第五十話:西の狩人、東の狩人


 俺たちは今、≪アジル砂漠≫を船で横断している。

 前の世界の常識的にはよくわからないことではあるのだが≪砂上船≫というものがあるのだ。

 風を受ける帆と原理は謎だがスクリューで推進力を出しているらしい。


 正直意味が解らない。

 でも、この程度のことをいちいち気にしていたら異世界ではやってはいけない。

 それは軽くスルーするとして、だ。


 その≪砂上船≫にはいくつかの等級がある。

 厳正に決まっているわけではないが個人や少人数で使う小さいタイプ、複数人とそこそこの荷物を運ぶことが出来る一番数の多い中ぐらいのタイプ。


 そして、俺たちが今乗っているような完全に大型の≪砂上船≫だ。

 特殊なモンスターの素材を大量に使うことで実現する、大量の積み荷と人を一気に運べる巨大な船だ。

 ここまで巨大な船だと当然目立つわけで、砂漠を横断しようとすればモンスターを引き寄せるようなものだがそこはそれ、人も大勢乗せられるという長所を利用して多くの狩人だって乗せられる。


「「――だから、どうぞ帝都までの道のりを我が≪暁の星≫商会の船、≪ルキフェル≫でご両人共に寛いでください」……では、無かったのでしょうか?」


「大変……その、申し訳ないことを……」


「アンネリーゼ、そこまでだ。モンスターの生息域を渡る以上、どんな不測の事態が起きてもおかしくない。誰の責任でもない」


「はっ! 申し訳ございません、アルマン様」


 モンスターたちの襲撃をとりあえず、切り抜けた俺たちは船内に用意されていた応接間のような場所でエヴァンジェルと談笑していた。

 部屋に入った瞬間、謝罪の言葉から始まったが俺自身は気にしてはいなかった。

 想定していた通りにならないなんて狩人にとっては当たり前のことだ、誰かに責任を押し付けるような話ではない。

 仮にエヴァンジェルが甘く見た結果、この事態が起きたならともかく船には十分な数の狩人、装備もそれなりの物を用意しており、完ぺきとは言わないまでも一定の効果があるモンスター除けも行っていた。


 所謂、熊除けの鈴に近い。

 ピンガーのようなものを砂の中に放って、砂中のモンスターを遠ざける手法だ。

 それなりの効果はあるらしいのだとか。


 そこら辺を考慮すれば俺としてはエヴァンジェル側は出来ることはやっていた判断する。

 それでもダメな時はダメなのがモンスターというやつなので、俺は別段気にしてはいないのだ。


 ――ただ、まあ、言うことがあるとすれば……。


「もう少し、狩人の質も考慮した方が……」


「いや、その、確かに≪龍狩り≫の英雄からすれば厳しい目にもなるだろうが彼らはきちんとした帝都の金級の狩人で……」


「えっ」


 俺はエヴァンジェルの言葉に少しだけ困惑した。

 彼女の様子からは嘘を言っているようには見えないが、俺の眼にはそうとは見えなかった。


 いや、それなりの訓練と経験を経ているのはわかる。

 だが、彼らの動きは個としての力を重視したの動きではなく――


「どちらかと言えば軍隊、兵士としての動きだよなぁ……」


「……? どういうことですか、アルマン様」


「いや、彼らの動き……悪いとは言わないけど何というか集団行動を前提とした動きだった。しかも、十とか二十人とかその単位での」


「えっ? いや、しかし、そういうものではないですか? モンスターの討伐というものは」


 俺の言葉に不思議そうな顔をするエヴァンジェルの様子に、内心で街の外から移住してきた狩人の言葉を思い出した。


 ――なるほど、砂漠を中心として西と東では狩人の性質が違うと言っていたがこういうことか……。


 ロルツィング辺境伯領とは色々と条件が違い過ぎることが原因なのだろう。


「いや、ロルツィング辺境伯領でそれほど大規模の単位で動員することはまず無いな。それこそ≪災疫事変≫のような防衛戦ならともかく、≪依頼クエスト≫単位で言えばチームを組むとしても最大で四人までだ」


「四人? 何だってまた……いや、そうか、人を雇うにも金もかかるし、ロルツィング辺境伯領とこちらではモンスター討伐の≪依頼クエスト≫の量がそもそも違う……」


「それもあるけど、もっと根本的な理由で四人までと決まっているんだ」


 『Hunters Story』ではそうだったから……という冗談はさておいて、ちゃんとした理由がそこにはある。

 どんなに強いモンスター相手でも囲んで棒でたたくというのは最高に頭のいい戦術だ、リスクを分散できるし少人数でダメージを蓄積させて倒すより手早く敵モンスターを倒せる。


 だが、それはあくまでものみ有効なのだ。


 エヴァンジェルも言った通り、砂漠を境にして西と東ではモンスターの数がまず違う。

 モンスターの支配領域と接しているのだから当然だが、そんな所であまり大勢の狩人を動員するのはリスクが高いのだ。


「モンスターと人間では人間の方が圧倒的に弱い。だから、モンスターの大半は人間をただの餌か、それ以下としか認識していないが狩人は別だ。モンスターの素材からできた防具や武具の気配からかな多少の警戒を持つ。ただの食われるだけの存在ではなく、己を傷つけ得る可能性を持った存在……程度のものだけど」


 それも数が増えてしまえば受ける印象は変わってしまう。

 言ってしまえばモンスターたちを刺激してしまうのだ。


「多数で動けばどうしても目立ってしまうから隠密に動くというのも難しい。仮に≪ゼドラム大森林≫にモンスターを討伐するために多数の狩人を一挙に動員すれば、刺激されたモンスターたちがどこからともなく次々と襲い掛かってくる事態も想定できる。大型モンスターがそこら中に居るからね」


「なるほど、戦力を強化するのに数を増やせば目立つし、要らぬ警戒をされ攻撃の対象になりかねない。それでは戦力が増えたとしても意味がない」


「多対多になってしまえば、人間の方が不利だからね。そこら辺を過去の経験から学んで出来たのが、狩人は最大で四人一組を原則とするルールだ」


 無論、場合によっては複数チームで動く≪依頼クエスト≫だってあるが一単位は変わらない。

 それを基本として連携指針を取るのだ。


「ふむ、モンスターの支配領域と接しているロルツィング辺境伯領ならではといった所か……。噂に名高い多数の大型モンスターが蠢く≪ゼドラム大森林≫をたった四人でしか入れないとはゾッとしない話だ」


「……帝都の人間からするとそう見えるのか。まあ、確かに判断を間違えると死ぬけど危なくなったら少人数の方が逃げやすい分、不測の事態に対処しやすいんだけどね」


「アルマン様も良くお一人で森に入ってますしね」


 アンネリーゼの言葉にエヴァンジェルはマジかよという顔をこちらに向けた。

 どうやらあちら側の常識ではありえないことのようだ。


 ――まあ、≪グレイシア≫でもソロで活動するのは流石に少数派だけど……四人一組でも少ないようだからなぁ。もしかして、ここら辺がロルツィング辺境伯領が蛮族の地扱いされている要因の一つなのだろうか。


 俺がそんな風に常識の差異を分析をしているとエヴァンジェルは気を取り直し話を続けた。


「なるほど、やはり帝都で話に聞いただけではわからないことというのも多いようですね」


「その反応だとやはりこっちのやり方はそちらではあまり一般的ではないみたいだね」


「そうですね、基本的にこちらのやり方としてはアルマン様がお察しの通り、集団による連携によってモンスターの討伐を行うことが基本となっています」


「ふむ、そうか。まあ、それが別に悪いこととは言わないが……」


 むしろ、常識的に考えて極めて真っ当な手段といえる。


「アルマン様の眼からすると彼らは頼りなく見えましたか?」


 アンネリーゼが尋ねてくる。


「単に性質の差によるものだからどちらが良い悪いという問題では無いが……個人として見るなら、少なくとも≪グレイシア≫では金級の資格は取れなかっただろうとは思う」


「厳しいですね」


「あくまで私見だけどね。それに彼らはもしかして帝都周辺から引っ張ってきた狩人じゃないか?」


「ええ、それは確かに」


「だろうね、交易の便数も増えてキャラバンの護衛≪依頼クエスト≫も比例して増えてるからな……急遽となると集めるとそうじゃないかと思った。砂漠に多い状態異常対策も慣れている様子もなかったし」


 そこら辺を考慮すれば及第点程度の動きではある。

 あの量の小型モンスターの群れと接触するのは珍しいことだと船員も言っていた。


 運が悪かった部分は多い。

 とはいえ、ロルツィング辺境伯領を指標にするなら個人としての等級は、実一段階下に見積もった方が実態に近そうではある。


 ――交易に関わっている向こうの護衛の狩人も多いが、これまで大きな問題になってないことを比べると集団連携的な動きは得意なのだろうけど……


 どうにもやはり砂漠を境に西と東では色々と常識やら何やら乖離があるなと俺は感じた。

 今後のことを考えればその違いについてキチンと理解しておく必要があるなと、俺はエヴァンジェルとそのまま雑談に入ることにした。


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