第七十八話:合流、脱出、そして……
陛下たちとの合流は問題なく終えることが出来た。
コロッセウム内は増改築を何度も行い今の大きさへとなったらしく、無駄に入り組んだ構造であったため、やや手間はかかってしまったが貴賓席の近くまで徘徊しているであろうモンスターたちと出会うこともなくスムーズに進めたのが大きかった。
「ご無事ですか、父上!」
「おおっ、フィオか。それに辺境伯も……」
ギュスターヴ三世とアンネリーゼは随伴の近衛兵に護衛されるようにして、退避しようとしていたところだった。
本来であればもっと早く退避させるべきであったのだろうが、今回は遊興であるということでギュスターヴ三世が最低限の人員のみをお付きにしたこと、そして皇子であるフィオが騒動が始まった時に俺を迎えに席を離していたことから、速やかに退避しようにも出来ない状態になっていたらしい。
現皇帝の身の安全を優先して退避をするか、第一皇子を探すためにリスクを考慮して人手を割くか……確かに咄嗟に判断することは難しい状況だ。
フィオと共に俺が現れた時、一番に喜んでいたのは鎧に身を包んだ随伴の近衛兵たちであったかもしれない。
「それにしても一体どういうことか……モンスターが逃げ出すとは、それにこの地下からの振動……なんと不吉な」
「もしかして、小型のモンスターだけじゃなくなく、大型モンスターも逃げ出した可能性も……?」
俺の顔を見てホッとした表情を見せたアンネリーゼだが、すぐに不安そうにそんなことを口にした。
「否定できるほどの材料はない。……でも、とりあえず今は脱出を優先しましょう。話はそれからで」
気にならないと言えば嘘になる。
だが、アンネリーゼだけでなく随伴の近衛兵たちもどうやら俺の試合を見ていたのか、どこか気の抜けた安堵した様子であったため少しだけ強めな口調で言い含めた。
俺は確かにモンスターを狩ることを得意とするが、人を守ることは得意としているわけではないのだ。
あまり、過剰に期待をされても困る。
そんなこんなで会話もそこそこに、俺たちはコロッセウムからの脱出に向けて動き出したのだが、思いの外にそれはスムーズに成功した。
餅は餅屋というべきか、随伴の近衛兵に後ろの守りを任せられたので俺は先行して進むだけで良く、出会った小型モンスターを数匹切り伏せるだけで後はトラブルもなく終えることが出来た。
「ほほっ、目の前で≪龍狩り≫の妙技を見れるとは得したのォ」
「父上……」
老体には堪える強行軍であったとは思うがギュスターヴ三世はこんな台詞を吐くぐらいにはご満悦であった。
フィオはそんな父親の肝の太さに呆れ返ったように溜息を吐いていたが、そんな態度が出来る程度には順調な脱出劇だったのだ。
「何とか無事に出られましたね、アルマン様」
「ああ、とりあえず一安心といった所か。とはいえ、予断を許さない状況だし出来れば陛下と皇子にはこの場を早く離れて欲しいものだけど……」
施設から出ることに成功したのはいいものの、コロッセウムの外は人でごった返していた。
中から逃げ出してきた観客たちとコロッセウムの様子がおかしいことに気付き、周囲から集まってきた市民とで混沌とした様相を呈していた。
「さて、どうするか……」
そう思案に暮れていたところ。
「それについては問題ないわい、辺境伯よ」
ギュスターヴ三世は俺に向けて言った。
それと同時に音を立るように群衆が割れ、その向こうから現れたのは鎧を身に纏った騎士たちの集団と大きな馬車が向かってきた。
「あっ……あれは陛下の……」
「此度はただ見世物を見るだけのつもりじゃったからのぅ。市民の多くもここには通う故、委縮させてはならんと少し離れた所に留まるように言い含めておったのだが……」
「陛下! 陛下は
「普段は何処へ行くにもついてくる面倒な奴らじゃが、こういう時は頼もしいのぅ」
愉快気に笑うギュスターヴ三世、何処かこの状況を楽しんでいるようにも見えた。
――皇帝ともなると肝が違うのかな。まあ、狼狽されたり錯乱されるよしマシだからいいけど……あれが噂に聞く≪王宮騎士団≫とやらか。
この世界における唯一の軍隊とも言うべき存在。
大陸において唯一の国家である≪リース帝国≫に他国という概念は存在せず、故にその役割として皇帝と皇族を守ることに特化した特殊な組織だ。
噂には聞いていたがしっかりと見るのは初めてだ。
――たぶん、授与式の時とかも居たんだろうけど……。あの鎧、上位防具だな。≪グレイシア≫でならともかく、こっちで上位防具は珍しい……それもアレだけの数を揃えてるなんて。武具も恐らく、鉱石系の上位武具だな。尖った性能をしていない分、どんなモンスター相手にでも一定のパフォーマンスが期待できる。無難と言えば無難さが強みの武具。
身に纏った装備一式を見ればその毛色の違いがわかるというものだ。
上位防具と武具で揃えたざっと見ても二十人近くの騎士たち、≪グレイシア≫でもこれだけの数を集めようと思えばだいぶ苦労するだろう。
まあ、その辺りは国という後ろ盾の有る≪王宮騎士団≫とギルドがサポートするも基本的に個人の狩人たちとで比べようがないとは思うが……。
「グリンバルト! こっちだ!」
「むっ? おおっ、フィオ皇子! ご無事でしたか、それに陛下も!」
フィオが声を上げると一人の大柄の壮年の人物が近づいてきた。
身長は俺よりも頭二つ分大きく、年の頃は四十は超えていそうな顔つきではあるが重厚な鎧を身に纏い歩く姿は老いを感じさせない。
狩人とはまた違う、屈強さを纏った男だった。
「彼は……」
「グリンバルト将軍です。もう二十年もの間、陛下に仕え≪王宮騎士団≫を率いてきた陛下の一番の忠臣と称される御方です」
帝都の事情に疎い俺にこっそりと耳打ちをすることを、ここ最近ですっかり慣れたエヴァンジェルが教えてくれた。
「陛下……っ! コロッセウムの方で何やら騒ぎが起きたと聞き、私は心臓が止まるかと思いましたぞ。これで我々の存在の必要性がわかって頂けたでしょうな? これからは何処にいく時もしっかりと! 何と言われようとも! 警護させて頂きますからな!」
「ぐぬっ……ここぞとばかりに! ええい、わかったわかった。儂が悪かった! 考えておこう!」
なるほど、確かに一番の忠臣というのは嘘ではないようだ。
まるでガミガミと叱りつけるように言い募る態度を皇帝相手に出来て、そして許されるなど確かな信頼関係が無ければ無理なことだ。
とはいえ、だ。
「……失礼ながらグリンバルト将軍」
俺はグリンバルトに話しかけた。
主従で仲睦まじいのは良いことではあるが、それも状況というものがある。
「むっ、貴公は……」
「ロルツィング辺境伯じゃよ、彼がフィオも一緒に外へと連れ出してくれたのだ」
「貴公があの≪龍狩り≫の……お噂はかねがね。そして陛下や皇子を助けてくれたようで……我々の任であるというのにお恥ずかしい」
「臣下として当然のことをやったまででして……。それよりもこの事態に関しては何か?」
「いえ、こちらとしても騒ぎが起こったという話だけで詳しいことは……」
「そうですか、実は――」
俺はそう言って簡潔に現状わかっていることだけをグリンバルトに伝えようとした瞬間のことだった。
コロッセウムの方で一際大きな轟音が鳴り響き、火柱と煙が立ち上ったのは。
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