第四十八話:堅固なる城塞都市≪グレイシア≫、大なる≪龍狩り≫の偉業
「ふむ」
「だが、≪災疫事変≫において百を超えるモンスターにも負けなかった城塞都市≪グレイシア≫の堅固さを証明し、そして伝説であった≪龍種≫を打ち破った≪龍狩り≫のアルマンの偉業だ」
「つまり……」
「帝都でのロルツィング辺境伯領自体への眼が変わってきている……ということさ。私はその動きを先んじて一手先に踏み込んだだけさ」
「なるほど」
俺は少し考えこむふりをした。
――さて、と。まあ、何か裏があるのは当然だな。
これでも十年近く人の上に立ってきた経験がある。
その程度のことはわかる。
問題は何処に目的を置いているか、だ。
単に商魂たくましく乗り込んで来た新進気鋭の商家であるなら、俺としても大変に歓迎したい所ではある。
販路が広がる分には言うことは無いし、どうにもあっちの大きな商業ギルドというのはどこぞのひも付きばかりだ。
今までの量ならともかく拡大をしようとなると色々と難しいものがある。
――それにエヴァンジェルの言葉が正しければ、帝都の奴らはこちらの価値を改めて来ているということだ……。
例えるなら今までは旨味こそあれ、たらふく食べるには毒にあたるかも……と思われていた蜜が、思っていた以上に安全そうだと評価を改めたってことだ。
だとすればどうするか、食える限り食おうとするのが人の性だ。
ロルツィング辺境伯領から輸出されるモンスター素材やアイテム素材、希少鉱石などにはそれだけの価値がある。
領主としての贔屓を抜きにしても正当な評価だと俺は思っている。
――その正当な評価を帝都の側にされるのは嬉しいが……そうなると厄介だな。
これから、彼らが色々と本格的にこっちにアクションを起こしてくる可能性が高い。
友好的な分には問題ないし、ビジネスライクだってどんと来い。
だが……。
――俺の貴族の基準ってギルバートの奴だからなぁ……。
正直、外のことには俺は疎いといえる。
伝手が無いのだ。
いや、有るには有るのだがそれがシュバルツシルト家という……。
個人的には最初から敵である。
さて、どうしたものかと俺が思ったあたりでエヴァンジェルは唐突に口を開いた。
「アルマン様、私たちはもっと力になり合える関係になれると思うのです」
「ほう……例えば?」
「ふふっ、そう焦らずとも……。仲とはもっと時間をかけて深めていくものですよ。そうですね、具体的には帝都のエスコートとかは如何でしょうか? 御母上様との帝都への十年越しの凱旋。とはいえ、色々と勝手が違い大変なこともあるでしょう。帝都のことなら私にお任せいただければ……」
俺の中でエヴァンジェルへの評価の警戒度が上がり、同時に利用価値もが上がった。
こちらのことを思った以上に調べ上げた調査能力に驚き、そして何より「帝都のことなら任せろ」というのは要するに情報の提供だ。
こちらが求めているものなら出す用意があると言外に言っているのだ。
「言っておくが砂漠越えを考慮して、日程に余裕をもって早めに出ることになるが?」
「構いませんとも。もっと、この≪グレイシア≫を隅々まで見たかった気持ちはありますが、領主様と仲を深める方が利益になる……商家の浅ましい考えを笑ってくれると嬉しい」
「そんなことはないさ、本当の商家ならそれぐらいがちょうどいいというものだ。変に取り繕うより、小気味いいというものだ」
「まあ」
「それに貴方様ほどの美貌の方と旅を一緒に出来るとは、こちらとしても嬉しい限りで」
「ふふっ、お上手ですね」
俺とエヴァンジェルの間の空気が霧散した。
言葉にこそしていないが、どちらにとっても一先ずの妥協点が見つかったことを互いに察したのだ。
故にここでの話はここまで。
その証拠のように俺たちは料理に集中するように手を動かし始めた。
「我々は仲良くなれそうですね、アルマン様」
「そうですね。是非とも仲良くなりたいものだ、エヴァンジェル殿」
俺はそんな風に返しながら、ふと思った。
――母さんとだけの旅行じゃなくなったけど……まあ、大丈夫だろう。
上品に上質な≪リードル≫肉を頬張りながらそんなことを考え、俺は取り留めのない話をエヴァンジェルとし、そして別れた。
◆
ぶっすー。
ダメだった。
全然ダメだった。
家に帰ってすぐにエヴァンジェルのことを話したのだが、アンネリーゼはこの調子である。
別に何かするわけでも無いし、俺への給仕も完璧だ。
だが、拗ねてる。
思いっきり拗ねている。
雰囲気がそう言っているし、なにより口を尖らせてそっぽを向いている。
かれこれ年齢だって、十八になる俺の母親なんだから既に――
「アルマン?」
「はい」
俺は不埒な思考を打ち切った。
≪龍種≫相手にも勇敢に戦える英雄とやらも母親相手にはこんなものである。
いや、もしかして俺が異様に弱いだけなのだろうか。
そんなことはないはずだがそれはともかくとして……。
「それで母さんは知らない? ベルベットという姓」
「ベルベット……ねぇ。うちの家もそれなりには顔が広かったけど、あまり聞いたことはないわね。お父様ならもしかしたら知ってたかもだけど……」
「ふーむ、どう見てもただの女性じゃないじゃかった。いくら他の貴族より先手を打ったとはいえ、ねじ込んで押し通すにはそれなりの力はある。金で通したってのならわかりやすいが……」
――問題なのはそれ以外の何かで押し通せる力があった場合。
「……ふぅ、厄介だな全く。裏やらなんやらを常に考慮しないといけない。自領のことだけを考えていればよかった今までと違って……政治ってやつか、面倒くさい」
普通に美少女と砂漠横断の旅が出来ると喜べればどれだけ良かったことか、領主というのは実に難儀な存在だ。
とはいえ、投げ出すわけにいかない。
一先ずは……。
「あー、母さん。久しぶりになんだ……耳掃除をして欲しいな」
「っ!? やるわ! 任せてアルマン! お母さんのテクニックを!」
アンネリーゼのご機嫌取りだ。
膝枕して耳掃除は流石に二人きりでも恥ずかし過ぎるので、俺の方から拒否してだいぶ経っていた。
しょうがないのでその封印を解くことにした。
俺の言葉を聞いた瞬間、アンネリーゼの瞳は輝き、あっという間に機嫌を直したかと思うと鼻歌交じりで給仕の仕事へと戻っていった。
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