一撃離脱の戦い方……双剣じゃ、まともにダメージは入らないか。一撃で勝負する武具じゃないし、期待しない方がいい。とはいえ、相手もそれを理解してきたのか攻撃の頻度が……厳しいなぁ。
炎の耐性から有効なダメージにならないと炎を帯びた剣を防御に、主に攻撃を逸らすことに専念させ、そして雷光を帯びた剣で斬りつけているものの効果は薄い。
ダメージ自体は通っている、効いていないということはないのだが……。
――硬いなっ、クソっ!
超異個体としての強靭化した肉体は多少の攻撃などモノともしない。
それを≪リンドヴァーン≫も理解したのだろう、目の前の獲物は確かに自らを傷つける牙も爪も持ってはいるが、生命に届かせるには至らない。
本能で察したのか、最初こそ弱点属性の≪雷属性≫の剣閃に嫌がる素振りこそ見せたものの、今では斬りつけられてもそれを無視して攻撃を放ってくるようになった。
「……っ、ちィ!!」
薙ぎ払うように振るわれた尾の攻撃。
俺はそれを跳躍して回避し、更には周囲にあった建物の壁を足場に高く跳び上がる。
そして、≪リンドヴァーン≫の顔に目掛けて剣を振るった。
だが、浅い。
目測をやや誤った。
あくまでも勢いを削ぐため、獲るための攻撃ではなかったとはいえ、舌打ちをしつつも焦りは禁物だと戒め、建物の一つに着地するも――
「っ!?」
度重なる震動で脆くなっていたのか、着地の衝撃に耐えきれずに崩れる足場。
咄嗟に立て直すもその隙を突こうと迫る≪リンドヴァーン≫に、俺は仕方なしに腰に括りつけていたアイテムを一つ使う。
投げる、と同時に目も眩むような閃光が一帯を照らした。
≪リンドヴァーン≫の絶叫が響き、怯んだように下がった隙を突いて体勢を立て直す。
――さて、残りは何個だったか……。
のたうつように暴れ狂う≪リンドヴァーン≫の身体が、周囲の建物を破壊し無数の瓦礫が無秩序に舞う。
人の頭ほどありそうな瓦礫が降り注いでくるのだ、堪ったものではない。
俺はそれを何とか凌ぎながらも呼吸を整える。
ゲームならば畳みかけるところではあるが、実際に眼を眩まして暴れている大型モンスターなんて近づけるものではない。
規則性もなくその巨体で暴れるので手が付けられないのだ。
だから、主に緊急避難の手段。
あるいは状況の仕切り直しの時に使うのが主な使い方となる。
――さっき、補給したアイテムにも限りはある……何処までやれるか。
視力が戻って来たのか身体を起こし、こちらを睨みつけてくる≪リンドヴァーン≫相手に俺は淡々と計算を弾く。
今は無理をするべき時じゃない。
反撃をする時のために余力を残しつつ、尚且つ時間稼ぎを行う。
その見極めを常に頭の隅に残し、
攻撃を掻い潜り、
剣を振るい、
あるいはアイテムを使用し、
ただただ、燃える街の中で時を忘れたかのように躍り狂う。
一分か、十分か、一時間か、
どれほどの時が過ぎたのかわからない時の中でふと気づく。
「――来たッ!」
立ち昇る青色の狼煙を見て、俺は動き出した。
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