第七十六話:動乱の始まり
慌ただしく俺はコロッセウムの中の通路を突き進んでいく。
本気で走ればもっと速度も出るが同行人を置いて行くことは出来ないし、更に内部の道を知らない以上、先行しても意味はない。
そうとわかってはいても事態が事態、逸る気持ちを否が応でも自覚してしまう。
「次の道はどっち……ですか!?」
「次は右だ! その先の階段を――」
「っ、頭を下げて!」
左右に分かれた道に突き当たり、俺は振り向いて尋ねると視界に一つの影を見咎めた。
俺は注意を促す言葉だけを発すると答えを聞くよりも早く、≪絶雷紫炎【灼熱】≫の片方を抜き放ち、壁を蹴り上げると同時に一閃した。
炎熱を纏った刃によってズルリっと血飛沫も最小限にその陰の首は落ちた。
「ご無事ですか?」
「た、助かりました。辺境伯」
「いえ、こちらこそ奇襲に反応が遅れました。どうにも焦っているようで」
「このような状況です、致しかたないでしょう。とにかく、先に……エヴァンジェル、大丈夫かい?」
「問題ありません、それより早く行きましょう。まさか……モンスターが解き放たれるなんて」
少し息を上げつつ、エヴァンジェルはそう吐き捨てるように言った。
俺も実にその通りだと同意する。
――全く何でこんなことに。
部屋でエヴァンジェルと談笑中に部屋に飛び込んたのは、第一皇子であるフィオ皇子だった。
そして、慌てたように部屋の外で起きた騒動について彼は短くも端的に教えてくれた。
フィオはギュスターヴ三世に頼まれ、俺を早く呼ぶために送り出されたらしい。
係りの者にでもさせればいいと思うが、そう言った者を呼び寄せる手間自体を嫌い、皇子であるフィオに頼むという名の体をした命令をしたとか。
そして、言われるとおりにこちらに向かっている最中にある騒動を見かけたのだとか……それが。
――「どうやら、コロッセウムで管理していたはずの試合用に用意していたモンスターが檻から逃げ出したらしい。それも一匹や二匹ではなく、結構な数が……大半は小型モンスターだという話だが……」
防具武具も持たず、獰猛な小型モンスターと向かい合えば人は容易く殺されてしまう。
無論、コロッセウム側でも狩人などは雇っているだろうし、観客の中にだって休暇中の狩人も居るだろう。
とはいえ、この事態に観客もパニックを起こしているだろうし、そうなると集団的な戦いになれているこっちの狩人にどこまで対応が出来るか……。
――「とにかく、状況がよくわからない以上、逃げるのが先決だ。何よりも陛下が危ない。陛下だけは逃がさなくては……辺境伯。いや、≪龍狩り≫殿……お力を!」
――「わかっている! 一直線に向かいましょう! エヴァンジェル!」
――「ええ、私も……一緒にいた方が安全そうですし」
――「ああ、後ろに居ろ。俺が守る」
一先ず、そう言い合って目標を共有し、俺とエヴァンジェル、フィオの三人で部屋から飛び出し、貴賓席までの道程を駆け抜けるように走り出したのがついさっきのこと。
俺、エヴァンジェル、フィオの順で並び、道すがらに≪絶雷紫炎【灼熱】≫を刃を煌めかせ、通りがかりに見つけたモンスターの首を落としていく。
「モンスターがこんなに……」
「こいつらは≪ヴェルプトル≫です。群れで巧みに動いて襲い掛かってくる厄介なモンスターです。一体だけなら大したことはないが、一匹が気を引いている間に物陰からもう一匹が襲い掛かって来たりと、高い知能で狩りをする厄介なモンスターだ。全く、面倒な……」
「物陰には注意した方がいいということだね。わかった。後ろは私に任せて先に進もう≪龍狩り≫殿!」
俺の言葉を聞いてフィオは腰に下げていた宝剣を改めて握り直しそう返してきた。
――皇子を戦わせるなんてどう考えてもマズいとは思うんけど……。
とはいえ、この状況では仕方ない。
剣の構え方や咄嗟の反応を見れば、それなりに訓練を受けているのであろうことは見て取れた。
ならば諦めて頼るしかないだろうと自身を納得させる。
「ええ、急ぎましょう」
俺はそう言うと再度、道を進みだした。
「それにしてもなんでこんな……一体どこから」
「闘技場の地下には空洞があって、そこでモンスターを檻に入れて管理していると聞いたことがあります」
「地下に?」
「ええ、月の興行が始まる前にその月の試合に使われるモンスターが運び込まれ、試合になると檻ごと闘技場へと絡繰りで迫り上げて……」
「なるほど、闘技場の地下に……」
――言ってしまえば舞台の奈落のようなものか。……確かに冷静に考えて試合の度に別の場所から運んでくるより、コロッセウム内に保管場所を作った方が色々とスムーズ。それにどうやってあんな大きな暴れる≪ゴウ・グルフ≫入りの檻を運び入れたのか気になってたけど、昇降装置まであるとは……だいぶ大掛かりな施設だな。
予想以上にハイテクというか、高機能であるコロッセウムに俺は驚きを隠せなかった。
とはいえ、こんな事態になった以上、安全管理については杜撰だったようだが。
「いや、それはどうでしょうか」
俺がそう愚痴を零すとフィオが疑問を呈した。
「それは……どういう?」
「コロッセウムは帝都内でモンスターを扱う施設ですから、国としても定期的な監査を実施しています。それによってモンスターは小型、大型に関わらず個別の檻でわけられていることになっています。仮に何らかのミスをして逃がしたとしても……」
「こんなに大量に逃げ出すのはおかしい?」
「ええ。当然、檻は簡単に壊せるものではないですし、そうなると――」
「……人為的な?」
「そんな、まさか」
フィオの言葉にエヴァンジェルが息を呑んだ。
それについては俺も同感だった、もしそうだとするのなら冗談で済むようなことではない。
犯罪というレベルを超えている。
――まさか、ギルバート……? いや、しかし……。
一瞬、頭をよぎったがそれには疑問が残る。
――……いくら何でも大事にし過ぎだ、皇帝の居る場所でこんな騒ぎを起こしてしまえばどのみち破滅するしかないぞ。……それに仮に精神的にそれだけ追い込まれていたとしても次の行動が早すぎる気もする。試合が終わってからそれほど時間が経ってないんだ、目論見が失敗したからといってすぐに次の手というのは……。
どうにもしっくりこない。
「でも、ここは帝都ですよ? 皇帝陛下のお膝元でそんなことをする者など……」
「……いえ、エヴァンジェル。もしかしたら、これは――」
ただフィオの方には何かしら思い当たる節があるらしい、そのまま言葉を続けようとした瞬間。
不意に地面が揺れた。
「っ、なんだ!?」
「……わかりません。とりあえず、話は後にしましょう。まずは陛下たちのところへ」
「……そうですね、行きましょう≪龍狩り≫殿」
俺は何かが起こっているという焦燥に急かされるまま、フィオたちを守りながらもまずは合流することに専念することにした。
――無事でいてくれよ、母さん。
ただそれだけを願いながら。
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