第七十四話:試合は終わり、そして……


「素晴らしい御前試合でした、アルマン様!」


 コロッセウム内の選手控室のような部屋で出迎えたのはエヴァンジェルだった。


「ああ、ありがとう。ところでアンネリーゼは……?」


 いつもの落ち着いて常に余裕をもった振る舞いとは違い、少し興奮気味なエヴァンジェルの様子に意外な一面を見たなと思いながらも俺は疑問を口にした。

 てっきり、アンネリーゼがいつも通りに居ると思ったのだが。


「彼女はその……陛下に捕まっていましたので」


「……陛下に? それはなんとも」


 ご愁傷様、とは不敬になるので口には出さない。

 というかたぶんアンネリーゼが捕まっているのは自分のせいだろうという予想はつくし、何だったら試合を終えた俺もこれからギュスターヴ三世に会わなければならないのだから、それを考えれば……。


「それにしてもやはり素晴らしい戦い振りでした。確かに砂漠越えをする時に少しアルマン様が戦う姿は拝見しましたが……自身よりも遥かに大きな相手に物怖じもせずに渡り合う様は迫力が違うというか……あれが東の果ての狩人の狩猟なのですね」


「そう褒められると少し照れるな。でも、コロッセウムなんだからよくある事じゃないのか?」


「いえ、コロッセウムは確かにモンスターと戦う施設ではありますが、大型モンスターとの一対一などはまずないですね。狩人側は複数人で連携して戦うのが基本でそれはそれで中々……戦術や工夫が見れて面白いのですが」


 じゃあ、なんで俺は一対一でやらされたのだと思ったがそれについてはわかりきったことなのでわざわざ口に出すこともない。

 最後の最後でちょっとした想定外はあったものの、概ね自分が思い描いていた通りに狩猟が進んだまま終えることが出来たという達成感と満足感もあった。


「それに≪ゴウ・グルフ≫……≪迅風狼≫は危険度で言えば上位モンスターに区分されるモンスター。それをあそこまで完璧に傷一つなく戦いおおせるとは……流石はアルマン様だと感服いたしました」


 エヴァンジェルの称賛の声に俺は思わず笑みをこぼした。

 自分でも上手く出来たと思えた狩猟プレイを他人から……それもエヴァンジェルのような美少女から手放しで褒めて貰えたとなれば喜びも一入というものだ。


 とはいえ、少しだけ訂正もある。


「いや、今回のはいくつもの要素がこっちに有利に働いた結果だ。≪ゴウ・グルフ≫というモンスター自体はかなり恐ろしいモンスター……そこのところは間違えてはいけない」


「そうなんですか?」


「ああ、対戦するモンスターが≪ゴウ・グルフ≫だとわかった時は身を固くしたぐらいだからね」


「そんなにですか?」


 エヴァンジェルが驚いたような反応を見せるがこれは事実だった。

 ≪ゴウ・グルフ≫は正直な所、俺としてはあまり戦いたくない部類のモンスターだ。

 『Hunters Story』をプレイしていた時からそうだった、動きのせいからどうへの移行が独特かつ素早く、どうにも戦うと翻弄されてしまう。


 ――慣れるまでは時間がかかったなぁ……。


 『Hunters Story』では何度殺されたかは覚えていないくらいだ。


「まず一つこちらに有利な点は≪ゴウ・グルフ≫は初見じゃなかったってことだ」


 これはゲームの世界のことではなく、こちらの世界でも……という意味だ。

 俺は≪ゼドラム大森林≫の深層の近くにソロで向かった時に≪ゴウ・グルフ≫と二度ほど戦った経験がある。

 一度目は探索の最中に偶然遭遇し戦闘を行うも、相手の動きにこちらの動きが嚙み合わず、その時の装備の構成もあって狩猟を諦めて逃走。

 二度目はリターンマッチに完全に≪ゴウ・グルフ≫に狙いを絞って防具と武具を揃え、対策を練った上で時間をかけて探し回り、今度は狩猟に成功した。


「つまり、こっちには同種と戦い勝利した経験があった。仮に初めてあの場で戦ったのなら、あそこまで上手くいかなかっただろう」


「なるほど」


「あと、もう一点は闘技場の状態だね。いや、こっちとしては助かったんだけど……あれじゃあ、≪ゴウ・グルフ≫の凶悪さが殺されているようなもの。コロッセウムという見世物としては仕方ないんだろうけど」


「闘技場の……状態ですか?」


「ああ、何も無かっただろう? 障害物も何もないただ広いだけの……」


「それは……確かに」


「≪ゴウ・グルフ≫の怖いところはあの瞬発力と身軽な動きだ。深層で戦った時は凄まじかった、≪ゼドラム大森林≫の巨木を利用して跳ねるように動いて目の前に居たはずなのに一瞬で背後に回り込んで、その爪と牙で仕留めにかかってくるんだ」


 俺は手でその動きを表してみたのだがエヴァンジェルは困惑の表情を浮かべた。

 確かに大の大人すら丸のみに出来る大きさの狼が、そんな動きを眼にも止まらぬ速さで行うといってもピンとは来ないだろう。


 だが、事実なのだからしょうがない。

 三角飛びの要領で縦横無尽に動き回るせいで記録水晶の画像もブレブレで不評なのが≪ゴウ・グルフ≫というモンスターだ。


 その最大の強みが殺されていた今回の狩猟を見て誤解してはいけない。

 危険度上位に相応しい凶悪さを持ったモンスターなのだ。


「なるほど、環境によってもだいぶ変わるのですね」


「まあ、それが出来なくてもあの瞬発力で近づかれるのは脅威だけどね。……というか、こんな見世物に出すにはやっぱり危険すぎるモンスターだと思うんだけど」


 大型モンスターというのは全て危険ではあるのを前提としても、やはりモンスターの中でも凶悪さや獰猛さには違いはある。

 ≪ゴウ・グルフ≫はかなり好戦的なタイプと分類されるモンスターで強さもある。


 正直、何かあった時の場合のリスクの方が高いだろう。

 狩人側がちゃんと狩猟出来なかったらどうするつもりなのか。


「というか、≪ゴウ・グルフ≫なんてモンスターどうやって手に入れたんだ? こっちでも目撃例は少ないのに……」


「それは詳しくは知りませんが、どこからかモンスターの幼体を手に入れてそれを育てて……という話なら噂で聞いたことはあります」


「モンスターを育てる……?」


 思わず聞き返すもモンスターを育てること自体は珍しくはない。

 俺自身もアンネリーゼのためにこっそりと≪リードル≫の畜産を進めていたりもする。


 とはいえ、大型モンスターともなると話は別だ。

 何せ大型モンスターというのはどれこれも最低でも小型の自動車よりも大きい、単純に育てるだけの日にかかる餌代、諸々の飼育する為の管理費用、安全対策だって気が抜けない。

 手間をかければ不可能ではないが、興業としてコロッセウムで戦わせるためにかけるにしては馬鹿に出来ない費用がかるのは想像に難くない。


「それで儲けが出るのか? 確かにコロッセウムは人気があるようには見えたけど……」


「貴族の中でもコロッセウムは人気なのですよ。珍しいモンスターを見たがる好事家も居ますし」


「ああ、なるほど献金というやつか」


 ――そういう絡繰りならわからなくもない、のか? それにしてもコロッセウムで戦わせるための大型モンスターの飼育業か……こっちの常識じゃあり得ないけど、それも地域での特色の差だと割り切れば……。まさか、コロッセウムの試合ごとにモンスターを捕縛してくるわけにもいかないだろうし。


 そういった意味で生まれたことには納得できる。

 とはいえ、だ。


 ――どうやって、珍しいモンスターの幼体とやらを手に入れているのかは気になるな。


 俺は少しだけ思案を巡らせたが直ぐに打ち切った。

 支援者の一人であったというのなら何か知っている……あるいは関わっている可能性も高い。


「……悩むよりは聞いた方が早いか」


「何がですか?」


「いや、別に……ああ、そうだ。ギルバートは何処にいるかわかるかな? 貴賓席に?」


「ええっと、確か」


 少し悩む素振りを見せつつ、思い出したのかエヴァンジェルは答えた。



「ああ、そうそう。試合が終了すると同時に貴賓席から離れるように後ろ姿を見ましたが、私はアンネリーゼ様に頼まれてこちらに来たので今どこに居るかは……」


「そうか、なら――」



 俺は先ほどの試合の最後に起こったことについて伝えようと口を開いたのだが……。



「――んっ、なんだ?」


「なにやら、外が騒がしいですね」



 ふと、俺たちは部屋の外の様子が奇妙に慌ただしいことに気付いた。

 そのまま話を続けても良かったのだが、気になって扉へと近づき、廊下に出て様子を確認しようとした瞬間、



 音を立て



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