第六十二話:勲章授与式にて



 ただ前に進む。

 それだけで人の波は割れ、俺は無人の野を行くかのように≪黒曜の間≫を横断する。


 ヘルム越しに見えるどの人物の顔も驚愕に染まり……いや、もっと言うなら頭がおかしいのではないかと言いたげな視線が向けられていた。


 当然と言えば当然だろう。

 この世界の人類社会において最も尊く、そして格式の高い場所である≪モガメット≫の中で狩人防具を着こんだ状態で歩いているのだから。


 ――母さんにしろ、エヴァンジェルにしろ、をやるってことを伝えたら引き攣っていたからな……。


 服のような防具ですらない、完全な鎧の形の防具。

 ドレスコードという言葉を完全に無視した格好。


 普通なら咎められて当然。

 そもそも≪黒曜の間≫に入れていること自体がおかしなことだ。


 だが、それを可能にした理由は身に纏っている防具――≪災疫災禍≫にあった。


 名前からもわかる通り、この防具は災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫の素材から作られたものだ。

 そして『Hunters Story』では武具や防具などの説明文に簡単なフレーバーテキストが設定として存在しているのだが、≪災疫災禍≫は「死へと至る疫病を振りまく災厄の龍。その力を纏いし鎧は常に死の気配を放ち、生者に怖れを与える」というものがある。

 あくまでも『Hunters Story』の中ではただの設定でしかないのだが、この世界においてはフレーバーテキストもそれなりの意味がある。

 事実、アンネリーゼやエヴァンジェルなどは≪災疫災禍≫に対して、言葉に出来ない拒絶反応を示していた。

 一方で≪グレイシア≫の狩人たちは特に変な反応を見せなかったことから、そこまで絶対的なものではない。

 ただ、推論としてその反応の違いが「死の気配」とやらへの耐性の違いだったとしたら、俺の様子を見て怯えたように口をつぐんだ≪黒曜の間≫の貴族たちやここに来るまでに出会った衛兵の様子にも説明がつくというもの。


 モンスターの脅威が遠く、平穏に慣れた帝都の人間にとっては≪災疫災禍≫の纏う気配は些か刺激が強すぎたようであった。


 俺は突き刺さる視線をすべて無視して玉座に座る皇帝ギュスターヴ三世の元にまで辿り着くと、片膝をつき臣下の礼を取った。


「陛下、本日はお招きいただきましてありがとうございます」


「う、うむ」


 そんなこちらの様子にギュスターヴ三世はハッとしたかと思うと、一つ咳払いをすると表情を取り繕った。

 人がこれだけいるにもかかわらず異様な静けさの空気のまま謁見は始まった。


「辺境伯こそ、よく来たな。砂漠越えは大変であったであろう。すまぬな、急に」


「いえ、そのようなことは。このような栄誉な場を用意していただき、恐縮の限りです」


「おお、そうかそうか。だが、気にすることはないぞ。其方の為した功績を考えれば当然とも言える。何せこの帝国の長きにわたる歴史において、数々の英雄あれど勝るとも劣らない偉業。むしろ、時間がかかったことを申し訳なく思ったぐらいだ」


「はっ」


「それでその……なんだ。その姿は……? 身の毛がよだつ気配を纏ったその鎧姿は……」


「失礼ながら私は辺境の地にて長く、帝都での礼儀や慣習などにも疎く……どのような姿で参上仕るべきか思案した末、此度の式典が災疫龍討伐の功績を称するものということでこの姿が相応しきかと愚考をしました。お目を汚したとすれば、ここに謝罪を……」


「いや、よい。それよりもその鎧姿が相応しいと申すということは……つまりはそういうことなのか?」


 興味津々という風に尋ねてくるギュスターヴ三世に俺は少しだけ戸惑った。


 ――思っていた皇帝のイメージとはだいぶ違うな……もっと厳格な人物を想像をしていたんだけど。


 意外ではあったが悪くはない。


 ――むしろ、俺……というより、にそこまで興味を持って貰えているのは実にいい。


 そんな内心を隠しつつ、俺は答えた。




「はい、その通りです。これなる鎧は災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫の遺骸から作られた物。我がロルツィング辺境伯領で随一の鍛冶屋であるゴースという者が鍛え上げし防具、名を≪災疫災禍≫と言います」




 俺の言葉に≪黒曜の間≫内が一斉にざわめいた。


「あれが伝説の災疫龍の……」


「確かにそうであるなら相応しき装い、か?」


「いや、しかしかと言って陛下の御前に現すにはいささか無粋に過ぎるのでは? これだから辺境の者は……」


「しかし、そうであるならこの世に二つと無い一品であることもまた確かだ」


 ざわめきの中での貴族たちの会話が俺の耳に届く。


 ――好意的な反応は半々……ってところか。まあ、普通に考えて戦装束で皇帝陛下の前に出るなんて無礼討ちされてもおかしくない所業だからな。


 そんなことは無論、俺としても百も承知。

 それでもする必要性があった。


「おおっ、これがあの……なるほど、見ているだけで怖気が奔るような気配。これまで見たどんな名品、一級品の鎧とも違う。見よ、フィオよ」


「正しく……このような防具見たことがありません」


 ギュスターヴ三世は興奮した口調で側に立つ、貴公子という言葉の似合う容姿をした人物へと話しかけた。


 ――フィオ……確か第一皇子の名前だったような。いや、皇帝の側に控えることが出来ている時点で確定か。


 予定では皇子も参加するという話は無かった気もするが見た感じだと反応も悪くない。

 食い入るように≪災疫災禍≫を見つめている。


 いや、皇帝と皇子だけではない。

 ≪黒曜の間≫の中に居る全員の意識が、怖気が奔るような気配を放つ≪災疫災禍≫に引き寄せられている。



 



 俺という存在はこの帝都で立場が強くない。

 辺境伯という爵位もあくまで俺個人ではなく、ロルツィング家に与えられた者であり、更に遠く辺境過ぎて帝都との政治的なつながりも薄いため、名こそあれど実はない状態。

 今回の≪龍狩り≫の話題とて、モンスターの脅威に対する危機の薄い帝都の貴族たちの間では、一過性の話題で終わってしまう可能性がある。


 だからこそ、強烈な印象を残す必要がある。


 とはいえ、全く知らなかった帝都での礼儀作法を学び、小利口にまとまってこの授与式に挑むのは悪手だと俺に思えた。

 どのみち、付け焼き刃では限界もあるし、下手に大きく見せようと背伸びをした心胆を見抜かれてしまえば逆に侮られる要因ともなる。


 ならば、重要なのは貴族としてのアルマン・ロルツィングではない、≪龍狩り≫の英雄アルマン・ロルツィングを活かすのが一番手っ取り早い方法だと俺は考えたのだ。


 そして、英雄として振る舞うならば少しぐらい突拍子もない行動を取るべきだ。


 それこそ、世界で二つと無い≪龍種≫の素材で出来た防具を身に纏い皇帝の前に現れる……インパクトとしては十分と言えるのではないだろうか。

 ≪災疫災禍≫の放つ気配によって、子供だろうとこれが通常の防具とは一味違うのが理解できるのも良い方向に転んだ。


 俺は臣下の礼を取りながらギュスターヴ三世と言葉を交わした。

 交わしたと言っても軽い雑談のようなもので、内容は主に≪災疫事変≫の詳細についてのもの。

 事件自体の概要については知っているはずだが、俺の口から聞きたいのだろう。


 やや興奮した顔で尋ねてくるギュスターヴ三世に対して、俺は多少の脚色を施しつつも真摯に答えた。

 ギュスターヴ三世は冒険譚を聞く子供のような顔でそれを聞いており、そして俺は背中に感じる視線や気配にも似たようなものが混じっていることに気付いた。


 ――上手くいったかな……?


 危険を冒してまで証拠となるような防具に身を包んで現れたのだ。

 俺の言葉を疑う者は居らず、≪黒曜の間≫に集まった貴族たちに英雄としての印象を与えられたはず。


 ――そして、切り札はもう一つある。


 尚も話を続けようとするギュスターヴ三世をフィオ皇子が抑え、俺はありがたい言葉と共に豪奢な勲章を渡された。

 俺はそれを受け取ると間髪入れずに返した。



「有り難く頂戴いたします、陛下。つきましては私からも陛下に……そして、帝国に対して献上したい物があります」


「ほう? 何だというのだ、辺境伯よ」


「こちらをお納めください」



 俺は懐から小箱を取り出すと、中が見えるようにその蓋を開いた。


 その中にあったのは一つの宝玉。

 見たこともない吸い込まれるような宵色の輝きを放つ玉石。

 その名は――


「こ、これは一体……っ!?」


「これなるは災疫龍の心の臓より見つかった世にも珍しき宝玉――≪災疫龍の宵玉≫」


 俺はただ静かに掲げた。



「我がロルツィング家の陛下への、そして帝国への忠誠の証としてお受け取りください」



 効果は劇的だった。



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