第六十七話:晩餐会を終えて
「あー、疲れたー」
俺はそう叫ぶとダランッとベッドに横になって倒れた。
ここはエヴァンジェルが用意してくれた帝都における高級宿泊施設の一室だ。
貴族御用達のロイヤルルームというやつなのだろう、≪グレイシア≫の邸宅にあるベッドよりも遥かに高級そうなベッドは柔らかく俺の身体を受け止めてくれた。
「ふふっ、お疲れ様、アルマン」
アンネリーゼは全身の力を抜いて倒れ込んだ俺の様子をくすくすと笑いつつ、放り投げていた衣服やらをいそいそ嬉しそうに畳み始めた。
「本当に大変だったわねー」
「注目されること自体は想定内……ある程度は覚悟していたとはいえ、まさか皇帝陛下があそこまで興味を示してくるのは流石に想定外だった」
俺はようやく解放された地獄のことを思い返した。
向こうも色々と配慮はしたのだろう、≪白曜の間≫での晩餐会が一段落した後まで待ったギュスターヴ三世は、俺を呼び寄せると矢継ぎ早に≪グレイシア≫での生活……特にモンスター狩猟に関することを尋ねてきたのだ。
興味津々という顔で胃が削れながらも俺は吟遊詩人の如く、単に答えるわけでなく多少の脚色をしつつも面白く話すのにはとても苦心した。
皇帝に興味を抱かれること自体は悪いことではないが、この国で最も偉い人物と一対一で話すというのはそれだけで精神的に疲れるし、ついでに背後に刺さる他の貴族の目も痛かった。
「あははっ、アルマン。呼び寄せられてずっと狩猟のことを聞かれていたものね」
「陛下はそう言うことが好きなんだろうな」
「うーん、でも、そういうのは聞いたことは無いから……どちらかと言えば≪龍狩り≫のアルマンのことだからこそじゃない?」
「ああ……なるほど。まあ、何にしても悪いことじゃない。ただ、そのせいでちょっと予想以上に貴族の注目を集めすぎたな……エヴァンジェルには頭が上がらない」
エヴァンジェル曰く、皇帝があそこまであからさまに気に入っているという態度をとることはないのだそうな。
唯一の帝国、その頂点である皇帝ギュスターヴ三世は基本的に貴族と言えどもそうそうにお言葉を交わせる相手ではないし、時として貴族の諍いを仲裁する必要があるために常に中立の立場を取っているのもあるだろう。
だからこそ、俺への反応は稀有であり、そして他の貴族たちを刺激してしまったそうだ。
「そうねー、彼女が居なければあれだけの量を捌けなかったでしょうからね」
「そもそも顔と名前も一致出来てないし、他にも貴族同士の上下関係やら……帝都の貴族社会は複雑怪奇」
「あはは、私も役に立てれば良かったんだけど、平民に落ちて長いから……」
「いいさ、別に。……とはいえ、借りを作り過ぎた気もするが」
今更といえば今更だ。
ここはエヴァンジェルが一枚も二枚も上手だったと諦めよう。
投資してくれた分、こちらも返さなくてはならない。
今後のことを考えれば是非とも友好関係を続けたいという思いもある。
「まっ、しょうがないな。ちょっと怖いが……」
「ふふっ、エヴァンジェルちゃんはとても良い娘だったからね。大丈夫よ、きっと」
「エヴァンジェルちゃんって」
「そう呼んで欲しいって言われたのよ。勿論、表で話すときには気をつけるけどね。敬われた言葉遣いだと気になるから、気安く話して欲しいって」
「まあ、見た目的にはともかく、歳は結構離れてるから――」
「アルマン」
「はいはい」
俺の言うことなら大抵許してくれるアンネリーゼも、やはり年齢のこととなると色々あるようだ。
素直に謝りつつ、話を続けた。
「まっ、何にしろ仲良くする分にはいいことさ。長い付き合いになりそうだし……」
「そうねー、それにしてもあの娘、いったい何者なのかしらね。私はまだアルマンの侍女という立場だけど、彼女も≪白曜の間≫に入ることを許可されるなんて」
「さて、な。ただ、まあ、どれだけ有能でもただの商人が使者になれるわけがない。今回のことも考えると、やっぱりどこかの貴族の娘。それも表沙汰に出来ない感じの……ってのが予想かな」
「やっぱり、アルマンもそう思う?」
「まあ、色々とおかしいからな……。とはいえ、だとすると迂闊に素性を洗うのもなぁ」
貴族というのは家の醜聞を嫌う。
そこを探られるのは気分が良いものではないだろうし、下手をすれば敵対しかねない。
今後ともエヴァンジェルとの関係は友好を維持したい俺としては刺激したくないのが本音だ。
「そうねー、もしかしたらエヴァンジェルちゃんの家、相当の爵位の高さかもしれないから下手なことしない方がいいのかも……」
「なにか根拠はあるのか? 母さん」
「根拠って程じゃないけど、そもそも貴族と言ってもそこそこのレベルじゃ、使者にも≪白曜の間≫に入り込むことも出来ないとは思うのよ」
「それはそうだな」
「そうなるとそれなりに大きな貴族の家だとは思うけど、それに加えてエヴァンジェルちゃんってフィオ皇子に声をかけられているの見たのよ」
「フィオ皇子って……第一皇子の? いつ?」
「アルマンが皇帝陛下に呼ばれていた時にね。エヴァンジェルちゃんが話しかけたというより、フィオ皇子の方から話しかけたって感じ。遠目に見ただけだったけど、親し気に見えてたわよ?」
第一皇子フィオ。
次期皇帝が定められている皇帝の嫡子であり、その類まれな容姿から貴婦人たちから社交界の華と呼ばれている貴公子らしい。
実際、その目で見たのは授与式で初めてであったが確かに言われるだけの端麗な容姿であったのを俺は覚えていた。
≪グレイシア≫ではどいつもこいつも逞しいので、細身であり中性的な顔立ち、アイドル系の皇子様というのは非常に印象に深かったのだ。
「皇族と……ねえ。なるほど、そうなると下手すると侯爵、あるいは……」
仮にそうだとするなら、やはりどちらにしろ迂闊に触っていい相手ではないな。
やはり、エヴァンジェルがただの商会の長として振る舞う限りはそのように扱った方が互いのためだろう。
厄介事だ、いや悪い方ばかりに考えるのは悪癖だ。
真実は案外くだらないものかもしれない。
「もしかしたら、ほら……実はエヴァンジェルの特別扱いが、実は単にフィオ皇子に気に入れらているってだけかもしれない」
確かフィオ皇子は第一皇子でありながら、未だに正式な婚約者などが決まっていないことで有名という話だ。
風の噂では身分の差がある想い人がいるという話を帝都を回った際に耳にしたことを思い出した。
「それでその思い人がエヴァンジェルちゃんってこと? まあ、皇子自ら話しかけるなんて勘ぐりたくもなるけど……」
アンネリーゼは眉をしかめて続けた。
「その場合、アルマンの存在が敵視されるんじゃないかしら? 思い人の側に異性がいることに冷静でいられる人は少ないと思うのだけど」
「……別の意味で厄介事が起きるな、確かに」
俺としても半ば冗談で言ったことなので真面目に返されても困るが、皇帝に気に入られて皇子に恋敵として嫌われるのは想像しただけでも嫌な展開だ。
やはり、エヴァンジェルについては慎重に扱うべきだろう。
――個人的には好ましいんだけどなぁ。
「それに皇子様に見初められたら色々と困るし……私としてはそうでない方が助かるかな」
「ん? なんで? まあ、栄誉なことじゃないか?」
まあ、平民と皇子なんて現実的に考えて無理そうではあるが。
しかも、第一皇子とか……。
「えっ、だってアルマンのお嫁さんに良いかなって」
「ん、ぐふっ」
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