第七十九話:地より放たれ、天より舞い降りん


 突如として起きた事態に、俺を含めた周囲の視線は一斉にコロッセウムの方角へと向いた。


 立ち上る黒煙。


「な、なんだいったい何が……っ」


 その中を貫くように何かが飛び出て来た。

 はまるで歓びを露わにするような咆哮を轟かせた。


「きゃっ?!」


「あれは……モンスター?!」


「まさか、あれは……」


 そんなこちらの声が聞こえたのか、あるいは獲物を捉える本能が刺激されたのか、空を一度旋回したかと思うと突如として現れたその巨大なモンスターはこっちに突っ込んできた。


「っ。全員下がれー!」


「アンネリーゼ! エヴァンジェル、体勢を低く!」


 俺とグリンバルトの声が上がるのと同時に――。



 衝撃。

 そのモンスターは俺たちが居る広場の中心に着地した。

 ただ、それだけのことで地面は揺れ、暴風の如き風圧が辺りへと広がった。



「やはり――まさか、≪リンドヴァーン≫か!?」


 グリンバルトはそのモンスターの姿を見てそう叫んだ。


「あれが地下で暴れていたモンスターか?! コロッセウムはあんなモンスターまで……」


 ≪飛竜種≫に属される大型モンスター。

 赤黒い甲殻に雄大な前肢と一体となった翼、長く太い尾を持ち、その姿は正しく飛竜の名に相応しき姿。


 ≪龍≫と≪竜≫ではこの世界においては全く別種で、飛竜ワイバーンという種別は飛行能力を持った、あるいは持っていた大型モンスターの分類でしかない。

 さりとて、同じ読みをするだけあってモンスターの中でも強力な力を持っていること多いのが≪飛竜種≫のモンスターの特徴だ。


 中でも≪リンドヴァーン≫は≪飛竜種≫を代表するといっても過言ではないモンスターで、多くの≪希少種≫や≪亜種≫などの変異種のバリエーションにも富んだゲームにおける看板モンスターと言ってもいい。


 ――そう言えば≪希少種≫や≪亜種≫系モンスターに関してはあまり見たことないな……。まぁ、ゲームじゃないんだから何匹も見付かったらただの別種だからなぁ。


 そんなどうでもいいことが頭を過ぎったが、俺はそんな思考を振り払うと冷静に事態を観察した。

 どんなことになっても動けるように、狩人としての自身にスイッチを切り替えた。


――幸い、あの≪リンドヴァーン≫は原種だ。原種なら危険度は中位のモンスター。


 ≪ゴウ・グルフ≫よりも下だ。

 無論、モンスターの上位下位は強さではなく、危険さという指標でランク分けされている。

 そのため階級が下のモンスターが上のモンスターを殺し喰らうのも、珍しい話ではない。

 それ故にそう単純に中位モンスターだから上位モンスターより弱いというものでもない。


 それでも、俺には余裕があった。


 『Hunters Story』として看板的だからこそ、ゲーム内では何度も倒した経験がある。

 こっちの世界でも何体も倒してるし、≪ゴウ・グルフ≫ほど癖のある動きではないので苦手と言うほどでもない。


 十分に今の装備でも戦えると冷静に判断したからだ。

 そして、何よりも。



「全く、≪飛竜種≫などをコロッセウムに持ち込むのは明らかな違反だぞ。あとで厳しく追及せねばな……それよりもまずは≪リンドヴァーン≫の処理だな。目の前に現れてくれたのは好都合! 陣形構えっ!」



 グリンバルトの声が響くと同時に騎士たちは動き始める。

 重装槍を装備した騎士たちが巨大な盾を前に出して構え壁となり、その後方に弓を構えた幾人もの騎士が一斉に矢を番えた。



 武具種の中でも防御に秀でた重装槍、それも上位の防具で身を固めた騎士で受け止め、上位武具の矢での一斉射で削りつつ、怯んだところを見逃さず更に攻撃を加える……恐らくはそういう堅実な陣形だ。


 ――これなら……俺の出る幕はないか?


 上位装備で全身を固めた騎士が十一人、ゲームではありえないリンチ戦法と言ってもいい戦い方だが、だからこそ有効であり手堅いとも言える。

 俺としても戦術としては間違っていないと判断した。

 記憶にある≪リンドヴァーン≫の原種では、この状況をどうにか出来る余地はない……そう結論を出したからだ。


 ――ここまでの連携中に俺が割り込むのは、ただの迷惑か……俺は陛下たちを逃がしたら別のところにでもまわって……んっ、なんだ?



 ゾクリっとした感覚が奔った。

 それは俺の中の狩人としての部分の本能が訴えかけていた。



 



 俺は咄嗟に更に注意深く≪リンドヴァーン≫の様子を伺った。


 赤黒い甲殻、前肢と一体となった翼、長く太い尾、そのどれもが記憶にある≪リンドヴァーン≫の原種の姿の通りだ。


 ただ、その身体に纏わりつくような微かな瘴気のような黒い靄は過去に狩った≪リンドヴァーン≫にはあっただろうか?


 そして、降り立った瞬間、位置関係的に俺は後ろ姿しか見れなかったが、振り向いた≪リンドヴァーン≫の貌。


 そこに紅色に輝く双眸の意味は――



「よし、矢を放n―――」


「っ、全員下がれ!! そいつは……っ!」



 俺が咄嗟に声を上げるもそれは遅すぎた。

 ≪リンドヴァーン≫は咆哮を上げると同時に身を回転させ、周囲を薙ぎ払うようにその巨大な尾を横に振るった。

 当然、≪リンドヴァーン≫の攻撃など予期していた盾を構えていた騎士たちはその攻撃を受け止めようと身を固め、




 そのまま、




「なっ!?」


 よほど以外な光景だったのだろう、グリンバルトは動揺した声をあげて動きを硬直させた。

 騎士たちの動きに瑕疵は無く、ただの≪リンドヴァーン≫の攻撃なら余裕を持って受け止められる想定だったのだ。



 それはつまり、目の前に居るモンスターが≪リンドヴァーン≫でなければ破綻してしまうものでもあって……。



 グリンバルトの驚愕など知ったことではないと言わんばかり、盾役の騎士たちを鎧袖一触で吹き飛ばした≪リンドヴァーン≫は、次の標的にそちらに顔を向けるとその口内から燃ゆる火焔を覗かせた。

 ≪リンドヴァーン≫の得意とするブレスの前兆、グリンバルトはそれを察するも反応が遅れ、回避が間に合うタイミングではない。

 グリンバルトは覚悟を決めたように、自身の大剣を盾にして受けようとし――


「くっ!?」


「っ、させるか!!」


 ≪リンドヴァーン≫がブレスを吐き出すより一瞬早く、俺は割り込むようにして双剣を振るうことに成功した。


「辺境伯!? 助かった!」


「気を付けてください! コイツはただのモンスターじゃない!」


 雷光を帯びた剣閃が≪リンドヴァーン≫の注意を引き、その行動を牽制することには成功したようだが、どうやら敵意も稼いだようだ。

 燃えるような凶眼が俺という個人を捉えた気がした。


「あの紅に輝く瞳……それはモンスターの種族という枠組みを超えた個体の証」


 『Hunters Story』においては、それらはこう呼ばれる。



……こいつは超異個体の≪リンドヴァーン≫だ」


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