第三幕:Moving World

第七十話:コロッセウム、そこでは勝利が帝国に捧げられる


 歓声が降り注ぐ。

 熱狂に包まれた空気が満ちる。


「……はあ、やれやれ」


 コロッセウム。

 所謂、円形闘技場の別称。

 帝都≪グラン・パレス≫に存在するその建築物は、前世の世界に存在していた歴史的建築物ととてもよく似ていた形をしていた。

 帝都内をエヴァンジェルに案内して貰った際、興味はあったのだが都合が合わずに入れなかった施設だった。


 ここでは人とモンスターとの戦いが楽しめる。

 帝都から離れない限り、まず生でモンスターを見ることはない帝都人にとって人気の施設だという。


 狩人の一人として狩猟を商業として見世物にすることに思うことがないとはいえないが、色々と興味深かったのでタイミングが合わなかったのは俺としては残念に思っていた。

 だからこそ、授与式も終えてしばらくを過ごし、帰るだけとなった際にコロッセオの中に入れる機会が不意に訪れた。


 いい思い出になるし、土産話には丁度いいと喜んだのだが……。


「俺がコロッセウムに行きたかったのは、あくまで観客としてなんだけどね」


 コロッセウムの中心。

 観客席を埋め尽くす帝都人から一身に期待に満ちた視線を浴びながら俺はぼやいた。

 周りには俺以外の人は存在せず、巨大な鋼で作られた檻が一つ存在していた。


 俺が戦うべきモンスターが閉じ込められているのであろう。

 中で暴れているのか衝撃で不規則に檻は揺れ、突き刺さるような敵意が俺に向けられていた。

 相手方はやる気十分といった風情だ。


 それに比べてこちらは全くと言っていいほどに気乗りしない。

 望んだわけでもないのにこんな状況になったのだから当然と言えば当然だ。

 戦い自体、それほど好きでもないし、≪グレイシア≫に帰ればいくらでもする機会があるのだから何故帝都にまで来て戦わなければならないのか、そんな気分になるのは仕方ないだろう。

 とはいえ、


「おお、頑張るがよいぞ! 辺境伯よ! ≪龍狩り≫の力を儂に見せておくれ」


 降り注ぐ声援の中、どうしてだか聞き分けてしまえた自分の耳を俺は疎ましく思った。

 思わず表情筋が引き攣りそうになるが、溜息を吐いて俺はそれを何とか誤魔化した。


 そう、如何に不本意には思っても選択肢としてはやるしかない。

 なにせ、この国で最も偉い人物が望んでいるのだ。


 ――良くもやってくれたな、クソ親父……。何を考えてる……。


 戦いの始まりを告げる銅鑼のリズムが段々と短くなる。

 俺はその音を聞きながら、武具を手に取りつつここに至る経緯を思い起こした。


                  ◆



 事の始まりは授与式を終えた二日後のことだった。

 俺たちはエヴァンジェルと協力して今後の東方交易について、帝都の有力者を交え話し合ったり、帝都からの交易品の選定などを行ったり等、忙しくしていた時だった。


 唐突にギルバートがやってきたのだ。

 最初は何か報復にもでも来たのかと警戒して会うとそこには、


「本日はお日柄も良く、挨拶に伺わせて頂きました。アルマン様!」


 恐ろしくにこやかに、そして揉み手をしながら猫撫で声を上げるギルバートの姿があった。


 ――……頭がおかしくなったのか!?


 更には領へと戻る俺たちのために是非とも持ち帰って欲しいと、≪グレイシア≫では手に入らない贅を尽くした調度品や絵画などの美術品、希少価値の高いワインや葉巻など贅沢な嗜好品の数々まで持参してだ。

 エヴァンジェル曰く、纏めれば一財産になる程度の価値と量があるとのこと。

 それを馬車にいっぱいに乗せてギルバートはやって来たのだ。


 つまりは、わかりやすいほどにあからさまに媚を売ってきたわけだ。

 屈辱に顔を歪ませて去っていた日から、全く時間が経っていないというのにこの変わり身の早さ、俺はギルバートのことを少しだけ認めざるを得なかった。

 ここまであからさまに媚を売られると従属することを宣言させた手前、こちらとしても理由もなく冷遇することは出来ない。

 その辺りを読んで腸が煮えくり返っているであろうに笑顔で擦り寄ることが出来るギルバートは、少なくとも一角の政治屋ではあるのだろう。


 結局、貢物まで持って来て現れたギルバートを追い返すことは出来ず、更には帰る前にコロッセウムの視察はどうかと誘われ……呑まされる羽目になった。


 どうにもコロッセウムの運営にはシュバルツシルト家が多く出資をしているらしく融通が利くとのことで帰る前に見ていかないか、とのことだった。

 誘ってきた相手が相手だが、それでも形式を整えて誘われては主家という立場もあり断ることは難しい。

 それにコロッセウムに関しては一度覗いても見たかった思いもあり、俺は了承することにした。

 ギルバートのことは信用できないが相手も自らが誘った手前、その先で何かトラブルがあればその責任はシュバルツシルト家に行くことになる。


 だからこそ、変なことはして来ないであろうと思ったのだが……。


「この施設はかつて……旧き時代の資料を参考に建築されました。その時代では野蛮なことに剣闘士という人と人が争っていた野蛮な見世物であったそうな。ですが、ここで行われるのは神聖な狩人によるモンスターの狩猟。その勝利を帝国に捧げる儀式なのです」


 ――という建前ね、やってることは本質は変わらないと思うけど。というか、コロッセウムでは人同士だけじゃなく、猛獣と戦うこともあったという話だからそれがモンスターに変わっただけ……。まあ、突っ込んでも意味はないんだろうけども。


 などとギルバートの話を聞き流していた俺だったが。


「ここでは日夜、腕自慢の狩人が帝国のために勝利を捧げ、その腕を磨いているのです。……どうですか、アルマン様。その英雄としてのお力を皆の前で示しては見ませんか?」


「……は?」


「おお、ご了承いただけましたか。≪龍狩り≫の英雄の雄姿、帝国市民のみならず皇帝陛下もお心待ちにされていることでしょう」


 話しが急に変わったかと思うと、俺は逃げ道を封鎖されたことに気が付いた。

 どうやらギルバートは予めに話を流していたらしく、ギュスターヴ三世もご観覧される予定であると言われればどうすることも出来ない。

 俺は英雄としてのネームバリューを活かしている以上、それなりの振る舞いをする必要があるのだ。


「アルマン……」


「何を考えているかはわからんがとにかくやるしかないようだ。エヴァンジェル、済まないがアンネリーゼのことは……」


「承知しました。ご武運をお願いします」


 こうして俺はコロッセウムに招待されたと思いきや、観客としてではなく選手として闘技場の大地を踏むことになったのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る