第五十九話:夕焼けの下で
結局のところ、小一時間ほどは二人の淑女に俺は玩具にされる羽目になった。
女子の押しの力を舐めていたと言わざるを得ない。
――いや、まあ、見かけは同じくらいに見えるけど実際は母さんの方が年齢は二回りくらい上なんだけどなぁ……こうしてみると同い年できゃいきゃいやってるように見えるけど。
「アルマン様、何か変なことを考えましたか?」
「あっ、何でもないです」
前を歩いていたアンネリーゼが唐突に振り向いて言った。
咄嗟に視線を逸らして言ってみたもののジトっとした視線に、俺が不埒なことを考えていたことは筒抜けの様だった。
僅かに冷や汗をかく。
「もうっ」
「ふふふっ、相も変わらず仲の良い」
そんな俺たちの様子を見ながら悪戯っぽそうにエヴァンジェルは微笑んでいる。
どうにもこの少女には数日の付き合いで色々と見せてしまったような気もする。
ここが地元である領から遠く離れた場所で、俺にしてもアンネリーゼにしても領民の眼が無いというのが少し気を楽にしていた。
そして、エヴァンジェルは確かにこちらの立場を立てた上で対等に振舞ってくれる女性で、とても話しやすい相手であったのが幸いであった。
揶揄い癖のようなものがあって、俺が標的にされているのは困った所だがアンネリーゼも個人的に気に入って、まるで友人の様に談笑している姿を見る分には必要経費だと割り切ることが出来た。
「数日かけて見て回った感想……この街はどうでしたか?」
夕焼けに暖色のレンガの道が反射し、オレンジ色に染まる街を歩いていると唐突にエヴァンジェルがそう尋ねてきた。
俺は素直な気持ちで答えた。
「ああ、いい街だと思うよ。本当に」
個人的に嫌な思いでしかないので苦手意識しかなかったが、連れまわされたことで色々とこの都市の魅力を知ることが出来た。
この街は平和だ。
帝国という枠組みの中では同じのはずなのに、ここまで違うのかと思ったほどだ。
土地によって特色が出るのは当然だし、大陸の交易の中心地として盛んな≪グラン・パレス≫と比較するのも色々と違うのはわかっている。
だが、決定的に違うと感じたのはこの帝都の人間はモンスターを恐れていない。
それがある意味で一番に衝撃的だった。
「モンスターのぬいぐるみや模した菓子があるのはともかく……まさか捕まえてきたモンスターと戦うコロッセウムまであるとは」
「十年前まではあんなの無かったのに……。あっちでの生活になれてこういうの見ると本当に同じ国の中なのかわからなくなるわね」
俺の言葉にアンネリーゼが同意した。
帝都ではそれこそ、一生モンスターを見ることなく生涯を終える市民も決して珍しくない……という話を聞いたことがある。
それにしてもコロッセウムは些か平和ボケが過ぎる気もするが……。
――いや、刺激を求めるのは人間の本質か。俺だって『Hunters Story』というゲームの世界に熱中したんだ。人のことを言えた義理でもない、か。
「帝都の人々を苛立たしく思いますか? やはり、ロルツィング辺境伯領の領主としては……」
「思うところが無いわけではないけど……ただ、≪グレイシア≫も将来的にああなるぐらいに平和に出来ればな、とは思ったな」
命の危機なんて怯えもせず、娯楽として消費できるならそれはある意味では理想だ。
穏やかに暮らす。
それが俺の夢なのだ。
まあ、≪グレイシア≫がそうなるのは俺が生きている間には無理だろうけど。
「歴史を紐解けば帝国だって一から始めて苦難の果てに今に至ったんだ。そこに文句をつけるのは……まあ、違うだろうさ」
「ふふっ、そうですか」
「ただ、ちょっと思った以上に意識にズレがあったのは気になったな。モンスターの脅威が今一つピンと来ていない感じというか……」
「まあ、縁が遠い話ですからね。≪ドグラ・マゴラ≫の討伐についても……授与式の件もあり、栄誉なことであると話題にはなっていますが」
「市民たちはともかくとして、今後のことを考えるとしっかりとしたインパクトは重要だよな。帝都での俺の立場を固めるためにも……」
偉大な功績である、というのは知られてもそれが実感として広まるかどうかは別だ。
何せ帝都とロルツィング辺境伯領は遠いし、モンスターの脅威への認識も薄いとなると折角の≪龍狩り≫の武名も一時世間を賑わせるだけで終わってしまうかもしれない。
それは困る。
気恥ずかしくはあるが使うのならとことん有効に活用したい。
「――あれを持ってきたのも正解だったか」
「全く、あんなものを持ってきているなんて……驚きましたよ」
「手土産ぐらいは必要かと思って。まあ、ともかく明日だな。勝負は……」
「――やるんなら、どうせ派手に≪龍狩り≫のアルマンとして振る舞うとしよう」
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