第四十話:そして宴は終わり、新たなる日常が始まる
レメディオスがそう言って群衆の中へと去って行くと、すぐに誰かに話しかけられた。
「ご健勝のほど、何よりですなアルマン様」
「こ、こんばんわ! アルマン様、今日はお日柄も良く……!!」
振り向くとそこに居たのは≪長老≫とその背後に隠れるようにしているアレクセイとラシェルの二人だ。
「あら、≪長老≫様。こんばんわ」
「おお、アンネリーゼ様……相も変わらず、お美しい」
「やあ、ラシェル、そこまで緊張しなくていいぞ、うん。……一度、慣れたと思ったんだが」
最初こそ俺の立場を色々と気にしていた様子だったが、新人研修の最後の方はわりと慣れて俺に接してきていたはずだが何故またこんなにガチガチに緊張するようになっているのか。
「は、はい! い、いえ! だ、だって……」
ラシェルがチラチラと見ているのは当然のようにステージ上の≪ドグラ・マゴラ≫の遺骸だ。
その眼にあるのはまるでヒーローを見るような憧れの瞳だ。
「あ、アルマン様があの龍神様を倒したんですよね?」
「龍神……? ああ、うん、そうだよ」
「す、凄い! 凄いですよ! あんな恐ろしいモンスターを一人で倒してしまうなんて! カッコいい! 英雄様みたいです!」
頬を桃色に紅潮させながら興奮するラシェルの様子に、アンネリーゼが背後でうんうんと頷いている様子に俺は苦笑する。
「怖くなかったですか!? ぶ、武具とはどんな? 頭があんな風になっちゃうなんて……スキル? スキルですか? ≪見習い≫だとまだまだ知らないことがいっぱいあるんですね! 私、もっともっといろんな勉強してアルマン様みたいな狩人になりますね!」
怒涛のように喋り出すラシェルに俺はおかしそうに笑いながら、だが真剣に答えを返した。
「……ああ、期待している」
「えへへ、期待されちゃった」
何処かほわほわとした空気が漂う中、ずっと黙っていたアレクセイが口を開いた。
「お前が……アレを倒したんだよな?」
「ああ、そうだ。俺はお前の嫌いな貴族だからな、嘘だとでもいう気か?」
「もう……っ! こら! アレクセイなんだから!」
「人の名前を罵倒言葉のように使うんじゃねぇ! ……別に疑いなんてしねーさ。あの日、あんたが外から運ばれている様子を見たし、その後にあの遺骸が荷車に乗って運び込まれた様子だって……。これで嘘だなんだと騒ぐなんてただの馬鹿だぜ」
アレクセイは頭を掻きむしるようにガリガリとさせると、俺に向き直ると言いづらそうに話しかけて来た。
「だから、その……少しだけ……少しだけ認めてやらんことはない。お前が……アルマンが他のクソ貴族たちとは違うんだってことを……まあ」
恥ずかしそうにそっぽを向くアレクセイ。
だが、彼なりに認めてくれたらしいことがわかった俺は嬉しくなり言葉をかけようとして、
「―――――――あ?」
底冷えするような眼でアレクセイを見つめるアンネリーゼの様子に凍り付いた。
アンネリーゼの隣近くにいた≪長老≫は全力で明後日の方向を見ている。
「あー、えっと、アンネリーゼ……さん?」
「お前……アルマン……ねぇ、ふふふっ。アルマン様、なんですかこの失礼に過ぎる礼儀を知らないクソガキは?」
「あっ、いや、ほら、前にもチラッと言っただろ。新入りの……」
「なるほどなるほど、そう言えば聞いたことはありましたね。なるほど、よろしい。最低限の礼儀というものを教えてやるのも大人の務めというものです」
「な、なんだよ……っ! 文句ある……ひっ!?」
言い募るアンネリーゼに対して勇敢にも、あるいは無謀にも反発しようとするアレクセイだが、能面のような顔をしながら無言でその腕を掴まれ堪らずに悲鳴を上げた。
「あ、あの……別に俺は気にしてないから穏便に……」
俺としてはアレクセイの敵意的な態度は何とも思ってなかった気がする。
むしろ、周りから好意的に扱われることが多く、それが妙に据わりの悪かった俺にとって新鮮で気に入っているぐらいだったのだが……。
「アルマン様? アルマン様は大変に心が広く、気にはなさらないかもしれませんが最低限の目上の者に対する礼儀など、弁えなければ彼のためにもなりませんよ」
「ああ、うん」
それはそうである。
にっこりとした笑顔で答えたアンネリーゼの言葉に俺は返す言葉がなかった。
「……じゃあ、頼んだ」
「はい、では少々時間を頂きます。躾をいたしますので」
「えっ、おいっ、ちょっ……ら、ラシェル! ラシェル、助け――」
「ほら、このソテーなど絶品じゃよ? こういう時にはたらふく食べて楽しまんとな」
「ありがとうございます、≪長老≫様!」
「ら、ラシェルぅううううっ!!」
ズルズルと引きずられていくアレクセイをみんなで見送りながら、俺はとりあえず食事を始めることにした。
押し付けられた串焼きやら何やらで両手がいっぱいなのだ。
冷めてしまっては勿体ない。
明日からまた日常が始まるのだ。
危険で死と生に満ちたこの世界での日常が……。
それを平穏に生き抜くため、備えるように俺は腹を満していった。
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