第五十六話:東方交易


 俺は帝都の事情について、あまり詳しくはない。


 この世界における俺の唯一のアドバンテージである前世での知識、『Hunters Story』の知識においても帝都……というより、≪リース帝国≫という存在があくまで世界観設定の一部でしかなく、詳細も特に公表されていなかった。


 そのため、俺はたいして知っていることは無く転生した。


 そして、転生した後は庶子という生まれで自由というものはなく。

 また、自由になったと思ったら最前線送りにされて生きることで精一杯、遠く離れた国のことを調べる余裕も特になかった。

 帝都生まれで育ちのアンネリーゼに何かを聞けば、色々ともうちょっとマシではあったのだろうが、嫌な記憶を思い出させるかもしれないという懸念が躊躇させた。


 そのせいで帝都の中の事情に俺はあまりにも無知だった。


 そんな俺に対してわかりやすくエヴァンジェルは俺に説明してくれた。

 何でも先程の男、アダム・ホフマンという男はホフマン家という一族の人間であるらしい。

 貴族としての地位はそこまで高いものではないらしいが、彼の一族は代々帝都のある役職に身を置く特殊な一族の出だった。


 それが≪東方交易官≫という役職だ。

 その名の通り、帝都の交易に関する裁量をもった役職で、主に適正な交易が行われているかどうか判断し、交易の際に発生した税を帝国へと納めさせることを生業としている。

 ホフマン家はその中でも≪東方≫、つまるところロルツィング辺境伯領と帝都の交易を所管していた。


 それがシュバルツシルト家とホフマン家の蜜月の始まりだったという


 元は本家であるロルツィング家の分家でしかなったシュバルツシルト家。

 交易の効率化のために代官のような立場で帝都へと飛ばされたシュバルツシルト家は、交易の際の上前を本家に気付かれないように撥ね、そしてその金で適当な貴族の地位を買ったり、賄賂を贈ったりと着々と本家の目の届かない帝都で、彼らは独自の影響力を伸ばしていった。


 その一つがホフマン家だ。

 一族で≪東方交易官≫という役職を賜っている彼らをシュバルツシルト家は陥落させ、そして手中に収めたのだ。

 シュバルツシルト家は金の卵であるロルツィング辺境伯領との交易に、他の奴らが介入してくることを嫌がった。

 だからこそ、所管の交易に関することならば口を挟める権限を持つホフマン家を抱き込んだのだ。


 そうすれば他家への牽制にはなるし、あるいは……。


「ホフマンが介入し適正な交易ではないと難癖を付けられれば無理矢理に値段を引き上げられる……その可能性は高いのです。そうでなければ交易許可の取り消しと振りかざせば……」


「なるほど、厄介だな……だが、そんなにあまりあからさまな介入が出来るのか? 流石にあからかさまに「適正な交易の運用を助ける」ための≪交易官≫が、そこまでの無茶を出来るのか?」


「残念ながらそう言うことには手抜かりの無いのが、ギルバート・シュバルツシルトという男で……あっ、失礼」



「「いえ」」



 ギルバートの名前が出て瞬間、俺もアンネリーゼも形容しがたい表情になってしまったがエヴァンジェルに続けさせた。


「まあ、要するに賄賂ですな。ばら撒くところにはばら撒く、そういう男なのです。流石に限度はあるでしょうが……」


「ある程度は見て見ぬふり……か」


 ――あのホフマンの言葉、嘘では無かったんだな。


「なるほど……な。あの様子を見ればわかる。どうにもこっちを支配下に置きたいって下心が見え見えだった。嫌がらせの一つや二つして来てもおかしくはない。……交易品の価格を無理矢理吊り上げることぐらいはしてきそうだな」


 流石に公職である以上、あからさまに潰すようなことは出来ないし、そもそもロルツィング辺境伯領は彼らにとって金の卵を産むガチョウだ。

 故に絞め殺すことはないだろうが……。


「苦しめて屈服を強いてくる。あの男のやりそうなことね」


 吐き捨てるようにアンネリーゼはそう言った。

 アンネリーゼは身を以て知っているからだろう。


 ギルバートという男は脅しを脅しで終わらせない人物だ。

 を平然と許容し、自身の都合の望むままに物事を押し進めようとする。

 一人の珍しい女を手に入れるためにその実家ごと無茶苦茶にする程度はやる男なのだ。


「東方からの交易、そしてその卸先……大抵はシュバルツシルトの息がかかった者たちが関わっている。……というより、シュバルツシルトの意にそぐわない者を排除し、意に沿う者たちだけにしたというべきでしょうか」


「要するに東方交易……こっちとの交易に関することに強い影響力を持って独占体制を取っているということか。由々しき事態だな……そこまでガッチリと権益の保持しているとなると新規の参入というのは……」


「かなり難しいですね。条件さえ整えてしまえば参入すること自体は帝国法によって定められていますが、シュバルツシルトの息がかかった商会などが歩調を合わせて妨害を仕掛けてくるので」


「大抵が潰されてしまう……と」


 既得権益が完成してしまっているわけだ。

 シュバルツシルトを中心として帝都における東方交易関係は、完全にスクラムが出来上がっていると考えてよいだろう。


 厄介な話だ。

 個人的な感情を抜きにして公正に機能しているのなら、こちらとしても付き合うのは吝かではないが相手は明らかにこちらを下にして関係を築こうとしている。


 対等な関係としての交易ならともかく、足元を見てむしり取ることしか考えていない相手との交易など領主として許容が出来ない。

 とはいえ、帝都側を完全に既におさえられている以上、出来る手段は限られている。


「……普通、そんな一部だけが甘い蜜を啜るような行為は他の貴族から反発されないか?」


「有力そうな貴族や権力者には付け届けをしていますし、そもそもが東方交易はかなり不安定な取り扱いものでしたからね。そこら辺を考慮してあまり反発はされなかったのでしょう。ただ、アルマン様の活躍によってロルツィング辺境伯領の安定と繁栄し、東方交易の価値は上昇、最近では改めて注目を集め始めたところに――今回の授与式です」


「なるほど……そういうことか。どうりであの態度か」


 俺はおおよその事態を呑み込めた。

 ホフマンの態度もそしてエヴァンジェルがやりたいことも。

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