第六十五話:細工は流々、残るは


 俺がギルバートに話しかけた瞬間、≪白曜の間≫の空気にざわめきが走った。

 色々と噂されているのだろう。

 伺うような視線が一斉に集中したのを確かに感じるが、俺はそれを無視してギルバートに相対する。


「いえいえ、本当にお懐かしい。俺が帝都を離れて十年だから十年ぶりの再会……ああ、いえ、別に離れる際に父上とちゃんと顔を合わせた記憶はないのでもっとか……。はて? まともに顔を見せて貰った記憶に覚えが……十一年前、いや十二、十三年前? 言葉を交わしたのもどれくらいぶりになるでしょうな、父上」


「……私も立場ある人間として会うわけにはいかなかったのだ。だが、遠く離れた場所に行ったとしても息子であるお前のことを忘れたことなど無かった。愛していたよ、アルマン。ああ、勿論、キミもだ。大変だったであろう、我が寵姫であるアンネリーゼよ」


 先制パンチのつもりで笑顔でこれまでの嫌味をぶつけてやるとギルバートはそう答えた。

 ここまで薄っぺらい愛の言葉もないだろう。

 この衆人環視の目でアピールすることしか考えていない。

 利用することしか考えておらず、俺たちに対して気まずさの一つも持っていないであろう態度には感服する。


 ――何だかんだと実際にこうして会うのはどれくらいぶりか……。直接会ったら印象変わるかもと思ったけど、これなら安心だ。


「ああ、愛する二人を辺境の地に送らざるを得なかった運命がどれだけ憎んだことか。私の心はぽっかりと穴が開いたような毎日だった。一日だってぐっすりと眠れた夜は無かった。だが、流石は私の息子だ。よくもこれほどに立派に育ってくれた」


 ギルバートが大袈裟に身振り手振りを加えて、捲し立てるほどにシルバーブロンドの髪がその動きに合わせて揺れた。

 ふと、その髪が自身の髪とそっくりの色をしていることに気付き、俺は不愉快な気分に満たされた。


「こちらに来て顔を出さなかったのは恥ずかしかったのだろう? 気にすることも無いというに。アルマンよ、お前は私の誇りだ。領主として過ごしてきた日々をこの父に教えておくれ、そしてこれからのことを親子仲良く話し合おうではないか。より良い関係を築いて共に繁栄しようではないか」


 こちらの目が冷えていってることのに気づいていないのだろうか、ギルバートは周囲へのアピールに余念がない。

 式典一つで一気に立場を固めてしまった俺という存在を、自身の派閥であるかのように喧伝することに必死だ。

 親子という言葉を強調し、仲に問題が無いと訴えかけるように大袈裟なまでに振る舞う。


 やりたいことはわからないではない。


 ――とはいえ、それはまず俺たちを懐柔出来てからするべきじゃないか? ……ああ、いや、そうかコイツにとって俺たちは所詮は道具でどうにでもなるという前提があるからか。


 俺が上手くギュスターヴ三世に取り入ったとギルバートも認識しているのだろう。

 それ故に焦っているし、逆に取り込むことが出来ればシュバルツシルト家は安泰であるという欲目も出てきた。

 だから、こんな薄ら寒いことも言える。


 ――俺がお前に対して反発を持っていることを理解はしても、なし崩し的に状況を作ってしまえば黙るだろう……そう考えているのか。


 徹頭徹尾、下に見られている。

 ギルバートからすれば一時興味を引かれて遊んだ女とその間に生まれてしまった息子でしかない。

 野垂れ死んでいれば恐らく顔も名前も忘れていたであろう存在だ、当然のことかもしれない。


「やあ、アンネリーゼ。キミは相も変わらずに美しい。出会った時の頃のようだ。アルマンを良く支えてくれた。今夜は我が家で親子水入らずで過ごそうではないか。十年の月日を穴埋めするように……。アンネリーゼ、キミにはドレスを用意しているんだ、そのようなみすぼらしい侍女の格好などしなくていい。今後は我が邸宅で一緒に――」


 俺が話を聞き流していると反応が薄いのを察したギルバートはその矛先をアンネリーゼへと向けた。

 まるであんな過去など無かったように親し気に甘い笑みを浮かべながら、アンネリーゼへとそんなことを言いながらギルバートは手を伸ばした。


 無論、忘れたわけではあるまい。

 だが、から決してギルバートには強く逆らわないだろうと考えておさえにかかったのだ。

 俺への交渉材料になるとでも思ったのだろう、その蛇のような眼つきを見れば肚を見抜くのはわけが無かった。


 瞬間、カッと頭に血が上ったのを奇妙なまでに冷静に自覚した。

 アンネリーゼへと伸びる手をへし折ってやろうかと咄嗟に動きそうになるも、


「失礼」


 それはアンネリーゼがこちらに一瞬向けてきた目つきによって機先を制された。

 そして、アンネリーゼは一言そう呟くと自身の肩に伸びたギルバートの手を払いのけたのだ。


「なっ……?!」


「このような下女にお誘いくださるのは大変光栄ではあります。ですが、私はアルマン様に仕える身の上。この身、この心、この命も全てアルマン様に捧げました故に、アルマン様の許しなく触れられるわけにはいきませんので」


 一瞬呆然としたギルバートの顔が真っ赤に染まった。


「き、貴様……っ! 何をしたのか……っ、私が誰だかわかっているのか!?」


「はい、勿論。ギルバート・シュバルツシルト様ですよね?」


「そうだ! 貴族であるこの私の手を貴族の身分を失った貴様が払うなどと……」


 確かにそれは身分の差を考えれば逸した行動でもある。

 アンネリーゼはただの平民、しかも元は貴族位でありながら平民の身分に落ちた身である。

 貴族位とは明確な身分の差があり、拒絶の意を表すにしてもそれこそ遜って言葉を重ねるしかなく、手を払うなどの行為は行き過ぎた行為だ。

 怒りを買って処罰を受けたとしても当然とも言える。


 とはいえ、


殿


 それはアンネリーゼがただの平民であった場合だ。


「少々、酒に呑まれ過ぎているご様子……夜風にでも当たってきては?」


 アンネリーゼに掴みかからんばかりの勢いで一歩前に出たギルバートに対し、俺は合間に割り込むようにして進み出た。


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