第三十九話:宴を眺めて思うこと


 アンネリーゼを伴って、広場の中心へと歩を進めるとあっさりと俺たちは見つかってしまった。

 当然のように話しかけられたり、食い物や飲み物を押し付けられたりとあっという間にもみくちゃになってしまう。


 ――酒もいい具合に入っているのもあるのだろうけど、皆なんというか押しが強いというか何というか……。


 貴族として、領主として敬われる立場も長くなり、慣れてきた自負はあるのだが今日はそれに加えてこちらを俺を見るまなざしに熱を感じる。


「あらあら、相変わらず大人気ね。いえ、何時も以上かしら?」


「レメディオス……」


「あら、レメディオス様じゃないですか」


「ええ、お久しぶりですね、アンネリーゼ様」


「もう、前から言っておりますが私などに敬語など不要ですよ? 私はただの侍女でしかありません」


「おほほほっ、そういうわけにはいきません。この≪白薔薇≫のレメディオス! 美しいものに対して、どんなものにも敬意を払うのを信念にしております故!」


「まあ、レメディオス様ったら♪」


 人込みにのまれそうになっていた俺たちに親し気に話しかけて助け出したのはレメディオスだった。

 ≪白薔薇≫の名は中々に有名、あと何だかんだと顔の広い男だ。俺たちに話しかけていた市民や狩人仲間たちを、そつなくも不快にさせずに散らしていく手腕は見事なものだ。

 生来の社交性の高さと化粧品などにも拘り、女狩人や一般主婦層などにも根強い繋がりを持っていたりする。

 初対面でもアンネリーゼともその話題であっという間に仲良くなってしまったのを思い出す。


 ――正直、女性ものの化粧品とか衣服についてとか俺にはわからないことだからなぁ。地味に助かる……まあ、利用された気がしないでもないけど。


 アンネリーゼへのプレゼントへのアドバイスという体で、色々と化粧水やら何やらの帝国からの輸入や自作製造などをそそのかされて、投資やら何やらを推奨して推し進めてしまったのは記憶に新しい。


 ――まっ、市民からの受けもいいし。何よりも母さんの喜ぶ顔が見れただけで十分に手間の元は取れたと思えば……怒れないんだよなぁ。


 何だかんだ強かであり、だが気配りを忘れない男。

 それがレメディオスという人間だ。

 大方、俺らが揉みくちゃになっている様子を見て割って入ったのだろうと解釈して感謝を告げた。


「ありがとう、助かったよ」


「いえいえ、とんでもない。なーに、英雄となられた御方に私も一つご挨拶したかっただけですとも」


「お前もか……」


「あらあら、全く。何時ものことながらアルマン様は自らの行いに対して無頓着に過ぎますね。龍狩りの偉業に皆が酔うのは当然ではありませんか」


「そんなものなのかな」


 レメディオスに言われてもやはり俺にはピンと来ない。

 特別であることは間違いないし、強大で恐ろしい力を持っていたのは誰よりも理解しているつもりだが……まあ、そこら辺は感性の違いってことで納得するしかない。


「そうなのですよ、レメディオス様! アルマン……アルマン様ったら、どうにも何時も何時も……っ! いえ、謙遜が出来る点は美点だと思いますがこんな偉大な……いえいえ、元からアルマン様は偉大で素晴らしいロルツィング家の正統に相応しき方でしたけども! それにも増してこの≪グレイシア≫の子々孫々にまで残る偉業を成し遂げたというのに! 本当に……もうっ! 私が切々と一日かけて説明してあげたのにこの様子で!」


「いや、だって母さ……アンネリーゼは基本的に俺のことを褒め称えることしかしないから、ほら何となく何時もの感じなのかなって」


「アルマン様が褒め称える功績ばかりを立てるのが悪いんです!」


「どういうこと……!?」


 ぷんすかと言わんばかりに荒ぶる様子のアンネリーゼに俺は戸惑い、レメディオスはその光景を見ながら辛抱堪らないとばかりに笑みを浮かべた。


「ほほほっ、相変わらず仲がいいことですこと。しかし、アルマン様、アンネリーゼ様の言うことにも一理はあります。アルマン様の功績や立場をあまり誇示しないところは美点でもありますが……」


「わかってるさ」


 俺はレメディオスの言葉を遮り、そして二人に向けていった。

 少しだけ勘違いをしているようだったからだ。


「別に大したことはやってないなんて謙遜をするつもりはないさ、ちょっと感覚のズレというか戸惑いがあっただけで……俺自身もやってやったという気持ちが無いわけじゃない。誇らしい気持ちが無いわけじゃない」


 気持ちを整理するために少しだけ区切ると改めて俺は言った。


「……けど、まあ、やっぱり俺は俺だ。俺でしかない。英雄なんて持ち上げられるのは柄じゃないな……って。俺はただのアルマン・ロルツィングでいい。この地を守り領主としての責務を果たせればそれでいい」


「アルマン……」


「これからは地に足を付けてやらないといけないからな。色々と戒めてるだけなんだ、別に卑下しているわけじゃない」


「ふふっ、変わられましたね。また一つ大きくなられたような気もします」


「そうか? お前の背を超えるのは当分なさそうなんだが……」


「いやですわねぇ! そういうことじゃありませんよぉ! ……まっ、アルマン様への挨拶も済んだということで私もこれまでと致しましょう」


「あら、もういいのですかレメディオス様。もう少し一緒に居られても……」


「お誘いはとても嬉しいのですけど、水入らずのところを邪魔するほどこの≪白薔薇≫のレメディオスは不躾ではありません! それに他にも話したい者も居るようですし……それではさらば!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る