第五十七話:ただ餌になることを狩人は良しとはしない
「どういうことですかアルマン様?」
「ある意味、今回の授与式は現状の固定化した東方交易の権益の実情に楔を打ち込める機会ってことさ。……そう言うことなんだろう?」
俺がエヴァンジェルに尋ねると彼女は柔らかな微笑で答えた。
「今回の授与式と交易が……ですか?」
よくわかっていないのか首をかしげるアンネリーゼに俺は説明することにした。
「まず、現状を整理するとシュバルツシルトは帝都における東方交易の権益を抑えているわけだ」
「ふむふむ」
「だから、彼らにとって現状維持こそが望ましい。何もせずともそれを仲間内で回して上手く吸えるようになっているわけだからな。結局のところ、ロルツィング辺境伯領にとって細々とした地方への交易はともかく、大規模な交易となると帝都を噛ませるしかない。色々と足りないものもあるし、そっちの条件が気に入らないから交易しない……なんて選択肢は実際に取るのは難しい」
「それはそうね」
「そうなるとこっちが妥協するしかなく……打てる手は少ない」
仮に別の息のかかってない商会を噛ませたところでシュバルツシルトらは妨害して潰すか、あるいは金で篭絡するなりすればいい。
何せロルツィング辺境伯領と帝都は遠すぎる。
どうしたって直接的な影響力を維持出来ない。
そこら辺を考慮して代官として置いていたはずのシュバルツシルトがこの様なのだ。
時間をかけて帝都に根付いたシュバルツシルトの方が一日の長がある。
どうしたって駆け引きの形勢ではこちらが不利なのは否めない。
「授与式の件が無かったら……の話だけどね」
「えっと、どういうこと?」
「今回の授与式。取りまとめているのは誰だ?」
「皇帝……というか国よね? 改めて評するというか、価値を認めたというか」
「うん、そうだね。国、皇家……そっちにも色々と事情があって今回の一件に繋がったんだろうけど……今はそこら辺の詳しいことはどうでもいい。重要なのは皇家が主導してロルツィング辺境伯領について改めて再評価するようなイベントを開いたということ。それは皇家がロルツィング辺境伯領について興味を持っているということだ」
しかも、ただの興味本位というわけではない。
発展目覚ましいロルツィング辺境伯領の今後についても興味があるのだと俺には察しがついた。
ギルバートたちも同じだろう。
だからこそ、あんな作り話を流しても下に組み込みたかったのだ。
順風満帆な仲であるというのを、授与式のために集まった諸侯の前で行えば、十分な牽制力になる。
いや、むしろ東方交易の発展でさらに得た利潤で、献金でも賄賂でもばら撒けば帝都でのシュバルツシルトの影響力は盤石なものになる。
つまり、チャンスとも言える。
だが、一方で見方を変えれば面倒なことになりかねない部分もある。
ロルツィング家とシュバルツシルト家の仲が険悪であるなんて話が広まれば、その隙をついて東方交易に介入して来ようとする貴族などいくらでも動き出すだろう。
それはシュバルツシルトからすれば避けたいところだ。
だが、皇帝主催の授与式というイベントでは、並み居る諸侯が集まってしまう。
そこで俺が陣頭に立って反シュバルツシルト同盟とでもいえるものを作ってしまえば厄介なことになる。
だからこそのあの態度、俺の首根っこを抑えておきたかったのだ。
そして、おそらくそれは目の前の少女も同じだったのだろう。
「それが望みか?」
エヴァンジェルはにこやかに笑った。
「そちらとしても今回のことは千載一遇の機会だと思われますが?」
「確かに……な。今後の交易、常にシュバルツシルトに
心情的な問題も多分にある。
俺に関しては別にいいのだが、アンネリーゼに対しての行いだけは許すつもりなどない。
とはいえ、俺も領主として領民の生活を守る身だ。
個人的な感情だけで領地の運営に関する物事を動かすわけにはいかないが……。
「その通り、アルマン様には誠実な商売相手が必要だと思うのですよ」
「キミのような?」
「ええ、私のような」
堂々と言いきって見せるエヴァンジェル。
アンネリーゼもようやく理解が追いついてきた表情で話を聞いていた。
要するにこの少女、エヴァンジェルはシュバルツシルトを蹴り落としたいのだ。
単に取り入って東方交易に噛ませて貰うために砂漠を越えたのではなく、俺を陣頭にしてこの機会にシュバルツシルトの影響力を削いで、ついでに帝都におけるこちらの新たな窓口に居座ろうと考えているらしい。
大胆不敵、というかバイタリティに溢れた少女である。
「どうですか、アルマン様。私もそれなりにこの帝都では広い伝手を持っています。必ずや貴方様のお力になるでしょう」
自信ありげなエヴァンジェルの顔から、対抗できる程度には伝手のあてがあることが伺える。
疑問に思うのは二十歳も過ぎていない少女にそれだけの伝手が何故用意できるかということだ。
「エヴァンジェル……キミは一体」
「ふふっ、それは秘密です。さあ、アルマン様……どうしますか? ここで一つ、貴方の得意な狩猟と行きませんか? シュバルツシルトはアルマン様やその領地に対して、益を吸う対象としか見ていません。害を及ぼすことはあって彼らが益になることをすることは無いでしょう」
「なるほど、確かに俺の領地に害しかなさず、益を齎さない存在というのなら俺にとっては……しかし、中々難しいことになると思う」
聞いている話の通りならシュバルツシルトはかなり帝都に根を張っている。
上手くエヴァンジェルが伝手とやらを取り込んだとしても、流れを五分五分にまで持ち込めるかどうかと言った所だ。
「それは……そうですね。厳しくはあると思います。もう一押し、何か強烈な一手があれば別なのですけど……それでも今回の一件を逃せば――」
「ああ、その通りだ。ただ餌になることを狩人は良しとはしない……やってやろうじゃないか」
「アルマン様、よろしいのですか」
アンネリーゼが少しだけ心配そうに尋ねてきた。
それに対して俺は自信をもって答える。
「立派な領主になると決めたからね。領地の今後のことを考えれば避けらない事態だ。積年の恨みもあるしね」
それにエヴァンジェルが必要だと言った強烈な一手、思い当たる節が無いわけではないのだ。
「アルマン……うん、頑張ってね! 私も協力するからね」
「ああ、頼むよ。それじゃあ、一先ずは」
「何から始めるアルマン?」
「――とりあえず、淑女を伴ったデートの続きと洒落込もう」
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