第五十四話:悲しき父、そして夫であるギルバート……という話


 少し呆気にとられた表情を見せたホフマンだったが咳払いをすると笑顔を張りつけ、俺に話しかけて来た。


「とにかく……まあ、そういうことで。ええ、私は個人的にもギルバート様とは仲の良い関係でしてな。貴方のことも良く存じ上げておりますともアルマン様」


「…………」


「ギルバート様も大変心配しておいででした。ロルツィングの正統が途絶えかけ、危機に瀕した辺境伯領を立て直すため、特別な寵愛を与え隠していた寵姫であるアンネリーゼ様。そして、その有り余る才能の片鱗を露わにしていたアルマン様。共に帝国の平和のためとはいえ、危険な辺境伯領に断腸の思いで送り出したお気持ち……いったいどれほどのものだったか!」


 ――嘘を言うな、嘘を。


 芝居がかったオーバーなアクションで話し続けるホフマンにそんなことを言葉を言いそうになるのを、俺は理性をかき集めて何とか抑え込んだ。

 この十年で手紙の一つも寄越さなかった癖にそんなこと言われても困る。

 チラリと目をやるとアンネリーゼも半眼でホフマンのことを眺めていた。


 そりゃ、そうもなるだろう。

 だが、恐らくシュバルツシルト家はなのだ。


「貴族としての義務として血を分けた子を危険な地に送る所業。それにどれほどギルバート様は胸を痛めたことか、恥により手紙一筆を書くことも出来ず、無常を嘆くばかり……だが、そんなギルバート様の心配をよそにアルマン様は無事にこのように大きく育ち、そしてその功績は遠くこの帝都まで」


 エヴァンジェルに少しだけ眼を向けると彼女は気付きそして肩をすくめた。

 どうやら初めて聞いた話のようだ。


「話には聞いています。勇敢にも自らも剣を取り勇猛果敢に戦う勇士であり、そして此度の栄誉の授与へとなった。大変素晴らしい、貴方はシュバルツシルト家の誇りと言える。まさか龍種を討伐するとはいやはや……」


 そう褒め称えるホフマン。

 だが、俺はその眼に宿る嘲りの色を見た。


 文化人を気取った帝都の貴族にとって、モンスターと武具を持って戦う狩人など卑賤の仕事。

 仮にも辺境伯の地位を持ちながら、そのようなことに現を抜かしている俺など嘲笑の対象でしかない。


 高貴なる貴族の地位、その意味が辺境の蛮族にはわからないのだと嘲笑っているのだろうと検討はついた。

 俺は笑顔でそれを受け流した。


「色々と積もる話もあるでしょう、ギルバート様からの招待もあります。シュバルツシルトの邸宅で滞在して頂くのは如何かと、こうして足を運んだ次第で……」


「失礼ながら帝都までお連れした責任が私達にはございます故、アルマン様たちへのもてなしはこちらに任せていただければ」


「ははは、何を言うか。アルマン様は辺境伯の身分にして、歴史に名を残す偉業を達せられた御方。粗相があってはなぬ……たかが、新興の商会風情ではなぁ?」


 この場の空気を音で表すならば、「バチバチ」という擬音が相応しい。


 ――なるほど、な。大体の事情は何となく掴めてきた。


 俺はそんな光景を眺めながら、冷静に思考を巡らせて事態を整理する。


 ――ホフマン……いや、正確に言えばホフマンたちは俺たちを手元に引き込みたいようだ。あんな嘘臭い話を言ってまで……。


 巷ではそう言うことにしたいのだろう。

 色々と外聞が悪い自覚はあるらしい。


 ――要するに≪災疫事変≫を乗り越え、≪グレイシア≫の価値が上昇して今更に惜しくなったってことか……。


 そもそもが今回の授与式自体が帝国が改めてロルツィング辺境伯領の価値を認め、そして箔を付けるためのもの……ともいえる。

 エヴァンジェルのように率先して接触を図ってくる者だって現れてきた。

 そうなると今までは伝手がなく、仕方なくも帝都のシュバルツシルト家を噛ませなければ上手くいかなかった交易利権。


 それに変化が現れるかもしれない。

 そう考えたのだろう。


 ――それは実際に正しい。他に窓口が出来ればと何度も思ったからな……。今更慌てるぐらいなら支援の一つでも送ってくれば良かったのに、この十年で一切の支援も送って来なかったのは何処のどいつだっての……っ!


 恐らくはこっちが泣きついてきたからで十分だと考えていたのだろう。

 所詮は庶子だというのも影響したのかもしれないが、俺が頼み込んでシュバルツシルト家が支援を行うという構図にし、それを利用して上手く操る手筈だったのか……。


 だが、運が味方した部分も多いが俺は順調な領地運営に成功した。

 交易も安定化し、むしろ拡大傾向にもなったわけだ。


 ――首輪を嵌めるあてが外れたのは計算外だったかもしれないが、シュバルツシルト家として見れば吸い上げる利益も増えたわけで……だから、現状の維持を選んだってとこか。変なちょっかいをかけて目減りするのも嫌だろうし。


 そうして放置をしていたら≪災疫事変≫が起こり、ロルツィング辺境伯領が注目されるに至って接触を取ろうとしてきた。

 おおよそ、そんなところだろうか。


「どうですか、アルマン様。良ければ商いの話でもしながら、ギルバート様と交えてディナーなど……。我々はこの帝都でもそれなりの影響力を持っております、特に交易の関係ではアルマン様もご存じの通りに少々」

 

 俺の反応が薄いことに業を煮やしたかのようにホフマンは話の水を向けてきた。


「我々が少し声をかければアルマン様のためにお安くして交易を行うことも可能です。ロルツィング辺境伯領だけでは色々と足らないものもあるでしょう? そう、例えば……塩や火薬など」


 視界の端でエヴァンジェルが表情を歪めたのに俺は気付いた。

 それも当然ではあるだろう、にこやかな顔をしながらもホフマンの言っていることは脅しだ。

 交易に介入して値段を下げることが出来るなら釣りあげることだって出来るということ。


 十年かかって発展したとはいえ、ロルツィング辺境伯領というのはモンスターとの最前線の領地だ。

 どうしたって内政はそっちが優先で足りない部分がどうしても出てくる。

 そこをホフマンはついてきたのだ。



 要するに従わなければそこら辺をかき回すぞ、と言外に言っているのだ。



 いい度胸である。

 俺は覚悟を決めた。

 こっちの回答はこうである。


「すまないが十年ぶりの帝都なんだ。俺は街を回りたくてね。謹んで辞退する」


「おや、そうですか? それならばこちらの者を付けて案内させましょう。それならば……」


「ああ、結構だ。エヴァンジェル殿に頼んでいてな、そちらを頼ろうと思う」


「……良いのですかな? 僭越ながら我々とのディナーの意味を理解して――」


「わかってくれ、ホフマン殿。貴公ならわかってくれると思うのだ」


 苛立たし気に言葉を重ねようとするホフマンを遮るように俺は声を上げると、不意に両手をそれぞれアンネリーゼとエヴァンジェルの腰へと伸ばして抱き寄せた。


「きゃっ!?」


「えっと、その……アルマン様!?」


 二人の言葉を聞き流しなら俺は嘯いた。



「男たるもの、見目麗しい淑女を侍らせて街を巡りたいのだ。男であるならわかってくれるだろう?」


「……はい?」



 ぽかん、という言葉が似あう表情を晒すホフマン。

 俺は気にした様子もなく矢継ぎ早に言った。



「そうか、理解してくれて大変うれしい! 招待はとてもうれしかったと伝えてくれ、お誘いについては前向きに検討することを考えるということで……ではさらば!」


「まっ、お、お待ちを……! アルマン様」



 泡を食ったように叫び声をあげるホフマンを尻目に俺はその場を後にした。

 無論、二人を抱き寄せるような恰好のままでだ。





「アルマン様……軟派なのは駄目ですよ?」


「ふふっ、見目麗しい淑女ですか……悪い気はしませんね」


「……勘弁してくれ」



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