第四十六話:白銀の髪の乙女、エヴァンジェル
「さて、シェイラが快く引き受けてくれて助かったな……」
そんなことを呟きながら街の中を俺は歩いていた。
その足取りは少しだけいつもより軽い。
何だかんだとアンネリーゼに押し通された結果ではあるが、二人で遠くに行くという経験はこれまでなかったことを思い出し、そう考えると旅行のようなものかと思い直せば期待に胸が弾む部分もある。
「まあ、嫌な奴らは居るが……そこは何とかするとして」
あまり悲観的に物事を考えすぎるのは俺の悪い癖、良かったこと探しをした方が精神衛生的にはいいのだ。
じゃないと俺はドツボにハマるタイプだ。
「ふむ、しかし帝都か……流石に十年も前だとよく覚えてないな」
というよりも、だ。
俺たち親子はシュバルツシルト家の敷地の端に押し込まれるようにして生活をしていた。
外を自由に出ることなど許されず、要するに軟禁状態だったのだ。
「街に出たことなんてほとんど無かったからな。そもそも、どんな様子だったかもわかんないや」
タイミングが来れば何かに使う気だったのだろう。
アンネリーゼは≪森の民≫の血を引いて若々しく美しく。
正妻の子ではないとはいえ、当主の血を引いた息子でもある。
それなりに利用価値ぐらいと考え、手元に置いて使った結果が今の俺だ。
「あの時は死ぬほど恨んだし、なんなら十年ぐらい恨み続けていたけど……今は感謝してやっても――いや、それはないな」
普通に死んで構わないレベルで送り出されたのだ。
あのまま、帝都に居ても開けた未来があったとも思えないがそれはそれ、実の父親であるギルバートを俺は今でも死ぬほど恨んでいた。
「そもそも母さん殴ってた事実だけで絶許だし……」
モノを見るような眼で見てきた畜生なんてそもそも父とも思ってすらいない。
「出来る限りの手を打つべきか、やっぱり」
俺は少しだけ考えこんだが、ふと目的を思い出し足を速めた。
「兎にも角にも情報収集ってやつだな。確か帝都からの使者は街を見て回っていると……」
キョロキョロと見渡しながら、俺は件の使者とやらを探した。
別に来るように言づけて誰か送っても良かったのだが、今回は速度を重視した。
何分、急な話なので色々と時間が無いのだ。
砂漠越えをすることを考えるとトラブルの可能性も考えて、余裕をもって出発はしたい。
「確か聞いた話では黒のドレスを着た白銀の髪の――」
そう言いながら俺は辺りを見回して首を不意に停止させた。
いや、その言葉は正しくない。
停止させられた、というべきだろう。
その白銀の髪の少女の美しさに。
「――少女、か。間違いない、彼女だな」
俺はそう確信した。
いっそ見事なほどに彼女はこの≪グレイシア≫という街の中で浮いていた。
蛮族の地、というのは流石に帝都の者どもの誹謗ではある。
だが、僻地とか田舎という言葉に関しては領主とも否定できない部分がある
やはり、文化的、文明的な発展を帝都はしている。
衣服一つとってもなるほど、全くの別だ。
ロルツィング辺境伯領では実用性重視、機能性重視が基本だ。
だから、その少女のような上品な黒いドレスはとても浮いていた。
貴族などの上流階級が着そうな服装をものの見事に着こなす姿は、明らかにこの≪グレイシア≫では見かけない顔だった。
そもそも、この≪グレイシア≫での一番の権力者は俺だ。
そんな俺があからさまにただの市民ではなさそうな少女の顔を知らないという事実、それは≪グレイシア≫の外から来た人物であるという仮説を立てるにのは十分過ぎる。
そうなると彼女は誰なのかという話になるが、それはこれまでの情報を総合すると……。
「レディ、少し宜しいか?」
俺は≪
「ん? なんだい? ナンパならごめんだよ?」
「あ、アルマン様!? お客さん、そちらの御方は領主様。この一帯を治められているアルマン・ロルツィング辺境伯様だよ!」
「……へぇ?」
少女の反応に慌てたように店主が声をかけると、件の少女は目を丸くし、そして 優雅な所作で居住まいを正した。
そして、俺に対して深々と頭を下げる。
「失礼をしました。アルマン・ロルツィング辺境伯様。私は帝都より使者として召喚状を辺境伯様へと渡す任を預かりました。エヴァンジェル・ベルベットと申します。どうぞ、お見知りおきを」
「こちらこそ、遠路はるばる我が地へようこそ。領主として歓迎するよ」
それが俺とエヴァンジェルの出会いだった。
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