第七十三話:雷炎無双、狼は地に伏し
空間を抉るような鋭い爪の一振りが頬のすぐ近くを貫いた。
人の肉の身体など簡単に破壊するであろう迫力の一撃。
「――っ、ふっ!」
それでも俺はよどみなく淡々と回避すると、≪ゴウ・グルフ≫の伸びきった前脚に目掛けて一閃を放った。
雷光を纏った剣閃は針金のようなその体毛ごと、その下にある肉体を切り裂いた感触を俺に伝えた。
≪ゴウ・グルフ≫が痛みに苦悶の声を上げるより先に、今度はもう片方の紫炎を纏った刃を叩きこむ。
悲鳴を上げ、ダメージによろけた身体目掛けて俺は更に追加で連撃を浴びせた。
武具種として双剣が得意とする連続攻撃だ。
≪絶雷紫炎【灼熱】≫の持つ≪雷属性≫と≪炎属性≫に対して、≪ゴウ・グルフ≫はどちらも耐性を有していなかった。
それどころか金属の繊維のような体毛を持っているからか、≪雷属性≫に関しては弱点でもあった。
そのためか良くダメージは通り、試合が始まって時間にして十分も経っていないというのに、最初にあった威勢は何処にいったのかと言うほどに≪ゴウ・グルフ≫は弱っていた。
「……っと」
苦し紛れに放たれた長い尾を活かした薙ぎ払い。
だが、既にそこに俺は居ない。
――うん、やっぱり五回斬るより四回でやめておいた方が安定するな。
双剣という武具種は片手で剣を握る都合上、どうしても一撃一撃は軽くなってしまう。
故に手数を利用した連続攻撃こそが双剣の基本戦術なのだが、故に下手にダメージを与えようと狙い過ぎて連続攻撃を仕掛け、モンスターの反撃を食らってしまうのは『Hunters Story』の双剣使いにはよくあることだった。
連続攻撃の仕様上、モンスターに近距離で張り付く羽目になるからだ。
当然、張り付く時間が長ければ反撃を食らうリスクは高くなる。
攻め時と引き時をシビアに見分けないといけない難易度の高い武具種と言える。
とはいえ、それをキチンと考慮した上で適切に運用できるなら、武具種の中でも時間あたりのダメージ効率は高い火力を誇っていた武具種でもあった。
つまりは、
「――ここだな」
一気呵成に攻めたてることこそ双剣の真骨頂。
俺は今までのダメージが蓄積したのかぐらりっと≪ゴウ・グルフ≫がよろけたのを見て、≪絶雷紫炎【灼熱】≫の刃を煌めかせた。
前世の世界とは違う、この世界の肉体。
狩猟を続けて鍛え上げられた身体から放たれる無呼吸の連続攻撃。
雷光と紫炎の残滓が舞い。
数十に渡る剣閃が≪ゴウ・グルフ≫へと襲い掛かり、切り裂き、焼き切り、その強靭な身体、そして生命を一気に削り取っていく。
十分の戦いの間、まず脅威となる脚を狙い傷つけ瞬発力を削り、眼を傷つけることによって威勢を弱め、爪の攻撃を避ける際にその前脚も念入りに切りつけた。
反撃の余地もなく。
仮に反撃したところで自身の防具の防御力を考慮して、脅威にならないと慎重に慎重を重ね、逆転の余地を潰した上での一転攻勢。
階級としては上位武具の括りに入る≪絶雷紫炎【灼熱】≫の攻撃力に加え、発現した追加スキルは≪連撃≫という双剣と相性の良いスキルだ。
効果は連続攻撃を行うと攻撃を重ねるごとに一撃一撃のダメージが比例して補正加算されるというもの。
ゲームと違ってダメージが表示されるわけではないのが何度となく実験したお陰でそれらは実際に適応されているのは知っている。
スキルが発動すると身体の内に電気パルスが奔るような不可思議な感覚、俺はそれを頼りに≪連撃≫のスキルが機能していることを確かめながら一気に仕留めにかかった。
――これで、終わり……っ!
いっそ臆病だと言われても仕方ないほどに可能性を潰すのが俺の狩人としての戦い方だ。
災疫龍の時のような博打はスタイルではない。
静かに、冷徹に、敗北の要素を排した上で狩る。
想定した通りに弱りきっていた≪ゴウ・グルフ≫は≪絶雷紫炎【灼熱】≫の刃の嵐を受け、反撃する気力すらわかないのか絶叫の声を上げた。
――やっぱり、≪ゼドラム大森林≫で出会った個体より……弱いっ。単純に記憶より一回り小さいだけじゃなく、何というか生命力みたいなものが……。
或いはこれが噂に聞く東と西のモンスターの差というものなのだろうか。
とにかく、俺は目の前の≪ゴウ・グルフ≫が恐れるに足りないと勘と観察眼によるものから見抜き、一気に決めるべく≪絶雷紫炎【灼熱】≫を強く握り締めた。
「……っ、そこっ!!」
ガクンと≪ゴウ・グルフ≫の前脚が折れ、その頭部が不意に下がった。
そこには剣閃の数々によってボロボロになった体毛の下に覗く、無防備な首筋があった。
俺は間違いなく致命の一撃になるであろう確信の直感のまま、踏み込んで右腕を一際大きく振り抜いた。
その瞬間。
目の前に何か薄い黄色い粉のようなものが弾け飛び、俺の視界を覆った。
「っ!?」
予想外の事態に一瞬だけ身体は強張るも特に何が起こるわけでも無く、≪絶雷紫炎【灼熱】≫は勢いそのままに≪ゴウ・グルフ≫の首筋を深々と切り裂いた。
――
それは確信だった。
何度となくモンスターをこの手で狩ってきた経験が教えてくれる、生命を確実に断ったという感触。
断末魔の叫びを上げ、≪ゴウ・グルフ≫はよろめくように進んだかと思うと地面に倒れ伏した。
そして、鳴り響くのは始まりと同じ銅鑼の音。
ただし、これは試合が終わったことを告げる音だ。
コロッセウムが一瞬だけ静まり返り、そして次の瞬間に歓声がドッと俺に目掛けて降り注いできた。
「…………」
拍手や熱狂の叫び声が混じり合う中、俺は≪ゴウ・グルフ≫がしっかりと死んでいるか確かめるために突き刺し、反応がないことを確認。
次にしゃがみ込んで軽くその遺体に触れてから俺はようやく歓声に応えるように顔を上げた。
見世物でもある以上、愛想よくした方がいいと思い軽く手を振ってみるとどよめきが起き、更に歓声が大きくなり俺は顔が引きつりそうになったが表情に出さないように気を付けながら闘技場を後にした。
結果だけを見るなら、不本意にやらされた形ではあるがあの会場の様子を見る限り、俺にとってはいい方向に転んだように思える。
結局のところ、怪我もなく終わったことを考えれば最良の結果に終わった……そう考えれば、笑みの一つでも零したいところだが。
――さっきのアレは……。
俺の思考にあったのは最後の一瞬、≪ゴウ・グルフ≫にとどめを刺すときに起こった現象だ。
一瞬、視界を覆った薄い黄色の粉塵。
そして、一瞬だけ俺の中に奔ったスキルが発動した感覚。
――結局のところ、何も起こらなかった。だが、実際には起こったのを無効化したのだとしたら……。
ゲームだとステータスを見れば一発でどのスキルが発動したのかわかるが、この世界だと表示されるわけでも無いので多分に感覚的なものなのが厄介だ。
とはいえ、現在の防具で発動するスキルは状態異常に対するものに特化している。
それを考慮にすれば……。
「粉は……少しだけどまだ身体に付着しているか。これなら――」
俺はそう呟いて控室までの廊下を歩きだした。
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