第四十四話:帝都からの召喚状


「それで本当なのか? 帝都から召喚状が届いたというのは……」


 ミーナから事情を聴かされると俺は邸宅へと戻った。

 どうにもに対するものであるらしいからだ。


「ええ、勿論よ。交易船と共に使者の方が来られて……」


 これまでになかった事態。

 俺は執務室にその召喚状を持つアンネリーゼ共に入ると、使用人たちには人払いを行わせた。

 どうにも理由が想像できないのでとりあえずの処理だ。


「はあ……こんなの来るの初めてだぞ? この十年で」


 俺は困惑していた。

 改めて言うまでもないが俺の治めるロルツィング辺境伯領というのは帝国に属しているのは間違いないが、ぶっちゃけると僻地扱いを受けている。

 色々と要因はあるがまず単純にモンスターの支配領域と接しているため、ロルツィング辺境伯領は全域でとても危険度が高い。

 つい、先日だって≪災疫事変≫なんて事件が起きたぐらいだ。

 要するに高価なモンスター素材、アイテム、鉱石など色々供給してくれる領土ではあるけど、いつ全てがパーになってもおかしくない危険性が常にある危ない領土。


 そんな評価だ。


 そして何よりも西の帝都と東のこちらを別つように存在する砂漠。

 これによる交通の便の悪さが、帝都からはロルツィング辺境伯領が思った以上に遠く、ある意味で異国のようにも感じるのだろう。

 口の悪い奴ならば蛮族の地などともいう始末だ。


 それはまあ、こちら側からしても同じことだった。

 一応、生まれも育ちも帝都のアルマンやアンネリーゼはともかく、一般的な領民の帝都への印象なんて遠い都会ぐらいのものだ。


 それぐらいに両者は離れている。

 物理的な距離だけでなく、心の距離もだ。

 帝都は半ば独立化しているロルツィング辺境伯領をそのままで良いと放ってきたのだ。


 それほどに関心がなかったというのに、なぜ今になってこんなものを送ってくるのか。

 俺にはさっぱりわからない。


「とりあえず、読まない内には何とも言えないな。母さん、頼んでいいかな?」


「わかったわ、アルマン」


 アンネリーゼはそういうと召喚状について読み上げていく。


「ふむ……まず、話を大まかに纏めるとこうだな。要するに貴族のパーティーを行うので辺境伯もどうか……っと?」


「そうですね、色々と装飾語やらを省いて簡潔に述べると」


「今更、過ぎるだろ」


 俺は確かに貴族というのが貴族を誘ってバーティーなり式典なりで交流を深めるのは知っている。

 社交界というやつだったか、貴族同士の交流というやつだ。

 俺も当然、貴族であり、しかものその爵位は辺境伯。

 爵位の高さで言えば結構なものだ。


 そう考えればそういうが来ることはおかしくないように見える。


「だが、十年もほったらかしにしておいて急に?」


 どうにも解せない。


 交易も順調で交易先の貴族とも手紙のやり取り程度ならこれまでもしている。

 ただそれは主に公的な仕事の内容ばかりの事務的なものばかり、そういった話を振られたことは特にない。


 恐らく、そう言った対象……要するに貴族の仲間と思われていないのであろうと俺は察していた。


 ――獣臭い蛮族の地とすら乏されている領地の領主だからな。


 まあ、それについては憤りよりも面倒な貴族の付き合いをする必要がなくてよかったなと、俺的には嬉しかったぐらいだ。

 それなのに……。


「やはり、最近の出来事で帝都にまで影響を与えそうなといえば……」


「そうね、災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫討伐の件の関連みたい」


 アンネリーゼが更に読み進めるとようやく事態が把握ができた。



「龍を討伐した偉業を称するために、勲章と報奨の授与式があるからこっちに来いってことね」


「まあ、わかりやすく言えば」


「せめて、こっちに先に話を通そうよ……決めてから言われても」



 これでも俺は領主としての仕事は忙しいのだ。

 たまの息抜きぐらいならばともかく、帝都まで行くとなると往復で一ヶ月はかかるだろう。

 正直、そんなに≪グレイシア≫から離れたくないし、褒められるためだけにそこまで労力払って行きたくもない。

 あそこにはいい思い出は無いのだ。


 とはいえ、だ。


「行かないわけにはいかないよなぁ」


「それは……当然よ」


 召喚状の裏をめくると焼き印が押されてあった。


 金色の獅子の貌をあしらった印。

 それこそは皇家の印。


「勲章と報奨の授与は皇帝陛下から直々に与えられる栄誉。これを台無しになんてしたら……」


「まあ、総スカンじゃすまないよなぁ……。じゃあ、仕方ない。気は進まないが晒し者にでもなってくるか! いや、ついでに良い交易先の一つでも見つけてやるさ」


「アルマン……っ!」


 俺は諦めてさっさと切り替えた。

 気が進まなくても拒否が出来ない以上、愚痴を言ったって仕方ない。

 そんなことをするより、領地のためになにが出来るかを考えるのが領主というものだ。


「とはいえ、貴族のパーティーか……どうしよう。いや、どうしようもないよな。なんちゃって貴族の俺がそんなの知ってるわけないし、かと言ってこの≪グレイシア≫にそんなことに詳しい奴なんて」


「まあ、難しいでしょうね」


「それにマナーとかも……厳しくは育てられたけど。あくまで最低限の上流階級マナーってだけで、社交界や晩餐会などを想定するともう一度学び直した方が……だから、こっちにそんなのねーって。あー、後はドレスコードとか色々あるだろうし……現地に行って急遽カバーできるのも限度ってのはある」


「アルマン、アルマン」


「さて、どうするべきか……あと、お付きとかも」


「私に任せなさい。確かに本物の上流階級って程ではないにしろ、これでも良家の娘。そう言った知識については勿論学ばされているわ。それに何時かアルマンのためになるかと思って、向こうに居た時に書庫を使わせて貰った時に暗記した分があるわ。対価として他の使用人が居る廊下で四つん這いになって、ギルバートの靴を舐めさせられたけど……役に立つ日が来るなんて!」


「母さん……」


「そもそもアルマンのお付きなんて私以外に要るわけないじゃない。一緒に帝都まで行って完璧なフォローで、アルマンの社交界デビューを――」





「いや、母さんは留守番だけど」


「なんで」


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