第七十一話:帝都にて舞う、≪龍狩り≫の狩猟


 はてさて、嘆いても事態が良くなるわけではない。


 貴族というのは端的に言ってしまえば、面子が命の職業と言っても過言ではない。

 それ故にこのような大勢の目の集まる場所に連れ出されると、どうにも立ち振る舞いには気を付けざるを得ない。

 行動の選択肢が限られてくる。


 ――……晩餐会での一件、それをやり返しか?


 特に俺はである、とされている。

 そのため、このような状況下で逃げるような手段は取れない。

 下手をすれば≪龍狩り≫の看板にすら傷がつきかねない。


 ――どのみち、陛下まで巻き込んだ以上、俺に残された手段は実力でコロッセウムでの狩猟をクリアすることだけ、か。


 ギルバートのやりたいことは凡その見当はついている。

 恐らく、何らかの手段で大勢の前で俺に失態をさせて名声に傷をつけるのが狙いか。

 それで少しでも俺の影響力を下げてしまおうという魂胆だろう。


「狡いという何というか……」


 ぼやきつつも俺は冷静に今の状態を整理する。

 結局、見るよりも先にやる側になってしまったがコロッセウムでの狩猟というのは、中心にある整地された障害物も何も無いグラウンドのような場所で行われるようだ。

 コロッセウムらしく高い塀に囲まれ、その上には最大で七千人も収容できる観客席が連なっている。


 そして、彼らが見下ろす中でモンスターと人との闘争剣劇が繰り広げられるのだ。


「防具は出来れば……≪災疫災禍≫を使いたかったけど」


 残念ながら着ていない。

 そもそもコロッセウムに来るまで戦うことなんて知らなかった以上、準備なんてしていないのは当然だ。

 あれは街で着るには重厚過ぎる。


 ――というか、ギルバートの奴はそれを狙って言わなかったんだろうしな……。


 何とも悪知恵が働くというべきか。

 まあ、陛下の御前である以上、完璧な狩猟姿を見せたいから……とか何とか理由を付けて持ってくるのも出来なかったわけではないが。


 ――≪災疫災禍≫は強いことは強いが癖のあるスキル。それなら≪The・Boss≫の方が……無難と言えば無難か。


 一応、コロッセウムで挑戦者に貸し出される防具を係りの者に勧められたが、俺はそれを丁重にお断りした。

 困惑した表情をされたが、いかにも硬そうな金属で作られていたコロッセウムの貸し出し防具と見た目が普通の服にしか見えない≪The・Boss≫の防御力、それらは大差ない防具だと説明するのは中々に難しい。


 ――武具は持っておいてよかった。やっぱり肌身離さず、持っておくべきだな。アイテムは……濃縮≪高回復薬ハイ・ポーション≫瓶が三つ、か。


 これで≪ゼドラム大森林≫の奥に行くというのであれば、まるで頼りない状態だが、あくまで闘技場という限られた場の中で狩猟を行うだけなら、まあ問題は無いといった所か。


 俺は武具を抜き放って構える。

 武具種は≪双剣≫、名を≪絶雷紫炎【灼熱】≫という。


 ≪双剣≫という武器種は≪片手剣≫ほどの大きさの剣を二振り持ち、手数と連撃でダメージを叩きこむのを得意とする武器種だ。

 そして、剣を二振り同時に所持するという特性から、他の武具種に無い特徴として左右の剣で特性の違う剣を使うことが出来るのが特徴だ。

 ≪絶雷紫炎【灼熱】≫もその一種、片方には≪雷属性≫、もう片方には≪炎属性≫の力が込められている。


 その証拠に抜き放った右の刀身には雷が纏わりつき、左の刀身には紫炎が絡みついている。


 ざわめきが起こった。

 何かあったのかと少し思ったが、降り注ぐ視線が≪絶雷紫炎【灼熱】≫に集まっていることに気付いて俺は納得した。


 ――属性武具が作れるのは中位武具からな、素材となるモンスター素材も貴重だし、こっちでは珍しくても仕方ないか。それにこの≪絶雷紫炎【灼熱】≫は更に上位武具だしな驚いても仕方ない、か。


 注目を集めるのは好きではないが、闘技場に立っている以上は俺は演者でしかない。

 サービスはするべきだろうと、俺は少し大げさに剣舞の如く≪双剣≫を振るった。

 ただ空を切るだけの剣閃は雷と紫炎の軌跡を残し、幻想的な色の乱舞となった。


 声援が一気に高まる。

 会場の熱気が一気に熱くなったのを俺は察した。


 ――握りは問題ない。振りに誤差は無し、イメージ通りに動けている。脚は……問題なし、地面の状態も良好。


「それではアルマン・ロルツィング辺境伯閣下による。御前狩猟を開催します!」


 このコロッセウムの責任者だろうか、拡声器を片手にそんなことを言っている。

 その声と共に鳴り響いていた銅鑼の音の感覚が短くなっていき、熱狂を煽っていく。


「ここに居られるは帝国の英雄にして、辺境の勇士。帝国を脅かさんと迫って災疫龍を討ち滅ぼし勇者! ≪龍狩り≫のアルマン! 迎え撃つのはコロッセウムのモンスターたち、果たして辺境伯閣下は見事打ち破り、ギュスターヴ皇帝陛下に勝利を捧げることが出来るのか! その妙技をこの目で見られるなど、何と光栄なことか……それでは、狩猟……開始!」


 男がそう言い終えた瞬間、銅鑼の音が一際大きくなり響いたかと思う目の前の檻が解き放たれた。


 現れたのは一見は狼のような大型モンスターだった。

 ただし、ただの狼では勿論ない。

 頭部こそは狼のようであれど体を覆う体毛は、まるで金属の繊維のような硬さを持ち、さらに下にある強靭な筋肉もあわせて非常に厄介な防御力を持っている。


 そして、更にはヤツの真骨頂は脚にある。

 今はそれこそただの大きな狼のように四足歩行しているが、その姿を見れば前脚と後脚との筋量の違いが判るだろう。

 前脚に比べ、異様に発達した後脚。

 それによって驚異的な速度で敵に襲い掛かる姿から、≪迅風狼≫という異名を持つモンスター。


 その名は≪ゴウ・グルフ≫。


「よくまあ、こんなのを飼っていたものだ……な」


 俺は少しだけ呆れた。

 大型モンスターとて全部が気性が荒いというわけではないが、≪ゴウ・グルフ≫は特に獰猛で気性の荒い大型モンスターだ。

 大人しく捕まるような相手ではないが、罠か何かで捕まえたのだろうか。

 疑問がないわけではないが、狩猟の際に別のことを考えていられるほど俺は強くはない。


 一先ずは、



「狩猟をして……それから後で考えよう」 



 こちらを認識した途端に突っ込んできた≪ゴウ・グルフ≫の姿にスイッチを切り替――俺は同時に飛び出した。


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