第五十八話:迫る、授与式。尻目にデート


「アルマン様、アルマン様! こちらを着てみましょう!」


「いえ、こちらもお似合いかと思います」


「なあ、これっておかしくないか……?」


 帝都に来て数日、授与式の準備が着々と進み、その日が迫る中。

 俺はアンネリーゼとエヴァンジェルと共に街を回って遊び惚けていた。


 ――いや、遊び惚けるというのは語弊があるな。これは≪グレイシア≫の今後の都市計画のための視察……そう視察も兼ねているから。


 やましいことではないのだ。

 美味しい食べ物や甘味を食べ歩いたり、工芸品を見て回ったり、帝都で流行っているという演劇を見に行ったりしだけで……。


 ――バレたらシェイラに殺されかねない……かな?


 不安が少しあったので帝都土産は買い込んだ。

 前世とは違ってこっちにはSNSなんて無いのだから、黙ってればバレないとは思うが用心に越したことはない。

 彼女に反旗を翻されると俺は詰んでしまう。


 帰ったら労わなくてはな、と少し遠い目をしながら今の俺はエヴァンジェルに案内された服飾店で二人に着せ替え人形にされていた。


 本日の帝都探索の一環として店に入ったのはいいのだが、何故俺がこんな目に合っているのだろうか。

 とても不思議でならなかった。


「こういうのって普通は女性が楽しむものじゃないのか?」


 正直、アンネリーゼに何かプレゼントしたくて入ったようなものなのだ。

 どうしたって≪グレイシア≫はそういう分野では遅れているし、折角帝都に来たのだから……あと着飾ったアンネリーゼを見たかったという個人的な思いもあった。

 それなのにアンネリーゼは店内に飾られた煌びやかなドレスやアクセサリーに眼もくれず、俺の服を選び始めたのは誤算だった。


「私にとっての正装はこれですから!」


 ふんす、と言わんばかりにメイド服のまま胸を張るアンネリーゼ。

 可愛い。


「…………」


「おや、熱烈な視線を感じますね?」


 それはともかくとして追随して乗っかるように一緒に選び始めたエヴァンジェルに、俺は何とも言えない視線を送る。

 エヴァンジェルは気付いている癖にまるで気付いていないかのようにとぼけた仕草をしながら、改めてまた別の衣装を用意していた。


「男の着せ替えなんてして楽しいか……?」


「ええ、とても。アルマン様の困った顔が特に」


「……俺になんて構わずにエヴァンジェルも自分の服でも選んだらどうだ? キミは美しいからな、何でも似合うと思う。是非とも見たいな」


 俺は次々と持ってこられる服の攻勢を少しでも弱めようと促すが、エヴァンジェルはくすりと微笑を浮かべて答えた。


「私はお抱えの者がいますので、こういうところは基本的に見るだけですね。ああ、でも……」


 スッと流し目でこちらへと意味ありげな視線をよこし、そして囁いた。



「アルマン様が私を好みに着飾りたいというのであれば、付き合うことはやぶさかではありませんが? ええ、例えば気恥ずかしいですが……ああ、あの背中の開いた黒のドレスとかどうです? 好みに合いますでしょうか?」


 どう答えろと。


「……さて、次はどれを着ればいいんだ」


「あら、残念ですね」


 色々と諦めてそう呟いた。

 逃げたことを察した俺に対してエヴァンジェルはクスクスと笑い出した。


 ――思った以上に良く笑う少女だな。


 出会ってから数日の仲だが、エヴァンジェルという少女の素が少しだけわかってきた。

 悪戯好きというか、揶揄うことを楽しむというか、何というか猫っぽい性格のようだ。


「さあ、アルマン様! 次はこちらを着ましょう! きっと似合いますよ!」


 そうこうしている内にアンネリーゼが大量の衣服と共に帰ってきた。

 多種多様なデザインに、同じデザインの色違いなど様々だ。


「……また大量に持ってきたな」


「はい、流石に帝都は品ぞろえが違いますね」


 ――もう持って来ないで、というアピールなんだけど……。


 だが、気分が良さげなアンネリーゼには届いていない。

 平時なら察してくれるのだがテンションが上がり切っているようだ。


「そもそもこんなに試着したところで買えるのなんて数点。着る意味なんて……」


「記録水晶に記録しますから意味はあります」


「……そんなの持って来てたの? 一応、ギルドの私物のはずだけど」


「ガノンド様に頼めばあっさりと」


「あのクソバカ……っ!」



「さあ、アルマン様!」



 アンネリーゼはクリスタルを握り締め、目を輝かせている。

 記録を撮る気満々だ。

 事情を察したエヴァンジェルも新たな衣装を探しに行っている。


 どうやら逃れ術はないらしいと理解して、俺は白旗を上げた。



「どうにでもしてくれ……」



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