第四十五話:荒ぶりアンネリーゼ


「なんで?」


「何ででもです」


「なんで?」


「何ででも」


「なーんーでー!?」


 ハイライトの消えた眼をしていたアンネリーゼだったが、遂に爆発するように声を上げた。


「なーんーでー!! アルマンと一緒に行っちゃダメなのー!!」


「何ででも!」


「やだやだやだー! 私、アルマンと一緒がいい! アルマンと一緒じゃなきゃヤダー!」


「わがまま言わないの! 仕事なんですから」


「そのお仕事のサポートをするって言ってるのに! 何でダメなのー! というかお留守番ってことは一ヶ月もアルマンと会えないんだよ! 耐えられない! アルマンは私と一ヶ月会えなくても平気なの?」


 涙目になりながら上目遣いに訴えかけてくるアンネリーゼ。

 流石は我が母だ。

 こちらの弱みどころを熟知して、それをガンガンと抉ってくる。


 平気だと言えばまず泣いてこっちが負けるし、そもそも普通に平気じゃないのが素直な気持ちだ。

 それでもアンネリーゼを帝都に行かせたくない理由は……。


「わかってくれ、母さん。……帝都ってことはシュバルツシルトが居るんだぞ」


「……あ」


 アンネリーゼは俺の言葉で気付いたようだった。

 鈍いというか、何というか。

 いや、ここはアンネリーゼにとってはただの過去に出来ているのだと好意的に俺は受け取ることにした。


「今回の一件にシュバルツシルト家が絡んでこないなんてことはまずない。当然、ギルバートの奴もだ。まず、間違いなく干渉してくる」


 シュバルツシルトにとって、俺という存在は何かとデリケートな存在だ。

 どういったアプローチの方向性になるかは不明だが、接触してくるのは不可避だろう。

 そして、アンネリーゼが一緒にこっちに来れば矛先はそちらにも向かう。


「俺は……俺は母さんが思っているよりも幼い頃のことを覚えている。酷い目に合わせられていた母さんのことを。俺は母さんには傷ついてほしくはないんだ。俺はあの時には何も――」


「あーるーまーん♪」


 最後まで言い切る間もなく、アンネリーゼは何故か俺の背中に突進しそして抱き着いてきた。


「か、母さん!?」


「……ありがとうね、アルマン。心配してくれて」


「それは」


「でも、いいのよ。確かにシュバルツシルト家にやられたことやその日々はクソだったし、ギルバートに何度か……いや、割と拷問染みた行為をさせられたけど」


「母さん……」


 俺は今から心構え作っておかないと見た瞬間に頭をかち割ってしまいかねないのな、とどこか他人事にように思った。


「もう、どうでもいいのよ。あんな過去、大好きな一人息子であるアルマンとの思い出が踏み潰してしまったから」


「…………」


「それに昔のアルマンは子供で何も出来なかったかもだけど、今のアルマンなら母さんのこと守ってくれるでしょ?」


「当然だ」


 俺は間髪入れずに答えた。

 そんなものは当然であり、絶対である。


「なら、大丈夫。問題ないわね! じゃあ、私も帝都行きに決定ー!」


「……ん? いや、待ってそれとこれとは」


 何やら丸め込まれそうになっていたことに気付き、俺は慌てて口を開いた。

 確かに帝都へアンネリーゼを同行させたくない大部分の理由がシュバルツシルト家とギルバートだが、何かトラブルがあった時のために実務経験はそれほどでも現当主の母であり、一定の知識については学んだ経験のあるアンネリーゼに≪グレイシア≫に居て欲しかったのだが……。



「アルマンの晴れ姿……見たい」


「…………」


「貴族の身分を失ってからは閉じ込められて自由に出歩けなかった帝都の中、アルマンと一緒に回りたかったなー」


「…………」



 俺は陥落した。



                  ◆



「というわけで帝都に行って授賞式に出ることになった」


「おめでとうございます! 正しく帝国の歴史にアルマン領主様の栄光が刻まれる、ロルツィング辺境伯領にとって栄えある日となるでしょう」


「ありがとう、シェイラ」


 俺が呼び出したのはシェイラという女の子だ。

 年齢で言えば、恐らく十七歳くらいのポニーテールが特徴で俺個人……というより、ロルツィング家としての配下だ。


 普段は俺の領主としての仕事の手伝いとして秘書のようなことをやって貰っている。

 元は商家の娘だったのが反りが合わず、自らの道を生きようと一先ずは知識を蓄える道を選び、俺が識字率の向上や簡単な初等教育の拡充を目指して立てた学び舎に入ると、あっさりと教える側に。

 その任給で交易で流れてくる本を買いあさり、さらに学ぼうとする貪欲さを持った向上心の塊。


 噂を聞きつけ、引き抜いた逸材が彼女だ。


「そういうわけで一ヶ月ほど俺はここを空けないといけない。その間については頼んだ、シェイラ」


「……え」


「アンネリーゼも向こうに行く以上。お題目のトップとしておくことも出来ん。しょうがないので……まあ、頑張ってくれ。権限は俺が帰ってくるまで自由裁量でやっていい。確か川の治水系を先に進めたいって答申を出してただろ? あの時は優先順位の観点から城壁の修復改良を優先させたけど、今なら君の判断で……」


「い、いやいやいや! いや、裁量権が大き過ぎますよ! 普通はもっと限定するもので……」


「無いとは思うけど≪災疫事変≫みたいなことが急に起こった時、十分な対応が出来ないのが一番怖い」


「それはそうですけど。権限だけなら領主様が居ない間に、色々と悪いことだって簡単に出来ますよ!? いいんですか?」


「俺はシェイラになら裏切られたってかまわない。というか裏切り者でも逃がすつもりは無いよ」


 何せこの世界では珍し過ぎる、高等教育クラスの能力持ちだ。

 決して手放すつもりはない。



「あー、もう。わかりましたよ、覚悟決めて留守は守りますよ。この馬鹿領主!」


「すまんな。だが、お前なら信頼できる」


「信頼し過ぎではないんですか?」


「自らの腕を疑うやつなんて居ないだろう」


「領主様のばーか!!」


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