第四十三話:彼方からの手紙
「……というわけだから、後はよろしく頼むよ」
森から帰ると二人と別れ俺はギルドの≪集会所≫に向かい、受付嬢のミーナに今回の≪
監督役としての責務だ。
「ありゃー、そうですか残念でしたね二人とも。今朝は息巻いていたのに……」
「あの様子だとすぐに大型モンスターも狩れるようになるさ。向上心も高いみたいだし」
「みたいですね。まあ、他所からの子だからそれぐらいしないと……ってのもあるんでしょうけど。ああ、アルマン様が建てられた学舎の方にも顔を出してるようですよ? 簡単な読み書きとか算術とか学ぶために」
「へぇ、ラシェルはわかるけどアレクセイもねぇ」
「いえ、アレクセイの方はラシェルに引きずられて……」
「ああ、なるほど」
ラシェルは気弱なところがあるがしっかりした子だからな、と俺は内心で納得した。
「あの二人も変わりましたよね。最初に来たときはそれこそ……アレクセイとかは酷かったのに」
「まあ、来たばっかりであんな事件に巻き込まれればな。災難と言えば災難だ。同情するよ」
「ふふふっ、どちらかと言えば≪龍狩り≫のアルマン様との関りが大きいと思いますけどねぇ? アレクセイとか口では変わらずに生意気な癖に……可愛いですよね」
「……いい大人があまりあの年ごろの子供を虐めるなよ?」
あの年代の男の子は色々とあるのだ。
変な揶揄い方をすれば絶対に後に引くと俺は注意した。
どうにも過分な憧れのようなものを抱かれているという自覚はある。
「あはは、やだなー。変なことはしませんってー」
「将来的に有能なこの街の狩人になるかもしれないんだ。変なちょっかいは勘弁してくれよ、本当に」
「いや、本当にしないですって。そりゃまあ、あの年の子供ですからね、色々と気にはかけてはいますけど……。それはアルマン様だって同じじゃないですか? 他にも同じくらいの年の≪見習い≫の狩人の子供は居るのに、アレクセイとラシェルに関しては監督役をわざわざ引き受けたり……」
「単純に俺自身の眼で森の様子を見たかったついででもあるし、二人は外からの移住者だろ? こっちに身寄りも無いし、新人研修で知らない関係ってわけでもない……まっ、それくらいはね」
ミーナに対して俺はそう答えた。
別に二人を殊更に特別扱いしているわけではない。
領主としてロルツィング辺境伯領の全ての子供は分け隔てなく庇護の対象であるべきだと俺は考えている。
そうでありたいと振る舞っているつもりだ。
「それにまあ……この街生まれの子供なら親なり親戚なり、色々と教育方針があるだろうし俺が介入するのはなぁ」
「まあ……それはそうですね」
俺が領主となってこの十年、それなりに≪グレイシア≫も安定してきたという自負はある。
まあ、≪災疫事変≫などという例外はあったものの基本的に都市としては税収なり治安なり、傾向としてはおおむね上向きだ。
そうなると子を持つ親として、子供には安定した職業に欲しいというのが親心というやつだ。
狩人なんて職業、重要であるのは確かだが命がいくつあっても足りないのもまた確かな事実。狩人として酸いも甘いも嚙み分けて子供を得た親ほど地に足が付いた生産職を進める傾向にあったりする。
そして、夢見がちな若人ほど狩人という職業に夢を持って目指して衝突するのもテンプレだ。
――さしずめ、安定を求めて公務員をすすめる親と反発する子供の如く……一次産業も人手が欲しいのも事実だし、何とも言えないのがなぁ。
何というか領主としてはどちら側にも付けないので微妙なのだ。
狩人という職業の大事さもわかるが、我が子にはそんな危険な職業について欲しくない気持ちもわかるし、都市としての傾向が上向きで人口も増大の一途を辿る≪グレイシア≫にとって、一次産業の人での充足は領主としては助かる気持ちも確かにある。
――……まあ、最終的には家庭の問題だから。
結局は外からの移住者を受け入れるという結論に至るわけだ。
無論、無制限に受け入れるわけではなく領内の法に従わない無法者はモンスターの餌ではある。
そう言った意味でキチンと≪グレイシア≫に適応し、その中で向上心を以て成長しようとするアレクセイとラシェルに対して甘くなっている節はあるだろう。
とはいえ、それを悪いことだとは思わないが。
「まっ、ほどほどに干渉するさ」
「その方がいいでしょうね。あまり、関わり合い過ぎると特別扱いをしているようにも見られますし」
「難儀なことだ」
「何だかんだ、ベテランの狩人たちや≪長老≫たちも見ていますしね。それほど心配するほどじゃないと思いますよ」
「ふむ……」
「それにそもそも、色々と領主の仕事が忙しいのでは? 前は時間があれば潜っていたのに、最近はめっきりですし」
「流石に≪災疫事変≫云々の影響はもう大丈夫さ。狩りの頻度を減らしたのは……まあ、人を頼ることを覚えたというか何というか」
「なんですかそれ……」
それは言葉通りの意味だった。
俺があれだけソロで潜っていたのは、実際に自分の眼で見ないことには信頼出来ない自らの小心によるものが大きい。
単純に効率だけを考えるならば有能な狩人に任せた方が、生態調査なり新種のモンスターの記録を持って帰ってくるなりは手っ取り早い。
討伐に拘らず、むしろ適度な所で切り上げて撤退を厳守させればやり切ってくれる狩人は居なくもないのだ。
――まっ、単純に≪災疫事変≫の後始末なり何なりが大変だったのもあるけど……。
狩人としての俺の働きの代わりを務める存在は居るが、領主としての俺の代わりは存在しない。
つまりはそう言うことだ。
――当然ではあるし、俺の立場で狩猟に出かける方がおかしいんだよな……冷静に考えると。でも、身体が鈍るとなんか気分が落ち着かなくなるし……俺もいい加減に毒されてるな、この世界に。
アレクセイたちの≪
死ぬのが怖くて色々と動き回った結果、自分が出なくても十分上手く回るようになったのに落ち着かなくて危険な森に出てしまう……自分でも本末転倒だとは感じてしまう。
「ああ、そう言えば先程アルマン様の家の者が来ていましたよ?」
「家の……?」
一先ず、久しぶりに外に出て気分転換も出来たので改めて書類整理でも励むかと考えているとミーナがそんなことを口にした。
「ええ、何やら慌てた様子で」
「はて? なにかトラブルでも起こったのかな?」
「詳しくはわかりませんけど、なにやら召喚状が届いたとか何とか……」
「召喚状……? どこから?」
「――何処って帝都から、ですよ」
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