第二幕:帝都だぞ、人狩り逝こうぜ!

第五十二話:到着、そして不愉快な出迎え


 千年帝国、≪リース帝国≫。

 この世界における人類生存圏の唯一の帝国。


 その中心であり、心臓部。


 皇帝の居城である白亜の城がある古の都。

 それこそが帝都。


 帝都≪グラン・パレス≫。


 『Hunters Story』の世界において数行しか存在しない。

 だが、確かに存在するこの大陸における最大の都市だ。


「十年ぶりの帰郷ということですが……ご感想はありますか、アルマン様」


 途中で船から降り、そしてしばらくの道のりを馬車に揺られてようやくたどり着いた帝都の地。

 降り立ってその光景が目に飛び込んできた瞬間、俺は圧倒された。


 まず目につくのは人の多さだ。

 大勢の人が集まる十年に一度のドルマ祭。

 その時の光景に匹敵する賑わいがそこにはあった。


 ――何かの祭り……って感じではないな。つまり、この賑わいがということだ。


 ≪グレイシア≫とて十年前とは比べ物にならないほど発展し、人も増え賑わいが増したとはいえ、流石にこれはモノが違うと認めざるを得ない。


 次に目に付くのは街の様式。

 城塞都市としての機能を優先して大型モンスターの襲撃対策の街を囲う城壁、いざという時のために効率よく物資を運ぶための区画整理や大通りの整備など、≪グレイシア≫は実用性を主眼に作られている。

 だが、≪グラン・パレス≫にはそもそも街を囲う巨大な城壁など無く、街並みも実用性というより景観などを意識して建てられているのか、≪グレイシア≫とは全く違う風情だ。


 そして、最後に目に付くのは行き交う人々の特徴だ。

 ≪グレイシア≫では狩人の街と言ってもいいくらいに狩人が当たり前に存在し、軽くふと外を見れば無骨な防具を着こんだ狩人らしき人の姿が目に入ってくるのだが、この≪グラン・パレス≫を行き交う人々の中にはそんな存在は見受けられなかった。

 実用性に富んだ服装を好む≪グレイシア≫の市民とは違い、≪グラン・パレス≫の市民の服装は多様性に富み、文化として色々なファッションを楽しんでいるように見えた。


 ――アパレル産業はロルツィング辺境伯領で後回しになっている産業の一つだからなぁ……。


 他にやることがいっぱいあるだろうと言われればそれまでなのだが、こういう光景を見ると都市としての華やかさというにも繋がるって大事だなと俺は認識した。

 実用性を尊ぶのが間違いだとは言わないし、今の≪グレイシア≫も趣があって魅力のある都市ではあるとは思っているが、やはり文化的な面だと遅れている面があるのは認めざるを得ない。

 俺が前世の記憶という近代的な価値観を持っているのも影響しているのかもしれないが。


「いや、これからだ……これから。余裕も出来たわけだし、ここから積み重ねていけば……」


「えっと、その……そういうことではなく。何か郷愁の念とかそういうものとかは……」


 俺がそんなことを呟いているとエヴァンジェルは困ったような表情を浮かべながら尋ねてきた。


「えっ、あー……なるほど」


 為政者の立場から≪グレイシア≫の今後の改善などに思わず思考が飛んでしまっていた俺は、改めて≪グラン・パレス≫の街並みを見直し――



「いや、特に無いな」


「無いんですか」



 エヴァンジェルが微妙な顔をしている。

 だが、これが素直な気持ちなので仕方がない。


「そもそも、外に出る機会自体がほとんど無かったからな……」


 屋敷の中にほぼほぼ軟禁状態だったため、街並みだって見覚えが無いし思い出だって皆無だ。


「思うことがあるとすれば、微かに覚えている街並みに比べると小さく見えるくらいか……」


 単純に十年前はもっと子供で視点も低かったからどこまでも広大に見えただけなのだろう。


「ああ、わかります。視点が上がるとそれだけで世界が違って見えますね。同じものを見ているはずなのに」


「十年の月日というのだけは感じるな……ただ、それだけだ。郷愁の念も特には感じない。生まれ、そして育った街ではあるはずなんだが」


 ここは俺の故郷ではない。

 帰るべき場所ではない。

 良い思い出も無いし、母であるアンネリーゼは常に側に居た。

 なら、ここには何も残っていないのだ。


「何というか他所の街という気しかないな……ピンと来ない」


「……そうですか」


「アンネリーゼはどう思う?」


 何処か遠い目で街並みを見ているアンネリーゼに問いかけた。

 俺はある意味でこの帝都で過ごしていた時間、それはアンネリーゼとだけとほぼ完結していた。


 だが、アンネリーゼはそういうわけにもいかないだろう。

 本人が言っているように悲惨な時期もあったが、決してそれだけではなかったはずだ。

 家族や友人との幸せだった頃の思い出だってあるはず、簡単に割り切れるものではない。


「…………」


「……アンネリーゼ」


「ん、大丈夫です。正直なところ……よくわからない、かな。懐かしいと思う気持ちが無いわけではない、けど……とても薄い」


 アンネリーゼはふっと表情を緩めた。


「過去になったんだな……過去に出来たんだなって不思議な気持ち。色々なもの全部」


「そうか……」


 俺にそう返すことしか出来ない。

 ただ何処かスッキリとしたアンネリーゼの表情に安堵を覚えた。

 もし仮にアンネリーゼが嫌な記憶を思い出して無理をするぐらいなら最悪そのまま帰ることを考慮に入れていたぐらいだ。


 ――そうならないでよかった。


 心底、そう思った。



                   ◆



「それでどうしますか、これからのご予定は?」


 場の空気を切り替えるようにエヴァンジェルは一つ手を叩くと、俺とアンネリーゼに尋ねてきた。

 確かにいつまでもぼーっと街の様子を眺めているわけにもいかない。


「街を見回りたいな、滅多にない機会だ」


「そうね、私も久しぶりに散策したいわ。私が知ってる頃とだいぶ様変わりしているようだけど」


「それは私の案内に任せてください。≪グラン・パレス≫は私の庭のようなもので、どんなご要望にもお応えしましょう」


「あっ、でも、アルマン様のお荷物が……」


「そちらはこちらの方にお任せください。どのような場所をご要望ですか?」


「ふむ、そうだな」


 式典までにはまだ時間があり、それまでの間は街の中を案内して貰えるように船旅の中でエヴァンジェルと俺たちは約束を結んだ。

 そして、ある程度の計画はアンネリーゼとも練ってはいたのだがこうして≪グラン・パレス≫に降り立ってみると、思った以上に自身の心が浮き立っているのを俺は察した。


 旅行気分なのは否めない。

 だが自分の領地とは違い、ここでは俺の顔を知っている者も少なく、心置きなく気ままな散策が出来るかと思うとワクワクしてしまうのが止めらない。

 もう慣れたとはいえそこはそれ、疲れないわけではないのだ。



「そうだな、だったら――」



 俺が答えようと口を開いた瞬間のことだった。



「おや、街のご案内ですかな? それならばそのようなものとではなく、我々と一緒に回りませぬか? アルマン・ロルツィング辺境伯様」



 そんな声が割り込んできたのは……。



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