第六十三話:龍の秘宝、それは羨望を引き寄せる
≪白曜の間≫。
そう呼ばれる会場には俺を含め大勢の人が居た。
≪モガメット≫の中でも大きなパーティーを開く専用の部屋なのだろう、開放感に満ちた広さをしており調度品も一流。
立食パーティーの形式のためか無数のテーブルが並べられ、その上には品のいい料理が出されている。
これだけの貴族が集まった場で出されるものだ、美味しければいいというものでもないのだろう、見た目にも工夫が凝らされ芸術品のようだ。
「アルマン様、こちらを……」
無論、飲み物とてただの水というわけにはいかない。
ウェイターの運ぶ葡萄酒一つとっても、きっと恐ろしい値段がするのだろう。
とはいえ、ここで貧乏性を出しても仕方ない。
酒はそこまで好きというわけでも無いが、場の空気というものもある。
俺のそんな考えを察したのか、側に侍っていたアンネリーゼが葡萄酒をグラスに注いだ。
「ああ、ありがとう」
美しい所作で注ぎ終えると静々とアンネリーゼは一歩下がった。
「失礼、それでは――」
俺は少しだけ喉を湿らせ、そして先を争うかのように取り囲み話しかけて来た貴族たちへと向き直った。
◆
レアアイテム、つまりは入手難度の高いアイテム。
大抵のゲームの中ではそういう分類のアイテムが程度の差はあれど存在する。
区分としては様々で入手条件があったり、ゲームの中で入手数に限りがあるとか様々だが、『Hunters Story』においてレアアイテムというのは素材アイテムで発生率の低いアイテムのことを指す。
『Hunters Story』というゲームは狩猟を目的としている。
狩猟には武具や防具は当然として、効果の高い消費アイテムを使いたいなら既製品ではなく、自ら調合する必要だって出てくる。
このゲームにおけるアイテムを一覧にすれば素材アイテムの名前だけで大半が埋まるほど、『Hunters Story』の世界において素材アイテムという区分の存在は大きい。
そして、素材アイテムの入手法なのだが厄介なことに基本的にランダムなのだ。
一つの対象から得られる素材アイテムには複数の選択肢があり、その中から判定で選ばれるという形態だ。
例えばの話だが、俺が少し前にアレクセイとラシェルたちの前で倒した≪オル・ボアズ≫、あの大猪のモンスターならば牙や蹄、毛皮、など複数の素材アイテムを持っており、狩猟した後にその一部を入手できる。
植物系アイテム、鉱石系アイテムなども同じだ。
入手ポイントでは入手する際に判定が入ってそのポイントで入手できる素材アイテムの中から選ばれる。
これらの入手する際の判定はアイテムによって差があり、入手判定において三%を下回るアイテムのことを一般的にレア素材アイテムという。
そして、ギュスターヴ三世に献上した≪災疫龍の宵玉≫もそのレア素材アイテムの一種であった。
三%を引き当てるなんてなんて豪運……と、言いたいところだがゲームでモンスター討伐してもその一部しか素材をゲット出来なかったのは、プレイヤーがただの一狩人でしかなったためだ。
そこの点、俺は領主であり融通が利くし、そもそも単独討伐なわけだからその遺骸の所有権を丸ごと確保して解体したので、ぶっちゃけ運とかではない。
ここら辺はゲームから現実基準になったデメリットが多かった中では純粋にメリットと喜んでいいだろう。
兎にも角にも≪災疫龍の宵玉≫を手に入れた俺だったが正直な所使いどころに困っていた。
鱗や爪、外殻などは十分な量は確保でき、≪災疫災禍≫を作って貰っても余る程度には残ったのだが、≪災疫龍の宵玉≫については一つしか確保できなかったのだ。
フレーバーテキストによれば長い時をかけて体内で蓄積され、物質として生成された力の結晶という内容だったので、一個体に一個しか無いという設定だった。
まあ、臓器みたいなものだと考えればそれほどおかしな話ではないのだが、問題なのはゲームならばそれこそ
何度も戦えるのはあくまでゲーム的なシステム要素によるもので、『Hunters Story』の設定的には≪龍種≫は一体ずつということになっている。
それはこの世界でも同じ。
というか≪龍種≫の同一個体が複数体も居たら、流石に疾うの昔に滅んでいる。
故に災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫は俺が倒した一体で終わり、そう仮定するとして浮かび上がってくるのが≪災疫龍の宵玉≫が本当に一点物のアイテムになってしまったということだ。
他の災疫龍を倒して確保することは出来ない。
というかそんなの居て欲しくないのだが、それはともかく。
補充がきかないレア素材アイテム……そう考えてしまうと俺は活用法について躊躇してしまった。
無難に考えれば≪災疫龍の宵玉≫を素材として必要とする武具がいくつかあるのでその内の一つの材料にしてしまえばいいのだろうが、やはり補充がきかないレア素材アイテムだという事実が足踏みをさせた。
俺が特に固有の武具種に拘りがなかったのもあったので、そのまま一旦棚ざらしにしてどの武具の素材にするのか改めて考えようと保管していたところ――今回の話が来たのだ。
授与式の話を聞いて俺が一番に考えたのは災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫の遺骸についてだった。
特に何も言ってこなかったし、狩人として当然の行いだと素材の山に変えてしまったが……迂闊だったかもしれない、と俺は焦った。
独力で倒したのだから文句を言われる筋合いは無いのだが、世の中そんな道理だけが通るわけではない。
――勲章の代わりに遺骸の引き渡しを命じられたらどうしよう。もう全部、バラバラにして大半を使ったと言えば許されるかな? いや、その場合だと≪災疫災禍≫を寄越せと言われるかも……それは嫌だなぁ。そうなると……あっ、そうだ。
そして、思いついたのが使いどころに悩んでいた≪災疫龍の宵玉≫をこちらから引き渡す手だった。
レア素材アイテムであることには変わりないし、見た目も宝石みたいで美術的な価値もありそうだ。
それにどうせ渡すなら言われて渡すより、言われる前に渡した方が印象も良いに決まっている。
ついでに帝都での立場を確立するために、授与式の中で俺は≪災疫龍の宵玉≫を献上することにした。
結論から言えばその作戦は――
「やあ、ロルツィング辺境伯。まだ、いやはや……ああ、申し遅れました私は男爵家の――」
「先程の鎧姿、惚れ惚れしました。勇壮にして無比、英雄とはかくあるべし。ああ、今の服装ももちろん似合っていますとも。私は帝都での工業系ギルドを営んでいる――」
「失敬ですが、ロルツィング辺境伯はまだ奥方様は? ほう、まだですか? いえ、実は私の娘がちょうどお似合いの年の頃でして――」
この様子を見れば一目瞭然なように大成功した。
≪災疫龍の宵玉≫を献上されたギュスターヴ三世はとてもわかりやすいほどに喜び、俺を褒め称えるとご機嫌な様子で授与式を終わらせ、そして≪白曜の間≫における晩餐会を開いた。
本来であれば貴族位しか参加できない決まりとなっているというのに、アンネリーゼとさらに何故かエヴァンジェルの参加も許され、二人もまた俺のすぐそばに。
それはギュスターヴ三世の気まぐれが、事情を知っていたから気を利かせたのか……それはわからない。
ただ、周囲で見ていた貴族たちの目には俺がたいそう上手く皇帝へと取り入った男と認識されたのは間違いないだろう。
その結果がこれだ。
皇帝陛下のお気に入り、というのはやはり帝都において十分な後ろ盾になり得るらしく、彼らは俺に接触を図ってきたのだ。
周囲に出来た人垣の向こうでシルバーブロンドの髪をした男が憎々しげにこちらの様子を窺っているのが見えた。
我が今生の父である、ギルバート・シュバルツシルトだ。
――さて、あと一つ。やるべきことがあるけど上手くいくかどうか。
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