第六十四話:血縁の相対
「……ふう」
「おや、疲れましたか?」
少しだけ溜息を吐いた俺にエヴァンジェルはそう話しかけて来た。
「こういう格式の高いパーティーというのは初めてだからな。人に囲まれること自体は慣れているつもりだったんだが……」
「ふふっ、凄い注目でしたね。それだけ授与式でのことが興味を引いたのでしょう。狙い通りではありませんか」
「まあ、それはそうなんだけど」
――やはり、≪グレイシア≫とは違うな。あそこでは領主である俺が頂点なんだからそれほど気にする必要が無かったけど、こっちじゃそう言うわけにもいかないからなぁ。
貴族同士の会話というのはどうしてあんなに疲れるのか。
俺自身、辺境伯としてここに来ている以上は迂闊なやり取りは今後のことにも影響する。
そうなると神経を使いながら会話をしないといけないが、何分こっちの貴族のことは詳しくなく、更には帝都内でも色々と序列や微妙な上下関係などもあったりしてかなりややこしい。
そこら辺をフォローしてくれたのがエヴァンジェルだ。
具体的に言えば、あそこの派閥は誰それが纏めているから挨拶をするならば誰それに……だとか。
俺が知らない名の貴族が挨拶に来たらそっと耳打ちをして教えてくれたりだとか。
とにかく、色々だ。
エヴァンジェルが居なければあの攻勢を凌ぐことは出来なかっただろう。
晩餐会ということもあり、流石に鎧を外してスーツ姿になっていた俺は少しだけ襟元を緩めて礼を言った。
「本当に助かったよ、エヴァンジェル」
「お役に立てて光栄です、アルマン様。まあ、こちらとしても目的は果たせてましたので」
「俺との親密度の喧伝か? ピッタリ横に張り付いて耳打ちしたりしていたからね」
「ふふっ、単なるアルマン様への好意としてやった可能性も無きにしも非ず。……まあ、狙っていなかったといえば嘘になりますが」
仲間は集めたいが上位は譲らない、そういう牽制のつもりだろう。
あとは着飾ったドレス姿で横に居ることで邪推でもさせてくれれば更によしと言った所か。
「そのくらいは構わないさ。実際、それぐらいこの一件では頼りにもさせて貰ったし、エヴァンジェルのお陰で「娘を嫁に」って連中が引きさがってくれて助かった」
真実かどうかはわからないが、下手に押し込んでこちらの心証が悪化するリスクの方が重いと考えたのだろう。
エヴァンジェルのドレスは肩や背中がむき出して、少しセクシー系のドレスだ。
そんな服装で男の隣に居るとなれば、そう思うのも無理はない。
「やり過ぎじゃないか、その恰好とか」
「おや、似合っていませんか?」
「いや、似合っているけどそういうことではなく……」
「……そうですか。まあ、いいじゃないですか。勝手に誤解する分はこちらが損をすることではないのですし」
「それはまあ、そうだけど」
少し慌てたような口調をしながら、十秒ほどそっぽを向いたエヴァンジェル。
俺はやや疑問を浮かべるもそのまま話しを続けた。
「まっ、兎にも角にも捌けて良かった……想定以上だった。まさか、あんなに一気に来るなんて」
「やはり、授与式の一件が効いたのでしょうね。災疫龍の防具も凄まじかったですが、やはり≪災疫龍の宵玉≫ですね。あれは帝国の秘宝になりますよ」
「秘宝……」
「ええ、帝国の歴史において重要な証のようなものですからね。初めての≪龍種≫を討伐して得た戦利品。それを討った勇士自らが皇帝へと献上された忠誠の証。間違いなくそうなるでしょう。歴史に残りますよ、今回の授与式の一件。もしかしたら、絵画にでも描かれて残されるかもしれませんね」
「実に素晴らしいことです」
「そうか……」
エヴァンジェルの言葉にアンネリーゼは当然だと言わんばかりに頷きながら喜んでいる。
俺としては少し微妙な思いではあるが何とか顔には出さないことには成功した。
「帝国を脅かした災疫龍。その厄災を打ち祓い、その鎧を身に纏い遠き辺境からやって来た≪龍狩り≫の英雄。彼の者は、帝国への忠誠を表すために龍の秘宝を献上する……良い話じゃないですか。話題性抜群。しばらくは帝都はこの話で持ち切りでしょう」
「むぅ……」
――やり過ぎたかな、いやでも中途半端にするくらいには……うん。
「すぐに吟遊詩人が唄にするでしょう。それに本にだって……凝ったものから絵本まで色々と作られるでしょうね。帝国としても権威の喧伝にはもってこいですからむしろ積極的に……」
「…………」
どこかニヤニヤとした表情をしながら顔を寄せてくるエヴァンジェルに、俺はそっと無言で顔を背けた。
その様子を見て笑みを深めるエヴァンジェル。
「それに何よりも陛下があの様子ですからね。きっと今日のことはすぐに帝国中に広まりますよ。多少の脚色を加えながら……ね?」
エヴァンジェルに促されるように視線を向けると≪白曜の間≫の奥、上座と言っても良い場所にギュスターヴ三世は居た。
自慢するかのように≪災疫龍の宵玉≫を家臣に見せびらかしていた。
遠目から見てもわかるほどに上機嫌である。
「陛下自身があれほど積極的に話を広めるとなると、この帝都でアルマン様の勇名が語られなくなる日はすぐに無くなるでしょうなぁ」
「実に素晴らしい! アルマン様の威光が正しくこの帝都に広まる……アンネリーゼは感激ですよ、アルマン様!」
「うぐぅ」
「ふふふ……っ」
歓びのあまり少し地が出始めてアンネリーゼと対照的に表情を歪める俺に、エヴァンジェルは何を思ったのかクスクスと笑い声を上げた。
「本当にアルマン様は……何というか慎ましい方ですね。もっと、威張っても誰も文句は言わないと思うのですけどね、英雄殿?」
「性分というやつなんだ……どうにも苦手なんだ。それでもまあ、時と場合によってやる時はやるさ」
威張るというのは苦手だが、立場上しなければならない時もある。
「おや、では行かれるのですか?」
「ああ、ここまで上手くいった以上は最大限の戦果を得たいところだ」
「……それでは私も」
「いいさ、親子の問題だ。認めたくは無いが……それに巻き込むというのもな」
俺は飲んでいた水の入ったグラスをテーブルに置くと歩き始めた。
後を追うようにアンネリーゼもついてくる。
心なしか強張った気配を感じる。
それに無性に腹が立つ。
「そうですか、それではご武運を」
エヴァンジェルの言葉を背に受けて、俺は≪白曜の間≫の一画を目指した。
そこで閥を形成しているのだろう一つの集団へと歩みより、俺は気安く話しかけた。
「こうして会うのは十年ぶりですね。父上」
「お、おおっ。そ、そうだな……息子よ。そして、アンネリーゼよ」
ギルバート・シュバルツシルトへと語り掛けたのだ。
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