第四十七話:砂漠越えを超えてやって来た、新進気鋭の≪暁の星≫商会をよろしく
「へえ、それでは君は自ら志願したのか?」
「ええ、此度の一件。龍狩りの偉業を帝都で称える授与式について決まるのは早かったのですが、使者に関しては……」
「まあ、来たくはないだろうな。こんな東の果て。砂漠越えだって大変だろうに」
「ぼ……私は前々からこのロルツィング辺境伯領に興味があったので、誰も行かぬなら私自ら――っと」
俺とエヴァンジェルが居る場所は何時ぞやにアンネリーゼと来た店だ。
昼も近く、案内をしたのだ。
ドルマ祭の時に行って以来、アンネリーゼはここの料理に夢中だ。
単に美味しいというだけではなく、俺がちょっと前に新作料理として出された店主の創作料理を美味し過ぎて夢中に食べ、夕食のアンネリーゼの御飯を食べられなかったことを気にしているのだ。
そこから盗んでやろうという考えに至って足しげく通っている。
まあ、それだけ美味しい店なのだ、少し値は張るが。
「来てみた感想はどうだ?」
「正直、思った以上でした」
「蛮族の地と呼ばれているようで……」
「そこまで酷い言葉を言うのは限られた者たちですが、ここに来て直接この≪グレイシア≫の様子を見て、私もまた気付かぬ内に見下していた自分に気づかされました」
エヴァンジェルは蒼い瞳をこちらに真っすぐ向けて言った。
「例えば……そう、この料理。≪リードル≫の肉を使った……帝都で出しても遜色のない料理。そんなものが出てくるとは思いませんでした。しかも、この値段で。……もしかして≪リードル≫の畜産を?」
「安定供給をするならそれが一番だろう? もうちょっと効率を上げたいところだけど」
結局のところドルマ祭の時にふと言った≪リードル≫の畜産化計画は進めることになった、ガノンドの奴が何やら溜息をついていたがアンネリーゼは関係ない。
そう、市民の文化的な食の水準向上のための施策の一つである。
アンネリーゼが好きだからなんてそんな……。
「素晴らしい。思った以上です。ここには豊かな料理を出す余裕がある。そして、余裕があるということはそこには需要が存在するということ。実に素晴らしい……」
「おっ、おう?」
「街を回って色々と聞きました。≪
喉を潤すように一口、エヴァンジェルは水を飲んだ。
「エヴァンジェル殿は中々に目敏いな。こちらに着いてからそれほど時間は経ってないというのに」
「≪
「基本的に地産地消だからな……輸入物は嗜好品の類だし。だからこそ、色々増やそうと考えているんだが……。本当に眼がいいなエヴァンジェル殿は」
「これでも若輩者ですが、≪暁の星≫商会という商会のトップをやらせて頂いております故」
「……商家の娘なのか? 貴族ではなく?」
仮にも王印の入った召喚状を持ってきた使者がただの商家の娘。
俺はそこに違和感を覚えた。
別に商家の人間だからと言って見下しているというわけではないが、物事には立場というものがある。
王家が関わっている行事をその張本人に伝える仕事なのだ、帝都で安穏としている貴族共がこんな危険な所に来たくない気持ちもわかるが、さりとて誰かがやらなければならない。
一応、王印が刻まれた召喚状を運ぶというのは名誉なことではあるのだし、貴族でも分家筋とか立場が弱く最悪事故で死んでも良いと思われて、こっちに来たのかと俺は思っていたのだが……。
――それが商家……ね。それだけとも思えないが。
洗練された所作に優雅なふるまい。
どうみてもただの市民の出とは思えない。
「そう見えたのなら嬉しいですね。ぼ、私も……まだまだ……ああ、いや、なんでも。まあ、今はただのしがない市民でも……それなりに力があるものでね。使者の立場をぶんどってここに来ました。ただの商家でもやるものでしょう?」
「……ああ、とても力のある商家だと理解したよ。少なくとも普通は出来ない。ただ者ではない――と、エヴァンジェル殿を認識させて頂こう」
「≪龍狩り≫のアルマン様にそう思われるとは……とても光栄ですね」
涼やかな風が窓から二人の間を吹き抜けた。
俺とエヴァンジェルは同じタイミングで水を一口飲んだ。
互いに考えているのは一緒なのかもしれない。
「まあ、とはいえ商家としてはまだまだ小さくてですね。いえ、これから大きく育てる気ではありますが」
「ほう、それでウチに? それなりに交易は続けてきましたが、向こうの側からそういう意味で積極に行動を起こしてきたのはエヴァンジェル殿が初めてだな」
「そうもなるでしょう。ただでさえ、砂漠越えは労力がかかるし、そして何よりロルツィング辺境伯領を取り巻く環境。いつ、何かの気まぐれのようにモンスターたちの脅威にされされかねない、それがここだ」
「そう、そのせいで彼らは常に一歩下がった態度だった」
「――今までは、ね」
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