第七十五話:有り得べからざる力
試合終了を告げる銅鑼の音が鳴り響き、ギルバートはよたよたとした足取りで貴賓席からそっと後にした。
それに誰も気付いた様子もない。
アンネリーゼやエヴァンジェルは勿論としても、ギュスターヴ三世やフィオ皇子も恐ろしく凶悪なモンスターを手玉に取るように勝利したアルマンの狩猟に、興奮を覚え見入っていた。
貴賓席を青い顔をして離れていくギルバートの姿など誰も気に止めたりしない。
それが実に惨めだった。
「……くそっ」
何よりも惨めだったのは、ギルバート自身もあの≪ゴウ・グルフ≫相手に傷一つなく戦い終えたアルマンの強さに感動を覚えてしまったことだ。
ギルバートは知らなかった。
帝都に生まれ、帝都の外に出たこともなく、コロッセウムの中での見世物としての狩人とモンスターの戦いしか見てこなかった。
だが、先程の試合を見てその認識は一転した。
あれが真の意味での狩人なのだ、と。
「あれが……アルマンの……≪龍狩り≫の狩猟か」
凶悪で手に負えないから試合には出せないというコロッセウム側に、借金の件を盾にしてでも上位モンスターである≪ゴウ・グルフ≫との試合を組ませた。
それだけでも十分だと思ったが念には念を入れ、借金を持っていたコロッセウムの調教師の一人を使って首輪を弄らせた。
大型モンスターが暴走した場合、止めるために遠隔で起動できる麻痺の首輪がコロッセウムでは取り付けられている。
昆虫モンスターの麻痺毒のエキスと植物由来の麻痺の粉を掛け合わせた特殊なもので、起動すれば麻痺の粉塵を発生させてモンスターはあっさりと痺れてしまうという代物だ。
ギルバートはその麻痺毒の濃度を薄めるように指示をした。
大型モンスターが食らっても痺れず、だが人が食らってしまえば満足に動けなくなってしまう濃度に。
そして、首輪の遠隔起動装置の複製をギルバートが所持していれば後は完璧だ。
≪ゴウ・グルフ≫にアルマンがそのまま負ければそれでよし、勝ちそうになればタイミングを図って起動させてしまえば、あとは≪ゴウ・グルフ≫が何とかしてくれる。
そんな二段構えだった。
だというのに。
「あれほどに強いなど……甘く見過ぎていた。いや、認めたくなかっただけか……」
仮にも魔境と呼ばれる東の果てで英雄と呼ばれた男、災疫龍を討った存在。
それを考えれば上位モンスターの≪ゴウ・グルフ≫だとしても……。
「だが、首輪の仕掛けは機能したはずだ! 遠目ではしっかりと確認出来なかったが、あの距離なら間違いなく浴びたはずなのにどうして……っ!」
コロッセウムの奥、人気のない廊下でギルバートは憎々しげに壁を蹴り飛ばし吐き捨てるように叫んだ。
「それはね、スキルだよ」
「っ!? 誰だ!?」
答える者など居ないはずの場所、唐突に後ろからかけられた声にギルバートは振り向いた。
そこには面を被った白装束の人物が、ギルバートの屋敷に現れた存在が当然のように佇んでいた。
「っ、何故ここに……!」
「なに、私たちの助力なしにどうするか気になってね。観察していたんだけど……流石に想定が甘すぎたね。もっと作戦を練るべきだった。どれほど強い狩人でも人は人、死ぬときは死ぬんだから仮に≪龍種≫を倒した存在だったとしても、作戦次第ならやりようはあったと思うけどね」
「う、うるさい! 何を偉そうに」
「ああ、でも麻痺毒を使った保険については良い線いってたと思うよ。狩猟中に不意に食らった麻痺で痛烈なダメージを負った例はいくらでもあるしね。ただ、まあ、スキルのせいで無意味だったけど」
「ええい、黙れっ! 上からその批評するような真似をやめろと……待て、スキルだと? ……東の方からそんな噂が来た覚えはあるが」
「確かにこの世界に存在する力。だけど失われた技術、知識……だったはずのもの」
「失われた……はずのもの?」
「そのはず、だったんだけどね。これもまた東から……つまりはロルツィング辺境伯領からだ。あそこが最前線の地であることを考えれば、偶然に見つけ出すという事態はあり得ないとは言わないけど」
ギルバートは気付いた、目の前の存在はこちらと会話をしていない。
ただ、自らの思考に整理をつけているだけなのだと。
「やっぱり、発生したのかな……
「お、おい。何を……」
意味の分からないことを呟く白装束にギルバートは困惑の声を上げた。
――それなりに長い付き合いだ。後ろ暗い連中であるのも知っている……だが、なんだ? こいつらはこんな奴らだったか?
どことない不気味さを感じて、ギルバートは少しだけ後ずさりをした。
そんなギルバートの様子に気付いたのか、あるいは気づいていないのか白装束は不意に呟くのをやめたかと思うと話しかけた。
「それでどうする気?」
「な……何がだ!」
「何がって、これからのことさ。≪龍狩り≫はあの麻痺毒の粉塵についてしっかりと気付いていたよ? 倒した≪ゴウ・グルフ≫に触った時に、首輪についても回収してたみたいだし」
「何だと!? い、いや、それでも……あくまで首輪の誤作動だということに」
「仮に≪龍狩り≫が死んでたらその混乱のどさくさに証拠の隠滅も出来ただろうし、追及される羽目になっても裏工作のしようもあったんだろうけど、見通しが甘すぎるんじゃないかな?」
「それは……」
「≪龍狩り≫の証言と首輪が向こうの手にある以上、コロッセウム側の安全管理の不備を指摘して調査を行うことは難しくないし、そうなれば≪ゴウ・グルフ≫を起用する経緯やキミの協力者の存在などに手が及ぶのはそう難しくない」
「…………」
「そうなればキミは目出度く、恐れ多くも陛下の目の前で暗殺事件を実行しようとした大罪人だ。その末路は……わかってるよね?」
白装束の言葉が静かな廊下に響いた。
ギルバートが考えないようにしていた現実を突きつける声。
「ど……どうすればいいのだ」
「……私たちもキミという取引相手が居なくなるのは困る」
「そ、そうだろう? そのはずだ! 何せ、お前たちは――」
「だからこそ、協力してやろう。私たちも知りたいのだ。≪龍狩り≫が何者なのか……奴が
そう言って白装束はギルバートにある箱を渡した。
その中に眠るアイテムの力と使い方と共に。
「そんなの……あり得ない!!」
「いいや、あり得るのさ。それに信じようと信じまいとそれに縋るしかないだろう? 出なければキミは破滅の未来しかない」
「それはそうだが……っ」
「では、頼んだ。それから頼みについても、ね」
言いたいことだけを言い終えるとさっさと立ち去るように踵を返した白装束の人物だったが、ふとその脚を止めると振り向きもせずにギルバートに尋ねた。
「そうそう、聞いて起きたかったんだけど」
「なんだ?」
「アルマン・ロルツィングは……本当に血の繋がった君の息子かい?」
「……不本意ながらそうだが、それがどうした」
「そうか、ならいい」
そうして今度こそ脚を止めずに白装束は歩き始めた。
「隙は作ってあげるから……あとは任せたよ」
そんな言葉を残して。
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