第五十五話:それはひんやりと冷たい郷愁の味
「冷たくて美味しい!」
「でしょう? それにその味は新作なんですよ。品種改良に成功した苺をたっぷりと使って……如何ですか?」
「ちょっと酸味が強いけど癖になるかも……」
≪グレイシア≫とは違う、風情と温かみを感じる橙色の煉瓦造りの街並み。
俺たちに配慮したのか、一番人の多い大通りからやや外れ、人通りも落ち着いた通りの一角。
そこの名物である氷菓子をエヴァンジェルとアンネリーゼはきゃいきゃいと言い合いながら食していた。
「アルマン様もいかがですか?」
「ん? ああ、じゃあ、貰おうかな?」
「では、僭越ながら……はい、あーん♪」
そんな二人を眺めていると不意にアンネリーゼが尋ねてきたので、俺は何も考えずに了承したがそうすると彼女は嬉々とした顔でスプーンを突き出してきた。
普通に外なのだが、ここが異国の国で身分を隠しているという状況に侍女としての立場が剝がれているようだ。
というかすぐ傍にエヴァンジェルも居るのだが、彼女は彼女で興味深そうな顔をして眺めている。
――あっ、いや、違う。さては楽しんでいるな?
恥じらいを察したのか素知らぬ顔をしているが、その瞳が面白がるチェシャ猫のように細くなったのを俺は見逃しはしなかった。
「……あーん」
拒否をして悲しませるのも本意では無い。
俺は気にしてない振りを装いながらアンネリーゼが突き出したスプーンを口に含んだ。
ひんやりとした冷たさ、スッキリとした酸味と共に甘さが口いっぱいに広がった。
「美味しい?」
「んっ、良く冷えていて美味しい」
俺はそう答えた。
帝都では一般的なこの氷菓子は前世で言うとアイスクリームに近い。
ロルツィング辺境伯領だとまず味わえない甘味で、その味にどこか懐かしさを感じた。
「ふふっ、それは良かった。≪クリース≫はこの帝都での定番と言ってもいい菓子ですから、アルマン様たちには是非とも食していただきたかったのです」
「本当にね。懐かしい……昔はよく街を回る時に食べたっけ」
「氷菓子、か。……≪深氷石≫がなぁ。欲しいとは思うんだけど」
≪深氷石≫、とは鉱石アイテムの一種だ。
『Hunters Story』の中では多くの素材アイテムの内の一つでしかないが、この世界の生活分野において地味に重要な力を持っていたりする。
フレーバーテキスト内において、「常に氷のような冷気を帯びた鉱石」と記されていたからかその通りの性質を持っており、それを利用して物を冷やしたり、冷蔵庫のようなものを作ったりもできるのだ。
≪クリース≫はそれを使って作られているのだろう。
そして、市民には少し値が張るとはいえ帝都内でこれだけ定番になるほどに広まっているということは、それだけ≪深氷石≫も市内に流通していることを示唆している。
「羨ましいことだ」
はあっ、と少しだけ俺は溜息を吐いた。
≪グレイシア≫にはそこまで≪深氷石≫は流通していない。
ロルツィング辺境伯領内の安定的に稼働している鉱山では≪深氷石≫が採掘されないのだ。
≪深氷石≫はその性質上、産出される場所が限られる鉱石アイテムだ。
ゲームでは≪グレイシア≫の北の山岳、その上層部の雪に覆われたフィールドで採掘していた。
だが、現実には狩人に任せるにしても往復の移動時間、アイテムボックスがないことを考慮するとコストパフォーマンスを考えて諦めるしかなかったのだ。
そして、自領での採掘が安定的な供給が不可能となると後は輸入という手段になるしかないが、≪深氷石≫の需要はそれこそいくらでもあると言っていい。
僻地であるロルツィング辺境伯領の交易に回ることはなく、あっちでは非常に珍しいものとなっていた。
仕方のないことだとはわかっているのだが……。
――けど、こうやってアイスクリームを久しぶりに食べると……。
「≪深氷石≫……こっちに回すことは出来ないかな?」
「ははは、それは……少し、難しいですね」
エヴァンジェルは困ったように表情を変え、アンネリーゼも苦言を呈するかのように顔をしかめた。
「……アルマン様。常に民のことを考える真面目で誠実なところをアンネリーゼは美点だと思っていますが、時と場合を考える必要もあるかと」
「うっ、すまない」
ホフマンとの一件の後、気分を切り替えようとこの店に甘味を食べに来たというのに、仕事の話をするのは確かに少し空気が読めていなかったのかもしれない。
アンネリーゼの目も半眼だ。
たぶん、もっとこう普通に味の感想とかを言い合ったのだろうと察し、俺は二人に対して素直に謝った。
それに対してエヴァンジェルは苦笑して返した。
「いえいえ、構いませんよ。商売の話をしてくれる分にはこちらとしても頼られているようで気分がいい」
「まあ」
「ただ、やはり≪深氷石≫については難しいですね。伝手を頼れば確保自体は不可能ではないと思いますが……」
「むっ……輸送料かな? 流石に割増しになるのは想定はしているけど」
「……いえ、仮に交易するとして、恐らくはアルマン様が想定している二、三割増しの代金になると思われます」
「どういうことかしら?」
エヴァンジェルの口ぶりにアンネリーゼが尋ねた。
ただ単に輸送費がかさむというだけではないかのような言い方だった。
「先ほどあったホフマンの一族、そして――シュバルツシルトの介入が恐らく行われるからです」
エヴァンジェルは重々しく口を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます