第三十八話:龍狩り、それは英雄の称号


 ガノンドに突き飛ばされるように俺は街の広場に向かった。


 ≪グレイシア≫の中心部は政庁などの都市の運営に関わる基幹の建物が集まっている他に、大規模なイベントなどを行う際の大きな広場が存在する。

 緊急事態宣言が行われている間は物資の集積地として利用されていたが、今はそれも無くなり急遽用意された飲食の出店が並び、あちらこちらからいい匂いが立ち昇っている。

 至る所にはテーブルや椅子が出され、人々が忙しく行き交いながらも陽気に笑いながら宴を楽しんでいた。


「…………」


 この光景を守ることが出来て本当に良かったと心から思える。


 ≪怪物大行進モンスター・パレード≫を止めることが出来なければ、恐らくはここまで笑顔が溢れ宴を楽しむことなど出来なかったであろう。

 俺はやり遂げることが出来たのだと、少しだけ誇らしい気持ちになれた。


「ああ、居ました! もう、アルマン様! 何処にいらっしゃったのですか!?」


 そんな風に少し感傷に浸っていると、肩を怒らせながらこちらに近づいてくるメイド服の少女のような女性が一人。


「うっ、アンネリーゼ……」


 勿論、最愛たる我が母である。


「いや、実は少しガノンドの奴と街のことで話が……」


「そういうのは後にしてください! アルマン様が主役なんですから……ほら、行きますよ!」


 そう言うとアンネリーゼは無言で俺の手を取ると歩き出した。

 外では従女としての立場を崩さないアンネリーゼのこれまでからは考えられない行動、だが俺はそれについて大人しく従うしかない。

 どうにも今回の事件で心配をさせ過ぎさせたらしく、≪ドグラ・マゴラ≫を倒して帰って来た日なんて酷いものだった。

 家に問答無用に連れ帰られて泣くわ喚くわ……俺の中の罪悪感という心の柔らかい所を削りに来るのだ。

 丸一日かけて宥めることに成功したのだ。


 ――あの時、俺を見捨てて送り出したガノンドやゴースたち……覚えておけよ。必死に目でヘルプを求めたのに、誰も彼も優しそうな眼をして「あとのことはやっておくから」じゃないんだよ。なにが「ちゃんと甘えておけ、そして甘えさせておけ」だ。母さんが俺に甘える分は応えるけど、まるで俺がマザコンみたいな……許せん。


 兎にも角にもあの日以来、アンネリーゼは妙に押しが強くなった。

 こういう催しものだって、俺がリードをしなくては遠慮しっぱなしで後ろでニコニコしているのが何時ものことだったというのにも関わらず。


 ――いや、今回の祝宴は俺が主役ってのもあるんだろうけどな。


 俺は諦めて手を引かれるままに任される。

 温かな……何時の間にか俺の手にすっぽりおさまるようになったアンネリーゼの手、その温かさに抵抗する気が全く起きない。


 あの日以来、俺はアンネリーゼに対して殊更に弱くなったような気もする。

 泣き顔を見てしまったせいかもしれない。


 ――まあ、それで何が困るわけではないんだけどさ。


 メイド服のアンネリーゼに手を引かれて歩く俺の様子が、チラチラと周囲の市民の注目を集めている気がした。

 流石に気恥しくなってきたし、威厳も必要なので俺は少しだけ歩を進めてアンネリーゼの隣を歩くことにする。

 手をこちらから離すという手段は取れないため、こうやって隠すしかあるまい。

 アンネリーゼは並んで歩く俺の様子に少しだけ眼を細め、そして嬉しそうに笑みを浮かべた。


「なんだよ……」


 俺はそれにどうにも気恥ずかしい気分になって尋ねた。


「ううん、なんでもない。……あっ、見えたわよ!」


 アンネリーゼは首を振って答えてはくれず、何かを見つけたようにそう言って指を指した。

 広場の中心には仮説のステージのようなものが用意されていた。

 その上にはがが巨大な布で隠されるようにして鎮座しているのがわかった。

 広場の中心に集まった市民たちの関心はその布の下のに集中しているようで、それが明かされる瞬間を今か今かと待ちわびているのが気配で分かった。


 そして、そのステージ上にはギルドから派遣された職員が複数人おり、彼らは何やら右往左往している様子だ。

 だが、内一人がこちらを見つけると安堵したかのような表情を浮かべた。


「ほら! もう、アルマン様が来られないから待たせていたんですからね? あとで謝っておいた方がいいと思いますよ?」


「別に俺が居なくても進めておいてくれても良かったのに」


「そうはいかないでしょ! ほら……!」


 アンネリーゼに促されるままに、俺はステージ上のギルド職員へと手を振って指示を送った。

 彼らは俺が手を振ると動き出し、その巨大な布を引っ張って一気に取り除いた。


 そして現れたのは、



「おお、なんて巨大で恐ろしい……」


「モンスターの中の頂点とも言える種……これが≪龍種≫」


「まさか、この眼で見ることがあるとは」


「これが≪グレイシア≫を滅ぼそうとした厄災」



 災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫。

 その首なしの遺骸だ。



「死んでいるはずなのに身震いするほどの力を感じる」


「ああ、なんとも恐ろしい。御伽噺曰く、龍とは滅びの象徴。天災を体現する生きた形」


「御伽噺、伝説に詠われる存在……」


「だが、そんな伝説の存在もアルマン様に討たれた! 見ろ、あの首を! やつは首なしのモンスターではない! アルマン様のあまりの御力によって頭を跡形もなく吹き飛ばされたとか!」


「なんと豪快な……流石は≪怪物狩り≫、いや名実ともに≪龍狩り≫の称号こそが相応しい」


「ああ、しかも街を守るためにたった一人で龍へと挑み、そして打倒したらしい」


「なんという……俺はアルマン様の街の市民であることを誇りに思う」


「≪龍狩り≫……なんか凄そうだね、父ちゃん!」


「凄いに決まっている! 俺たちは今、伝説を見ているんだぞ? 御伽噺の英雄でも撃退したことはあれど、討ったものはいない。つまりはアルマン様は古今に並び立つもの無しの偉業を為されたんだ。俺たちはそんなすごい御人が治める街で暮らしているんだ。これほど名誉なことなんてありはしねえ」


「英雄……すげえ」


「アルマン様、万歳! アルマン様、万歳! 偉大なる≪龍狩り≫の誕生に万歳!」


「我らが領主は偉大なる≪龍狩り≫の英雄だー!!」



 その異様が衆目に晒されるや否やどよめきが起こり、そして次いで言いたい放題の声がそこらで飛び交った。

 既に酒も入って声量のねじも緩んでいるのか、皆が異様なテンションのままでけたたましいほどに騒々しい。


 誰も彼も褒め称える声で熱気に包まれ盛り上がっている。

 どうにも思った以上にこの世界における≪龍種≫という存在は特別な意味合いらしい。

 俺としても≪龍種≫は特別であるというのはわかっていたつもりだったが、なんというか文化的な意味合いで。

 まあ、それはともかくとして、そのお陰でフードを被って隅の方に居た俺たちに注意が向いていないようなのは、喜ばしいことである。


「アルマン様……貴方様が為した偉業。皆が褒め称えています。この光景を忘れないでくださいね?」


 ムフーっと満足そうにその光景を頷きながら見ていたアンネリーゼが、ふと俺の方を見てそう言った。


「この光景を守ったのは貴方様の偉業。領土を守り、領民を守り、誠に素晴らしき貴族として、領主としての有り様でした」


「アンネリーゼ……」


「それはそれとしてについては未だに怒っていますが」


「あっ、うん」


 あの件というのは≪根性≫からの≪餓狼≫コンボで攻撃力を激増させるアレである。

 その詳細をゴースの奴がばらして、俺が実際に使ったとゲロったものだから大変だった。

 ジッとこちらを見てハラハラと涙を流されては叶うわけがないのだ。




「それでも、まあ……立派になりましたね。アルマン」



 アンネリーゼのそんな言葉が何故だか今日は妙に響いた。

 わりと良く俺を褒め称えるアンネリーゼ、似たようなことを言われた経験は沢山あるのだが何故だろうか。



「……一先ず、何か食べに行こうか。アンネリーゼ」


「どこまでもついていきますよ、アルマン様」



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